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獣人の国に嫁いだけど最高ですシリーズ

【連載版始めました】婚約者を親友に盗られた上、獣人の国へ嫁がされることになったが、私は大の動物好きなのでその結婚先はご褒美でしかなかった

頭を空っぽにして読める短編第4弾〜。

動物大好きなので、この主人公の気持ちは分からんでもない。みんなかわいいよね。勿論猛獣と一対一にされたら死を覚悟するけど。

こういう話大好きだから、時間があったらもうちょっと書いてみたい。

「エリン、すまない。私は真実の愛を見つけてしまったんだ」


 突然呼び出してそんなことを言い放ったのは、私の婚約者であるダミアン第三王子だった。

 状況をまだあんまり掴めてない私が目を丸くしていると、ダミアン殿下の腕に抱き寄せられている亜麻色の髪の美少女が、その翠の目にうるうると涙を浮かべながら叫ぶ。


「ごめんね、エリン! 私が全部悪いの、私が……っ」

「シンディー? えっと、どういう……」

「シンディー、君は何も悪くない。私が君を愛する気持ちを抑えきれなくなっただけなんだ」

「ダミアン様……っ」

「いえあの……」


 ダメだ、抽象的な台詞しか聞けてないせいでもうよく分からないことになっている。

 シンディーは私の親友で、昔からとっても美人なことで有名だったんだけど……、ええっと、なぜダミアン殿下の腕の中に……?


 そこではた、とあることに思い至る。


「あの、お二人とも? もしかして……」

「エリン、悪いけど、ここでハッキリと言わせてもらうよ。

 君との婚約は、破棄する!」


 ダミアン殿下の大きな声が響き渡った。

 私はそれを聞き、「ああ、やっぱりね……」と、どこか他人事のように思っていたのだった。


 そもそもこの二人、学園に居る時からずっとイチャイチャしてることでも話題になってたのよね。

 私という婚約者が居るのに、美しいシンディーと公衆の面前で戯れ合うダミアン殿下。周りはそれに賛否両論だったし、私にも気遣って話しかけてくれるご令嬢は多かったのだけれど。

 でも、私はあまり興味がなかった。

 ダミアン殿下のことを男性として好きじゃなかったこともあるし、それに────。


「シンディーを責めないでやってくれ。全ては私の罪。責めの言葉なら、この私に」

「ダミアン様! そんなことはありません、私だって十分に罪を犯しております!

 ああ、私がダミアン様を愛してしまったから、そして、ダミアン様も私を愛している、君は美しいと何度も言ってくれたから、私は……」

「シンディー……」


 えっ、ここ、神妙になる所なのかしら。

 シンディーのお得意技の『ナチュラルに自慢を混ぜる』が炸裂しているし、それに何にも言わず普通に騙されているダミアン殿下にもちょっと笑いが出てきそうなのだけれど。


 ……まぁ、つまり。私は今現在、女性としてとても情けない場面に陥っているのね。


 だから、ここでやらなければならないことといえば……、泣いたり怒ったりすること、なのだろうけれど。


(…………その気も起きないわね、もう…………)


 何となくこうなるのではないか、という予感が無かったかといえば、嘘になる。

 ダミアン殿下は昔から地味な私の外見を気に入っていなかったようなので、だからこそ華々しい美を持つシンディーを愛する形になったのだろうし。


 ダミアン殿下は私を好きではなく、私も彼を好いてはいなかった。


 なら、私の答えはこうだ。


「ええっと……、では、私達の婚約は破棄ということで。

 陛下にはもうお伝えしておりますか?」

「……? っあ、ああ。最初は渋られたが……、どうしても彼女と結ばれたい、と言ったら、最後は承諾してくださった」

「さようですか。なら、私の父にもお話を通しておきますね。正式な手続きはその後で」

「エリン、ダミアン殿下を取られたのに、悲しくないの……?」


 シンディーが静かな声で尋ねてきた。


 ……えっと……。


(それを貴女が言うのか……?)


