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最終話

夜が更けてもララが戻らない報告を受けた王子は嫌な予感に襲われた。

シルフィーラのもとに転移すると小屋の前に男が群がっていた。


「シルフィーラ!!」


王子が小屋に駆け込むと、男に馬乗りになられているシルフィーラがいた。


馬乗りになっている男を見上げ無抵抗なシルフィーラ。

王子に向ける冷たい眼差しを男に向けていない。目を閉じ、辱めを受け入れるのを待っているシルフィーラに王子は絶句した。王子の存在を気にせずシルフィーラの服を乱す男。

王子は襲われるシルフィーラを見物している男達と襲っている男を地下牢に転移させた。


「シルフィーラ!!なんで抵抗しない!?何を考えてるんだ」


押し倒されていたシルフィーラはゆっくりと体を起こした。

激怒している王子にシルフィーラは優しく微笑んだ。



「運命を受け入れようと思いますの」

「運命だと?お前、わかっているのか」

「ええ」

「俺がお前を手に入れても、それが運命と受け入れるのか!?」

「抗うことより委ねるほうが楽ですから。好きになされば」


微笑むシルフィーラを連れて王子は自室まで転移した。

襲われても無抵抗なシルフィーラを一人にすることはできなかった。


「何があっても守るから、どうか俺のものになってくれ」

「殿下の仰せのままに」

「シルフィー、愛している」


王子は壊れ物を扱うように優しくシルフィーラを抱きしめた。

シルフィーラの体は壊れたおもちゃのように動かない。


「殿下の好きになさいませ」


シルフィーラの夢物語が叶うピースが揃った。

揃ってもシルフィーラの心を襲うのは空虚感。

空虚の瞳でシルフィーラが微笑んでいることに王子は気付かない。



***


王宮の煌びやかな部屋を与えられ、身体を磨かれ、ドレスを着せられたシルフィーラ。

かつて感情に溢れていた瞳には感情の色は映らない。

機械のようにその場にふさわしい言葉を述べて、微笑むだけ。

王子の強い希望でシルフィーラとの婚儀が行われた。

戦時中のため簡素な式でも王子にとってシルフィーラを自分の物にしたという事実が大事だった。

聡明で美しいシルフィーラを求める男を王子は知っていた。王子がいない隙に攫われることのないように囲いたかった。

かつてのシルフィーラは誰かに奪われる心配はしていなかった。

今の頼りないシルフィーラは求められる欲に塗れた手に絡めとられてしまう危うさを持っていた。

王子自身もその一人だとは気付いていない。


「人の温もりは癒しの力があるらしい」


王子の真剣な言葉に侍従は首を横に振る。

婚儀で王子は幸せそうだったがシルフィーラは違っていた。

王子の婚姻を祝う華やかなムードを壊さないように振舞っていたが、美しい花嫁から幸せの欠片も感じとれなかった。

以前の生き生きとしていたシルフィーラとは正反対の微笑む機械仕掛けの人形のようだった。


「シルフィーラ様にはないでしょう」

「は?」


王子がわかっていないこと、他の者が気づいても見ないフリをしていることを侍従は伝えることを決めた。

家臣としてはよくないことだが、シルフィーラを見れば見るほど侍従は罪悪感に襲われ、押し潰されそうだった。


「悲しみを乗り越えるのに時が必要でしょう。故人の思い出を語り、互いの傷を慰め合うことで傷が和らぐこともあるでしょう。でも、殿下とシルフィーラ様は違います。さらにお心を傷つけ合うでしょう」

「なぜだ」

「私達はシルフィーラ様から家族を奪いました。シルフィーラ様の幸せのみを願うなら手放してあげるのが殿下にできる唯一のことでした。別れも、悼む時間も与えられなかった。さらに重荷や負債を背負わせようとしているシルフィーラ様に無理強いはおやめください」


家族を奪われ、立場も奪われたのに突然何事もなかったように連れ戻され、王子妃の義務を求められる。


「愛があれば全てを受け入れ、乗り越えられるなど幻想です。傷つけることしかしていない私達がシルフィーラ様に受け入れていただくなんておこがましい。無礼は承知ですが、私が伝えなければ無自覚で殿下はさらにシルフィーラ様を傷つけるでしょう」


