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刀匠令嬢の最強証明  作者: キリン
「第一章」刀匠と剣聖
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「第一話」刀匠令嬢、目覚める

 アルヴァロン王国の最高権力者である『四公』の一角を担うダルクリース家。

 誇り高きその一族が住まう屋敷にて、事件は起きたのである。


「ああ……ああ! 私は、私はなんてことを……!」


 お許しください、お許しください。泣きながら頭を地面に擦り付ける年配の侍女が視界に映り込む。椅子から立ち上がった父ガレスの怒りに満ちた顔、両手で口を覆い絶望した表情の母ブリセイス、最悪な状況に足がすくみきった他の侍女たち。


 そう、あの年配の侍女はミスを犯した。

 この家の公爵令嬢であるアイアスの顔に熱い紅茶を浴びせるという、ミスを。


「貴様……よくも私の愛しいアイアスを……!」

「申し訳ございません! 申し訳ございません!」


 紅茶にまみれた長い茶髪を片手でそっと掻き分け、アイアスはその炎のように赤い瞳で二人を見つめた。激昂する父ガレス、泣きながら謝り倒す年配の侍女。


「許すわけがないだろう! ……タダで済むと思うな、お前は魔物の餌にしてやる!」

「そ、そんな……お願いです、夫を置いて死ぬなんてできません!」


 年配の侍女がその場に崩れ落ち、静かに涙を流し始める。ガレスは容赦なく老婆を睨みつけていて、だんだんとブリセイスの表情も激しいものへと変わっていった。こうなってしまえば、もう誰もあの侍女を救うことは出来ない。公爵家の権力に対抗できるのは、他でもない公爵家だけなのである。


「──待ちな」


 ガレスの侍女に対する断罪を静止したのは、一番の被害者であるアイアスだった。


「アイアス……何故だ、何故止める!? この者は、お前の美しい顔に火傷を……」

「……人間ですもの、失敗する時もあるでしょう? 罰とは裁きではありません、一人一つの尊い命を奪うだけの罪を犯したとは、私には思えませんわ」


 ガレスの頭から、怒りは殆ど消え去っていた。目の前に居る愛娘が、あまりにも様変わりして大人びていたからである……自分の要求が受け付けられないだけで癇癪を起こすような子供が、怒りを抑え込み、こんなに納得の行く弁を振るえるものなのか。


「それに」


 アイアスは困惑するガレスに笑って見せて、ヒリヒリと痛む自分自身の顔を指さした。


「女性は、傷ついてこそ魅力が出ると思いますの。純潔だけが美しさではありませんわ、むしろ私は、そんな箱入りになるのはごめんですの」

「……」


 ガレスはしばらく長考した後に、唖然とする侍女に言い放った。


「今この瞬間から、お前を解雇する。そして二度と、我がダルクリース家の領内に足を踏み入れることを禁ずる。──出ていけ!」

「はっ、はいい!」


 目尻に涙を浮かべながら、侍女は逃げ腰で廊下へと飛び出していった。おそらくは必要最低限の荷物をまとめ上げ、この屋敷を出ていくのだろう。免れられないはずの死を免れた侍女の心の中は、アイアスへの感謝で埋め尽くされていた。


「ありがとうございます、父上。私の我儘を聞いてもらってしまって」

 静寂に包まれた食堂。その静寂を打ち破ったのは、またもや公爵令嬢アイアスだった。


「……お前が良いなら、私はいい。だが、その……まさかお前からあんな言葉が出るとは、思いもしなかったのでな。──立派な女性になったな」

「ありがたいお言葉でございます。……あと少しだけ、聞いていただきたい我儘がございますの」

「ん? ……あ、ああ。何が欲しいんだ? 宝石か? 奴隷か? それとも、土地か?」


 ガレスの烈火のごとき怒りは、そのまま上機嫌な笑みへと早変わり。ここまで機嫌が良いのであれば、きっとどんな無茶振りでも叶えてくれるに違いない。それほどまでに、『四公』ダルクリース・イア・ガレスの権力は凄まじかった。──だが、アイアスが願ったのは。


「そうですね、ではまずは槌を数本……大きさ重さが異なる物を幾つか」

「うんうん、いいだろう。……ん? 今なんて?」

「それから金床、大きくて丈夫なものを。火床も要りますね、なるべく大きくて扱いやすいものを。……どうせなら鍛冶場が欲しいです、できますか?」

「よ、用意できなくはない……ないのだが、そんなもの用意して何をするんだ?」


 困惑したガレスの顔。いいや、この食堂にいる全員が今の状況把握ができていなかった。


「……何って、決まっているでしょう?」


 そんな彼らに対し、僅か十歳のアイアスは素直に答えた。何の捻りも冗談もなく、当然のように。


「かた……剣を打つんです、剣を」


 愕然とする彼らをそっちのけに、アイアスの頭の中では創作意欲が溢れ出ていた。炉の熱さと飛び散る火花、赤く染まった刀身が水に冷めていくその様、その果てに形を為す最高の一振り……その輝きと危うい揺らめきを。──そう彼女は、「彼」だった頃の記憶を、あの紅茶の熱さによって思い出していたのだ。


(あっちでは満足いく仕事ができなかったからな。未練がましいかもしれねえが、今度こそ示してやるぜ。俺の刀が、神仏の域に達した大業物だってことをよぉ……!)


 これはあくまで、当の本人しか知らない話。

 かつて黄金を好む天下人の刀狩りにより、全ての業物が滅ぼうとしていたその時代。

 彼は、そう彼だけは己の作り上げた傑作たちを渡してなるものかと抗い、その結果死に至った真性の仕事好き、刀鍛冶の業に取り憑かれた大いなる変わり者。


 その男の名を、正重と云う。

 そしてアイアス・イア・ダルクリースとは、彼が輪廻転生を経て辿り着いた果て、その姿である。



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