 すごい精神である。私が彼女ならば、とてもじゃないがそんな質問はできない。


 シンディーは何だかつまらなさそうな表情で私を見ているが、努めて気にせずに「ええ」と返した。


「これが殿下のお気持ちだもの。なら、私が言うことなんて何も無いわ」

「……ふぅん、そう。相変わらず冷めてるのね、あなたは」


 そうだろうか。自分ではよく分からない。

 お互い政略結婚だったんだし、悲しむも何も無いと思うのだけれど。


「──ああ、そうだわ! 忘れるところだった」


 すると、急に何かを思い出したかのようにシンディーがパンッ、と両手を合わせて言った。

 何だろうか。用事が終わったのならさっさと帰りたいのだが。父にこの話も早く伝えなければならないし。


「あなたのことを気の毒だと思ったお優しいダミアン様が、あなたの新しい縁談を陛下に伝えてくれたの! まだ本決まりじゃないけど、直に正式なものとなるに違いないわ!」

「新しい縁談……?」


 すごい。まだ私の了承も得ていない時だったのに、婚約破棄した人がされた方の新しい相手を勝手に決めるなんて。

 この人達の面の皮が厚すぎて、素直に感心してしまう。


 聞き返した私に、シンディーはとても楽しげに、そしてどこか醜い笑みでこう言った。


「それはね。

 ──あの“獣人”が住む国である、ジュード帝国との縁談よ!」



 *



 ダダダダッ!! と父の居る執務室へと走る。

 通り過ぎる使用人達が皆驚いた顔をするが、そんなことを今気にしている暇などない。一刻も早く、父にこのことを話さなければ。


 バァン!! と勢い良くドアを開けた私を、机に向かっていた父はポカンとした顔で見つめた。


 そして叫ぶ。


「お父様!! ついに、ついに……!! あのジュード帝国へ行けることになりました!!」



 私、エリン・アディンセル侯爵令嬢の世界一愛するもの。

 それは“動物”である。


 家では昔から複数の犬を飼い、また動物を育てている家にもしょっちゅう出向きそのお世話を買って出ていた。幼い私の瞳に映る動物達は、いつもキラキラと輝いていたのだ。


 ああ、なんてかわいいのだろう!


 人間よりも断然動物が好きである。というか、人間は別に好きでも嫌いでもない。ただそこに在るというだけ。

 私が心動かされるのは基本動物に関することのみなのである。特に犬。



「うーーむ……、なるほど……」


 父が難しい顔をしながら何やら呟いているのを聞きつつ、私は飼い犬達と戯れる時間を過ごしていた。


「今日もかわいいわね皆〜っ!!」

「ワフッ」

「あははっ! ジョンったら、そんなに乗り上げたら重いわよ〜! でも許しちゃう!! 何故ならかわいいから!!」

「きゅ〜ん」

「ああ、ヘンリエッタ。あなたもなんて可愛さなの……? もう顔面が国宝……」

「ワンワン!」

「ああ〜ありがとうございます! ベニーのこの重さ! ありがとうございますふががが」

「エリン、犬達と遊んでないでお前も考えなさい」

「ふが?」


 犬達の熱い抱擁に溺れていると、父からそんな言葉が聞こえてきた。

 むくりと起き上がって「考えるって……」と呟く。


「考えるも何も、私、ジュード帝国に行きますからね」

「お前はダミアン殿下に婚約を破棄されたのだぞ?! しかも、親友であったシンディーに奪われた形で! 悔しくはないのか?!」

「いいえ別に。ダミアン殿下のことを好きだったわけじゃないし、貴族令嬢のプライドとかも知りませんし」

「んなっ……」

「それよりジュード帝国ですよ、ジュード帝国!! あの人口の過半数が獣人であると言われている国!!

 ああ〜、いつか必ず行ってみようと思っていたあの憧れの国がわざわざ私の方へ来てくれるなんて……!」


 うっとりと宙を見上げる。


 ジュード帝国とは、我が国から少し離れた位置にある大きな帝国である。

 先程から再三言っているように、そこは獣と人の混合種である獣人の住まう国。人間も住んでいるらしいが、人口の殆どは獣人が占めているとのこと。


 動物が大好きな私が、この国に惚れないわけがなかった。


 どこを見ても動物! 動物! 動物!!

 私の愛するもののパラダイスである!!


 だが、獣人は人間からしてみれば「野蛮であり、家畜と同等の存在」なんていわれているらしい。

 だからジュード帝国に行くことをひどく嫌がる人も居るのだとか!


(信じられない……、何が嫌だっていうのよ……?)


 まぁ、私も動物を愛する者の端くれ。生理的に動物を受け入れられないという気持ちも、一応理解を示している。

 だが野蛮だの家畜同然だのと罵り、蔑むのはいかがなものか。実際に接してみてから言ってみろってんじゃい!!


「こうなると、ダミアン殿下に本当に感謝ね! つくづく性格が合わないから将来は地獄だなーなんて思っていたけれど、こんなにもナイスな縁談を持ってきてくれるとは! 初めて彼に感謝したい気分だわ!」

「おいおいおい、エリン?! お前が動物を好きなのは昔から嫌というほど知っているがね?!