王族の命令に従わないだけで録な裁判もされずに処刑されたフィーレ侯爵夫妻と嫡男。

取り潰され、財産も領地も取り上げられたのに、王子妃として無理矢理連れ戻されたシルフィーラ。

断罪したフィーレ侯爵家の令嬢を王子妃に向かえるなど受け入れがたいはずなのに困窮し疲弊していた国は歓迎した。経済力の要であったフィーレの力に期待していた。

国のため、欲のため、救いの手が差し伸べられるなら正義や正当性など些細なことに片付けられる現実を気にしない王族や国民。


「シルフィーラ様は心が広い。国のために受け入れられるなんて」

「亡き夫妻も誇らしく思っているでしょう」


王太子妃となり、貴族に囲まれ微笑むだけのシルフィーラを王子は静かに見つめた。

シルフィーラは祝福の声に微笑むだけ。

一言も同意していないことに気付く者は少なかった。


「妃を傷つける者は極刑だ。余計なことをシルフィーラの耳に入れるのも許さない。徹底しろ」


王子のやることは、から回ってばかりである。

臣下は頷き、命令を遂行する。

シルフィーラへの無礼は不敬罪で極刑にされると周知され、王子に恋して欲に溺れた聖女は戦地に送り出された。

魔法が使えなくても戦地は人を必要としている。王族に出征を命じられれば従うか立場を捨て逃げるかの選択しか残されていない。

王族の横暴を止められる可能性を持つのはシルフィーラだけだった。



***


初夜を迎えた翌朝、シルフィーラは眠っている王子の顔を静かに見つめた。

シルフィーラは自ら用意し、飾った繊細な装飾が施された花瓶を割った。

部屋には結界が張ってあるので、花瓶の割れる音が外に漏れることはない。シルフィーラ達が呼び出さない限りは使用人がくることもない。

割れた花瓶の欠片を拾い、シルフィーラは王子の上に馬乗りになった。

花瓶の割れる音に王子がゆっくりと目を開けた。

愛しいシルフィーラに口元を緩ませた王子は血の匂いに目を見張った。


「シルフィーラ!?」


王子に馬乗りになり、花瓶の欠片を王子の首元にあてるシルフィーラの手から血がポタポタと垂れ、震えていた。

ずっと感情を映さなかったうつろなシルフィーラの瞳が揺れているように王子には見えた。


「なにが望みだ」

「血をくださいませ。それ以外はいりません」


シルフィーラの欲しいものがようやくわかった王子は笑った。


「それしか駄目か?」


頷かないシルフィーラの破片を持つ手に王子は手を重ねた。

王族の命を代償に時を司る禁忌の魔法。

魔法陣に生き血を吸わせれば吸わせるほど術者は新しい世界に存在できると伝承に残されている。

時を遡った過去が繋がるの今の未来か新しい世界かわからない。

魔法の効力が失った時どうなるかは誰も知らない。

王子が贄で術者がシルフィーラ。

壊れてしまったシルフィーラ。壊れたのではなく王家が壊した。

王子がどんな言葉を紡いでもシルフィーラの心には響かない。

将来を誓った翌朝、世間では甘美なものとされるが二人には甘美さの欠片もない。

壊れたシルフィーラの心を動かすものを王子が持っていることに歓喜を覚える自分も狂っているかと王子はさらに笑みを深めた。

王子が一番大事に想うべき国は脆くない。

王家が滅んでも国民達は自分の足で歩いていく。

王家は国民が歩きやすい道をつくるだけでいいとかつての友は言っていた。

王家に滅びの道が見え、シルフィーラを迎えて道が遠のいても、いつかは辿ることになるだろう。

否定したかった現実がシルフィーラを見ているとストンと心に落ちてきた。

王子は足掻いてきたつもりだが、もういいかと思ってしまった。

愛する女に愛されなくても与えられるものがある。


「愛してる。次があるなら、また出会えることを祈らせてくれ」


震えたまま動かないシルフィーラの手をそっと開き、欠片を奪った王子は空いた片手でシルフィーラを抱き寄せた。

王子は隠されていた魔法陣に欠片を強く握り、血を落とす。

シルフィーラは嬉しいはずなのになぜか止まらない涙の意味をわかりたくない。囁かれる声が優しいのだけはわかってしまう。


