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刀匠令嬢の最強証明  作者: キリン
「第二章」寮と食事と果たし状
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「第六話」竜の呪い

 スルトは目覚めると、仰向けのまま天井を見上げていることを知覚した。窓辺に置かれたフカフカのベッド、なんだかやけに落ち着く匂い……いいや、寧ろ安らがない忌々しい忌臭である。これだから人間の生き死にが交差する場所は嫌いだ。


「……いいや医務室か、ここは」


 起き上がると、右腕に激痛が走った。その痛みが彼自身の屈辱を思い出させた……スルトは、つい先程の決闘に敗北した。──いや、正確にはその決闘の乱入者に。


「……」


 思い出すだけで、スルトはどんどん悪夢にうなされているような気分になってきた。ニンベルグの『剣聖』である自分が、ただの小娘に負け……しかも『聖剣』でもない歪な鉄刀に『聖剣』を叩き折られてしまった。──いいや、悪夢なんて生ぬるいものではない。自分は今、地獄へ着実に駒を進めているのだ。


 大声を上げたくなる気持ちを抑え、これからどうするべきかを考えていた……その時だった。横に張られた硝子窓に、小さく黒い影が降りたのは。スルトはそれが、父が使わせた使い魔だということをよく知っていたし、これが来たということは、もう自分はお終いだということもよく知っていた。


「……父さん」


 スルトは窓を開き、鴉の姿をした死神を招き入れた。死神は翼を広げてベッドの上に乗り、その長いクチバシを開いた。


『話は聞いている、お前には失望した』


 それははっきりと人の言葉だった。父は剣術だけではなく、魔法についても高名な人間だった。このように使い魔に手を施し、『生きた手紙』のように作り変えることなど造作もなかったのである。


「申し訳ありません」

『私は謝罪が聞きたい訳では無い、お前がこれからどうするのかを聞きたいんだ。過ぎたことを悔やんでも私に利益があるわけでもなければ、お前の無能を否定することも出来ないのだからな』


 容赦のない指摘を受け、スルトは黙って頭を下げた。何も言えず、返す言葉もないスルトの旋毛を睨みつけたまま、鴉はまたそのクチバシを開いた。


『暫くバルムンクを使うことはできないし、お前に使わせるつもりは毛頭ない。再び我がニンベルグの敷居で安寧を得たいのであれば、例え命を投げ打ってでも勝利を掴んでこい。──貴様の兄が生きていれば、お前のような無様は晒さなかっただろうよ』


 そう言い残し、鴉は羽ばたいていく。

 ベッドの上には黒い羽が一本残され、それは瞬く間に煙とともに異臭を醸しだした……スルトは慌ててその羽根を掴む。──焼けるような激痛が全身に走った。


「がぁああああああああああああああっっっっ!!!」


 ベッドから転げ落ち、のたうち回りながら激痛が走る右腕を抑える。痛みが徐々に引いていくにつれて、涙で覆われたスルトの視界が拓けた……そこには、黒い痣を負った自分の右腕があった。


「──っ!」


 机の上に合った短剣を抜き、スルトはそれを右腕の根本に突き刺した。鮮血がどくどくと脈を打ちながらこぼれるが、スルトはそんな事を気にも留めずに肉を抉ろうとした。だが、そんなことは許されない。短剣の刃はドロドロに溶け去り、次の瞬間には倍の激痛が走った。


「……くそっ」


 要するに、『生き延びたければ、あの二人を殺せ』とのことらしい。この呪いを解くだけの力も、知恵もスルトにはない。終わりだ……どうやら自分は、本当にこの手で人を殺さなければならないようだ。


 スルトは自分の右腕の痣を睨みつけながら、静かに涙を零した。天秤にかかった二つを眺めながら、どうすれば良いのだと自問自答を繰り返す。──死んでしまった兄との約束か、今生きている自分の命なのか、と。


「死にたくない……!」


 嘆いても、悲しんでも。誰に縋ることも出来ないまま、スルトは大粒の涙をこぼし続けた。彼の頭の中には、ただひたすらに恐怖が渦を巻き、それらを増幅させる兄の古い背中が写り込んでいた。


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