 相手がとんでもなく凶暴な野獣だったりしたらどうするんだ!」

「凶暴な野獣……、熊とか?」

「いや種類は何だっていいけれども」

「大丈夫よ。私は全ての動物を等しく愛する身。

 死ぬなら動物に食べられて死にたいわ」

「縁起でもないことを言うんじゃない!!」


 父が顔を真っ青にして叫ぶ。事実なんだけどな。

 きっと飢えた野獣を前にしたら恐怖は出てくるのでしょうけど、結果的にその子の栄養になるのなら、私、本望です。


 でも、父の気持ちもちゃんと分かっている。

 ダミアン殿下とシンディーの行った行為は私、ひいてはこのアディンセル家を馬鹿にするようなもの。本当ならきちんと抗議しなくてはならないものなのだ。


「お願い、お父様!! 殿下やシンディーに怒って抗議するのは構わないから、私の新しい縁談だけは破談にしないで!!」

「エリン、お前な……」

「ジュード帝国に行くのは私の一生の夢なの〜〜!! お願いよお父様ぁ〜〜!!」


 父に抱きついて泣き真似をすれば、父は「分かった分かった!」と慌てて言った。

 フッ、ちょろいものね。


「……まぁ、陛下には改めて私から話をしてみるが。とりあえず、張本人であるお前の希望は通るようにしよう。

 そもそも、エリンは殿下の有責で破棄された側なのだから、その希望を聞いてやらないわけにはいかないしな……」

「やった!」


 思わずガッツポーズ。令嬢らしくないと言われても、今の私にはちっとも響かないわよ!


「でも、本当にいいのか? 真意はどうあれ、お前をコケにした奴らの思い通りになる形なのだぞ?」

「気にしないわ、そんなこと。大事なのは、私の長年の夢がとうとう叶うというその1点のみ!

 それに、曲がりなりにも陛下が承諾してしまったのだから、彼らの婚約はもう取り消せないでしょう?」

「……まぁ、それもそうだな」


 父がため息をつく。多分色んな意味で諦めたんだろうな。


 でも私は相変わらずワクワクしていた。

 これで憧れの国に行ける。しかも、旅行などの限られた日数だけでなく、永住権までもらえるのだ。

 喜ばないわけがない!


 そうして私は、婚約破棄をされたり、結果的に信じていた親友に裏切られたような形になったことも全て忘れ、夢の国に行くまでの日にちを指折り数えて待っていたのだった。




 *



「っう、ひぐ、ひぐ……、い、いってぐるからね、みんな……。

 おねえちゃんのこと、っうう、わ゛す゛れ゛な゛い゛でね゛ぇ゛……!!」


 当日、私は愛犬達との別れに一生分の涙を流していた。


 さすがに嫁ぎ先には連れていけないと言われ、限りなくショックを受けて幾ばくか。

 ついに訪れた別れの瞬間に涙するしかない。


「なんて泣き顔をしているんだお前は……」

「だ、だって、だっでえ゛え゛え゛……。お、お願いじまず、一人だけでも……一人だけでもお」

「生まれた時から四人一緒に居るのに何人かだけ引き離すのは可哀想、と言ったのを忘れたのかしら?」

「ゔああ゛あ゛ああん!!」


 恥も外聞もない号泣である。

 婚約破棄された時は泣きもしなかったくせにこの状態。貴族令嬢としてどうなのかと一応思う。


「クゥーン……」

「あ゛っ……」


 心配そうな表情で鼻を擦りつけてくるのはララ。黒い毛をした大型犬の女の子である。

 その周りではジョンとベニーが焦りながらぐるぐる回っており、ヘンリエッタもおすわりをしつつ、悲しげな目で私を見つめて鳴いていた。


 愛犬達も、私の悲しみを分かってくれているのだ。

 それを見たら更に涙が溢れてきて、私はぐすぐす泣きながら4人を抱き締めた。


「みんなに手紙書くからね……っ」

「この子達に字は読めないぞ」

「わだじ、向こうで動物語を学んでぐるから……。おやつも毎日送る゛ぅ゛……ッ」

「毎日……」


 みんな一斉に私の顔や腕を舐めてくれて、ああ離れたくないなぁって心底思ったけれど、もう行かなくてはいけない時間だ。

 向こうから送られてきた使者の人も大変困った顔をしていたし、両親に「いい加減行ってきなさい」と言われたので、溢れる涙も止めずにゆっくりと立ち上がった。


「い、いって……ぎまず……」

「はい、行ってらっしゃい。身体には気をつけて。

 何かあったらすぐ連絡するのよ」

「この子達にも何かあったらすぐ連絡してくだじゃい゛!!!! お願いしま゛ず!!!!」

「分かった、分かったから」


 もう最後は皆に無理矢理背中を押されながら出ていきました。


 遠ざかる家を馬車越しに眺める。

 愛犬達はワンワンと吠えながら私を見送ってくれ、その姿にまた寂しさが押し寄せてきた。

 あんなにジュード帝国に行くことを楽しみにしていたのに。まぁ愛犬全員を連れていけると思ってたのもあるんだけど、こんな悲しいお別れなんて……!!

 週1で帰ってくるからね、みんな!!


「それはさすがに無理があるかと……」


 使者さんからツッコミをいただいてしまったわ。




 ────そして。

 着いた先は、楽園でした。



 なんだかとっても豪華なお出迎えをされてしまったけれど、私の注目した点はそんな所ではない。


 見る人見る人みんな、動物。


 普通の4足の動物ちゃんも居れば、頭が動物で身体が人間っぽくなっている人もたくさん。あまり人間の頭は見かけなかった。


 興奮しすぎて倒れるかと思ったわ、私。


「うわぁあ……」


 自宅を出る前の悲しみを癒やしてくれるかのような光景に感激の声を上げる私。

 それを見て、自国からついてきてくれた使者の方が「いかがですか、我が国は」と声をかけてくれた。意気揚々と答える。


「はいっ!! とっても皆さん素敵なお顔をされていて……私、本当に嬉しいです!!」


 犬やら猫やら鳥やら、そういった動物のお顔がみんな笑顔だったりしたから、私もほんわかして手当り次第に手を振ってしまった。

 やばい令嬢が来たと思われたらどうしましょう。


「…………」


 何だろう、その顔は。

 動物達の表情を読み取るのは得意だった筈なんだけど、何でそんなに複雑そうなお顔をされているのかがよく分からないわ。





 そんなこんなでお出迎えパレードを通り、この国の王族が住まうと言われる王城へやってきて暫く。

 私はとある部屋で、この度初対面となる婚約者様の到着を待っていた。


 言い忘れていたけれど、私の新しい婚約者はまさかまさかの皇弟殿下らしいのね。

 大層おモテになるけれど、本人は女性に興味がなくてこれまで結婚に乗り気じゃなかったらしい。でも自分の兄が皇帝になって時間も経つし、このままお嫁さんが居ないんじゃ民に示しもつかないということで、今回私と婚約することになった。


 何故相手に私が選ばれたのかと言われれば、元々力のあったジュード帝国と親密な関係を結びたいと考えていた我が国が、皇弟殿下の婚約者を探しているという話に「それならうちの令嬢を!」と乗り出してきたからだという。

 というか、それを聞いてたダミアン殿下が「これならシンディーと婚約できるし、面倒な破棄相手のエリンを帝国に追いやることができる」と思って私を推薦したみたいで。下衆も下衆な考えだが、まぁ結果として私は憧れの国に来れたので良しとしよう。

 私なら王族に嫁ぐための教育も少しはやってるしね。


 さて、話を現実に戻そう。


「私の旦那様……、どんな方かしら」


 そわそわと身体が動いてしまう。

 知ってる情報は、とても美しい男性であること、この国の皇帝様の弟であること、くらいしか無い。何の獣人なのかということも全く知らされなかった。何か理由があってのことなのだろうか。


 どんな人でも別に構わないが、出来れば今回はあのダミアン殿下より少しでも話の合う人だと有り難い。

 あと、好みのお顔をしているといいな、なんて。当然動物の方の話である。



 すると突然ドアをノックする音が聞こえ、びくぅっ!! と身体が跳ね上がる。


「エリン様、今よろしいですか?

 グレン皇弟殿下をお連れいたしました」

「は、はいっ! どうぞお入りくださいませ!」


 来た。ついに来た。

 ドッキドッキと速まる鼓動を必死に抑えていると、ゆっくりドアが開かれる。


 入ってきたのは。


「…………!!」


 青くたなびく素晴らしい毛と、鋭く光る金の瞳を持った。

 世にも美しい、大きな狼だった。


「…………グレン、皇弟殿下……?」

「グルル……」


 そっと名を呼ぶと、返事なのかどうなのかはよく分からないが、低く唸る声が返された。

 開け放たれたドアからは、侍従と思われる人や先程の使者の方々がぞろぞろと入ってくる。

 その人達は頭に耳がついているわけでもなく、さりとてお顔が何かの動物になっているわけでもなく。至って普通の人間の姿だ。


 皇弟殿下だけが、動物の形を取っている。


「エリン様、ようこそ我が国へお越しくださいました。

 この方が我が国の皇弟殿下でございます」

「まぁ……!!」


 口に手を当てた。

 鋭い瞳はまだ私を見定めるかのように見つめている。


 なんて。

 なんて────。



「なんて美しい方なの……っ!!」



 その場に居た私以外の人から「えっ?」という声が上がった。

 だがそんなことを気にしている余裕がないくらい、私は目の前に佇む美しい大狼に夢中だったのだ。


「しっかりブラッシングされた青い毛!! 何物をも貫く王者の風格を携えた金色の瞳!! なんて綺麗で素晴らしい……!!

 えっ、わ、私、この方の奥さんになれるのですか?!」

「え、ええ……、式はまだ先ですが、そうですね……」

「なんてこと! この美しい方に見合うよう、外見もこれから磨いていかなければ……!!

 ハッ! つ、つまり、この人を呼ぶとしたら……、だ、旦那様♡ なんちゃって、キャーーっ!!」


 両手を頬に当てて身体をくねらせてしまった。やだ私ったら、恥ずかしいわ! まだ式も行っていないというのに! で、でもこの美しい狼さんを旦那様と呼ぶ日が来るなんて……、興奮でどうにかなってしまいそう!!


 きゃあきゃあと喜ぶ私を見て、狼さんはどこか拍子抜けしたような表情で私を見ていた。

 それに気付いてか、傍に控えていた眼鏡の人物が「あ、あの……」と声をかけてくる。


「あっ、も、申し訳ありません!! 私ったら、初対面なのにはしたない……!」

「い、いえ、それは構わないのですが……。

 ……あなたはこのお姿を、その、嫌とは考えないので……?」

「え?」


 思わぬ質問に興奮を止め、目を丸くする。


「相手は人間ではないのですよ」

「ええ、知っておりますが……?

 獣人。人と獣の混合種という、世にも素晴らしき種族ですよね」

「で、でも、今は人の形の欠片もない姿ですが……」

「あら、それがどうかしまして?」

「ええ……?」


 困惑気味に首を傾げる眼鏡の方。

 これは……、私の喜びようを不審に思っているに違いない。

 私の率直な思いを伝えて安心させなければ!


「私、人間ではありますが、人間よりも動物が大っっ好きなのです」

「え、は、はぁ」

「ああでも、これはお伝えしておきたいのですが!! だからといって、決して獣人の方を家畜やらペットやらと同じように考えているわけではありません!! ちゃんと一人の“人”として見て、獣人の方ともよき対人関係を築きたいと思っております」

「…………」

「でも、私自身が動物をこよなく愛しております故……、ついついこういう反応になってしまうのは、申し訳ありません。

 けれど、これはペット等の感覚で見ているわけではなく、なんといいますか……! とにかく私、皇弟殿下のあまりの美しさに、色んな意味で興奮が抑えきれないのです……!!」


 ああ、私の語彙力のなさが災いしてこの思いを伝え切ることができない。

 確かに私は動物を愛しているし、人間よりも動物を好んでいるが、獣人という種族をペットと同列に考えているわけではないのだ。

 というか!! むしろ動物達もペットというか最早人間と同じように考えているし?! あの子達のご飯を「エサ」などと呼ぶ種類の人を許せないレベルでありますし!! ごはんやお食事とお呼びなさい!!!!


『……なるほど。これは確かに、ジャックの言っていた通りだな』

「?!?!」


 突如聞こえてきた声に驚愕した。

 暫しキョロキョロと辺りを見渡した後、じっと狼さんを見つめる。


「……も、もしや、今のは……、あなた様がお話しになったので……?」

『その通りだ』


 こくん、と頷きながらまた脳に直接響くような声で言われ。


「素晴らしすぎる!!!!」


 頭を抱えて天を仰いだ。

 この状態だと他の動物達と同じように鳴き声でしか会話が出来ないと思っていたが、そんなことは無かったらしい。素晴らし過ぎて神に感謝したい。


「え……? て、天才……? 素晴らしき能力すぎてまともに直視ができない……不敬すぎ……」

『……いい加減、普段の姿に戻すか』

「えっ」


 そちらを見れば、うぞうぞと狼さんの上から黒い影が現れ、それがどんどん人の形を取っていく様が目に映った。

 驚きで声が出ない私に、あっという間に完全なる人間となった皇弟殿下が口角を上げながら言う。


「これは、中々面白い嫁が来た」


 さっきの狼さんと同じカラーリングの髪と目をした、世にも美しいその男性。

 声とさっきの変化からして、この方が普段の皇弟殿下の姿らしい。頭には狼の耳が立っている。


「…………」

「ん? どうした。……ああ、やはりお前もこちらの姿の方が好ましいか。人間の女だ、その欲求は正しい」


 クスクス笑いながら顔を寄せてくる皇弟殿下。

 その顔は、やはり。近くで見ても、人間のそれで。


「…………ああ…………」


 しまった。思わず「残念」の声が漏れてしまった。


「?! ……お、おい。何故そんなにも残念そうな顔をする?!」

「えっ、か、顔に出てましたかわたし……。ああ素敵なお耳……尻尾もあるのですね、しゅき……」

「顔!! 顔に注目しろ!! お前はこの顔が好きではないのか?!」

「顔ですか? ええっと……、そうですね、お綺麗な顔立ちだとは思います……。思いますが……、……はぁ」

「ため息までついたぞこいつ!!」


 どう考えてもさっきの姿の方がときめいた。

 今の皇弟殿下のお顔を見ても「お綺麗ですねー」としか思わない。ああ、あのゾッとするほど美しい狼さん……。


 後ろでは「ギャッハッハッハ!!」と使者の方が大笑いするのが聞こえたし、その横では額に手を当てて困っている様子の眼鏡さんが見える。


「ほら、だから言ったじゃねーかグレン様! 今回来る花嫁さんは他と一味違うから、試すような真似しても意味ねーって!」

「くそっ……」


 悔しそうな声とともに、ぴくぴく動かされている皇弟殿下の頭の上のおみみ。

 …………触りたい。


「あの、皇弟殿下」

「……グレンでいい」

「えっ、あ、じゃ、じゃあ……グレン様。

 一つお願いがあるのですが」

「何だ」

「私の命と引き替えにしてもいいので、そのお耳を触らせてくださいませ」

「お前は本当に人間体の俺に注目をしないな?! この国で一番の美丈夫と謳われているのだぞ?!」



 *



 ────今日はジュード帝国の皇弟殿下と、親交のある国からやってきたかわいらしい花嫁の結婚式。


 式の知らせを受けた王の命でジュード帝国にやってきたダミアンとシンディーは、どこを見ても動物で埋め尽くされている光景にうんざりしていた。


「全く、どこもかしこも家畜だらけだな。こんな国に喜んで嫁ぐアイツの気が知れない」

「ダミアン様、あの獣人が私を見ています。ああっあの野蛮な目……! 私、恐ろしいですわ……!」

「なに?! やはりこんな国に来るのではなかった、父が行けと喧しいから赴いたものの……。

 シンディー、エリンに挨拶をしたらさっさと帰ろう。式などすっぽかせば済む話だ」

「ええ、そうですわねダミアン様」


 そんな会話をしながら、二人は指定された式場へと足を運んだ。

 一応参加した証明として受付は通ったが、席には着かず、花嫁の居る控室へと足を運ぶ。


 そしてノックもせずに「エリン!」とドアを勢い良く開けたシンディーは、その目を見開いた。


「……エリン……?」


 ダミアンが呆けた声で彼女を呼ぶ。


 その反応も致し方ない。

 何せエリンは、自国に居た頃よりも格段に美しくなっていたからだ。


 味気なくくるくるとくせ毛が目立っていた茶髪は、丁寧に手入れをしてもらったが故に、梳けば簡単に指が通っていく程のサラサラロングヘアーになっており、毛先は緩やかなカールを描いている。

 地味だとダミアンが会う度に言っていたその顔は、日々のスキンケアや化粧の賜物か、まるで別人のように美しいものへと仕上がっていた。


 着ている花嫁衣装も、ほぅ……とため息をつきたくなるほど輝かしい真っ白なドレス。繊細なレースとフリルがついており、それを纏ったエリンはまるで童話に出てくる妖精か精霊の類かと勘違いしてしまいそうな程である。


 エリンの美しく垢抜けた姿に見入るダミアンを確認し、シンディーはその整った顔に醜い表情を浮かべた。


「あらあら、随分と良いものを着ているのねえ? エリン」

「シンディー……、何故ここに」

「何でって、私達親友じゃない! 親友の晴れ姿を見に来ないわけがないでしょう?」


 微笑んでいるが、その心中は真っ黒である。


 そもそもダミアンに、エリンと帝国との婚約を吹き込んだのはシンディーだ。シンディーを愛しているが自分にはエリンという婚約者が居る、と語ったダミアンに対し、「それなら国から追い出してやればいい」と彼女は返した。

 決定した次の嫁ぎ先が、野蛮で恐ろしい獣人の国だと知ったシンディーは、笑いを堪えるのに必死だった。


 美しく金も地位もある婚約者を、自分より遥かに美人な親友に盗られただけではなく、最悪の国に嫁ぐことになったエリン。

 いくら彼女が動物を愛する性格であっても、人間から蔑まれているような種族である獣人へ嫁ぐとなれば話はまた別だろう。哀れで滑稽な彼女を思い浮かべ、シンディーはその口角を上げる他なかった。


 ダミアンは来たくなかったと愚痴を言っていたが、自分はエリンの不幸せな様をこの目で見たいと思ったが故に、今回彼女の結婚式に出席することを了承したというのに。


「申し訳ありません。親族の方以外は、控室に入るのはご遠慮いただけますと……」

「はぁ? 何よ、下等な獣人のくせに、私に意見するなんて生意気ね!」

「シンディー?! なんてことを言うの?!」

「ダミアン様ぁ、獣人が私を追い出そうとするんですぅ。わたし、こわぁい」


 未だ固まっているダミアンの身体にしなだれ掛かるシンディー。

 そんな彼女にダミアンはハッと意識を取り戻したが、「あ、ああ……」と曖昧な返事だけを返した。その態度もシンディーの気分を害する。


「……ねえねえ、こんな所に嫁いだ気分はどう?」

「え?」

「今頃国に帰りたぁーい、って泣いてるんじゃないかと思って……、私、心配だったのよ? だからこそ今日ここへ来たのに……」

「何の話をしているの。私、この帝国へ来てとっても幸せよ?」

「はぁ?」


 確かに多少見栄えは良くなったから、まぁまぁの待遇を貰っているようだが。だからといって、この国に来て幸せなどと言うのは言い過ぎなのではないだろうか。こんな場所、どうせ下等で汚らしい獣人しか居ないというのに。


「それより、シンディー。彼女に、いえ……この国に住まう獣人の皆様に謝って。

 先程言っていた言葉はとても失礼よ。みんなみんな、とても優しくて温かい人達なのに。それを知らずに、獣人だからって侮辱することは、私が絶対許さない」


 真っ直ぐに自分を睨み返してくるエリンは、自国に居る時よりもよほど美しく、そして気高かった。

 舌打ちをしつつ、シンディーがそれに言い返そうとした、その時。



「エリン、どうした」



 澄み切っていて、でも重みのある声。

 声の発生源をバッと振り返ると、そこには、息を呑むほど美しい男が立っていた。

 思わず声を失うシンディーとダミアン。


 男は二人を一瞥し、エリンの方へと歩み寄っていく。


「グレン様、まぁまぁ! なんて素敵なお姿なのでしょう……! とっても美しくて、格好いいですわ!」

「それは俺の台詞だ。お前はこの世で一番きれいで、そしてかわいらしい。

 エリンと今日、夫婦の契りを交わせることを、俺はとても嬉しく思う」

「あら、うふふ。相変わらずお上手ですねぇ」

「俺は世辞は言わん」

「分かっております。私だってあなた様と同じ気持ちですよ」


 手を取り合いながら見つめ合う二人。

 その会話を呆然としながら聞いていたシンディーは、ふつふつと湧き上がる怒りを抑えることなどできなかった。


 この美しい男が、エリンの花婿?

 信じられない。許せない。可哀想なお前は私という何もかもに優れた女に婚約者を奪われ、汚らわしい獣人の餌となったのではなかったのか。

 男を再度見つめれば、その頭とズボンにはそれぞれ狼の耳や尻尾がついていた。──獣人のくせに! 獣人のくせに、何故隣に居る王子よりも美しく男らしい外見をしているのだ!!


 この人に愛されて一生を過ごすのがエリンだなんて、許せるわけがない!!


「ふざけないで!! どういうことよ?!?!」

「えっ?」


 エリンがこちらを見やる。

 怒りに任せて彼女に掴みかかれば、驚いた緑の目がシンディーを見つめた。


「脱ぎなさい!! このドレスは私が着る!!」

「なっ何をするの?! やめて、生地が破れてしまうわ!!」

「ならアンタが脱いで私に渡しなさいよ!! エリンの分際でこんな綺麗なものを着て、こんなにも美しい人と結婚するなんて許さない!! その場所は私の場所よッ!!!!」


 突然騒ぎ出したシンディーにダミアンも慌てて駆け寄り引き剥がそうとするが、そんな彼の身体を肘で突き飛ばす動きを見せるシンディー。


「シンディー……?!」

「触んないでッ!! アンタなんかもう要らないわ、この人の方がよっぽど魅力的だもの!! そもそも第三王子なんて微妙な立ち位置の男、私には見合わないっての!!」

「え…………」


 思わぬ発言に、顔面蒼白になるダミアン。


 それをも無視し、本格的にエリンのドレスを引き裂こうとした瞬間────。


「グルルル……」

「ヴゥーー……」

「ヒィッ?!」


 シンディーの周り一面を、大きな狼達が囲っていることに気が付いた。

 皆一様にシンディーを殺意の篭った目で睨んでおり、彼女の身体がガタガタと震え上がる。


「……な、なに……、なん、なんなのよ……!!」

「ヴォンッ!!」

「きゃあああ?!?!」


 鋭い牙を見せながら吠えた狼に怯え、ついに耳を両手で塞ぎその場に蹲るシンディー。


「だ、だっ、ダミアンさま……! 助けて、助けてぇ……っ!!」


 震えるシンディーの声が聞こえるが。

 ダミアンはその様を、どうすることも出来ず、ただ見つめるしかなかった。


 一連を冷めた目で眺めていたグレンが命じる。


「今日の素晴らしい式を乱す不届き者だ。摘み出して国にお返ししろ」

「はっ」


 その命令が下されると同時に、複数の男達が一斉にダミアンとシンディーを捕まえ、部屋の中から強引に引きずり出す。


 二人とも、もう何も言葉を発することなく消えていった。



「……ありがとうございます、グレン様。

 みんなも来てくれて……」


 エリンの言葉に、周りに居た狼達は「ワフッ」と元気な声を上げる。


 そして、胸の前で無意識にぎゅっと握り締めていた彼女の両手を、グレンがそっと手に取った。


「あいつらの所業は、お前の祖国に伝えよう。その後は、あっちでどうとでもするだろうさ」

「……はい。

 あの、申し訳ありませんでした。私のせいで、式の前にこんな騒ぎを」

「お前はそもそもあいつらを呼んですらいないんだろう? ならお前の責任でも何でもない。バカが俺達を妬んで、勝手に自滅しただけだ。気にするな」

「グレン様……」

「さぁ、落ち込んだ顔はもうやめて。いつものように、嬉しそうに笑ってくれ」


 エリンの頬をグレンの指が撫でる。

 彼女の身体に、狼達が擦り寄ってくる。


 その優しい触れ方に、エリンは笑みを零して言った。


「はい。旦那様が、そう仰るのであれば」





 教会の鐘が鳴る。


 美しく強く、そして優しい皇弟殿下と、そんな皇弟殿下の心を鷲掴みにした妃殿下の幸せな結婚式を祝って。



「うちに来た時から、お前はグイグイ迫ってきたな」

「お恥ずかしゅうございます。あなたがあまりにも魅力的なあまり」

「城の者は勿論、城下町に住む民達にも、喜んで近づいていった。

 人間にこんな風に明るく優しい表情で話しかけられたのは初めてだと、皆が言っていたよ」

「当然のことですわ。私にとって、この国の人達は皆愛すべき方々。かわいい猫ちゃんや熊さんとも触れ合えて幸せったらない……ふふふ……」

「はぁ、全く。お前は相変わらず“そっち”に夢中だな。

 狼の俺にはメロメロなくせに、人間体になると途端に興味を無くしたかのような顔になる。俺は躍起になってお前を“こちら”で落とそうとしたが……。結局、お前の笑顔に負けて、先に落とされたのは俺の方だった」

「で、でも! 狼のグレン様も大好きですが、その思いは人間体になろうが変わりません!!

 …………だって、どちらも()()()でしょう?」

「……ああ、そうだな」


 隣で微笑む彼を見て、エリンは心底幸せそうな笑みを浮かべた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 私もエリンになりたいっ!! なんてアニマルパラダイスなお国なのでしょう! 可愛らしくて、心がほっこりするお話読ませて頂きありがとうございました♡
[一言] 最高です! 獣人、しかも狼とかご褒美以外の何者でもないです(*≧∀≦)
[一言] 愛犬達どうするんだろうなぁ、と思っていたらやっぱりな展開にw いつかジュード帝国連れて来れるんでしょうか? 王弟が嫉妬してしまうから無理そうかな? 狼姿から人型に移った時の落差が好きです!…
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