「愛してる。幸せになれ」


シルフィーラは薄れていく意識の中で魔女になる前の記憶が浮かび出す。

かつて家族と同じくらい大事だった人。

誰かのために命を捧げるような人ではない。薄れゆく意識の中でかつて愛した人は狂ってしまったことが改めてわかってしまった。

シルフィーラも王子も出会わなければ狂わず、幸せになれたかもしれない。

王子が狂ったのはシルフィーラだけの所為じゃない。

でもシルフィーラに非がないわけでもない。

時を戻しても絶対に二人の道が重なりませんように。

欲しいものの全てを手に入れられる人はいない。

シルフィーラの黒歴史は消えない。

黒歴史が黒歴史ではなくなる日なんてシルフィーラはいらない。

シルフィーラが捨てるものも、放したくないものも決まっている。

これが変わることは決してない。


「再び目を覚ますのは、心から望んでいる瞬間だ。おやすみ、シルフィーラ」


王子は自身の胸を涙で濡らすシルフィーラを優しく抱きしめながら禁忌の魔法を使う。

シルフィーラの涙で濡れる胸に次があるなら泣かせたくないと決意を固めた王子。

術者への代償を王子が払うことを選んだことをシルフィーラが知ることはない。

薄れる意識の中で最後に二人が望んだことは正反対。

それでも互いの幸せを願ったことは同じだった。





****


目を覚ますと懐かしい部屋。

ベッドから飛び起きたシルフィーラは裸足のまま部屋から飛び出した。


「お父様、お母様、お兄様!!私は貧しくても、一生空腹でも構いません!!爵位を返上、亡命を。お願いですから。私はお父様達とずっと一緒にいたいのです!!」


泣きながらペテルの足に抱きつくシルフィーラ。

ペテルは膝を折り、妹の頭を優しく撫でる。


「怖い夢でも見たか?」

「夢ではありません。お兄様達がいない世界をシルフィーは生きたくありません。ずっと一緒に放さないでください!!シルフィーはお兄様達に殺されるなら幸せです」

「俺がお前を殺すわけないだろう」

「私より先に亡くなられるなら、私を殺したと同じ。お兄様は私よりも一時でよろしいので長生きしてください。お父様達も老衰以外は許しません。ゆるさない、ゆるさ」


いつも大人しいシルフィーラが泣き叫ぶ様子にフィーレ侯爵夫妻とペテルは困惑した。

悪夢に魘されたにしても様子が、おかしい。

その日はシルフィーラはペテルのベットで眠った。

翌朝も様子がおかしかった。

勤勉で好奇心旺盛だったシルフィーラは家族にべったりになった。

恋していた王子にも見向きもしなくなった。


「殿下、婚約破棄してください。私はずっとフィーレのまま」

「結婚しても、里帰りは」

「違います。私は殿下と信頼関係を築くことはできません。まして、子を成すなら死を選びます」

「シルフィーラ!?」


王子は懐いてくれていた年下の婚約者からの拒絶に顔を真っ青にした。

王子に向けられるのは、愛らしい笑顔ではなく、冷たい眼差し。

シルフィーラは現実は厳しいことを知っている。勝者になるためには欲に忠実になること。

かつてのシルフィーラは宝物を守りたかった。宝物の大事なものまで大事にしたから失った。

シルフィーラは幸せになりたい。

幸せになるためにいらないものは捨てる。場合によっては消す。

シルフィーラの幸せに必要なのは家族だけ。

それ以上を望んではいけないとも知っている。

王子へのよくわからない感情は捨てると決めた。

いずれシルフィーラを捨てる王子と関わらない。

これからは家族がシルフィーラを守ってくれる箱庭を作り上げるつもりである。

シルフィーラが欲に忠実な魔女になってしまったのはシルフィーラだけの秘密である。

シルフィーラは王家に逆らった罪で処刑されてもいい。現実は地獄だから。地獄をオアシスに変える魔法が使える間だけ生きてればいい。

家族がシルフィーラを捨てた時、シルフィーラが家族への関心を失った時、シルフィーラは世界を終わらせる。

この結末が周囲にとってはハッピーエンドではないとわかっていても、シルフィーラにとってはハッピーエンド。

魔女になったシルフィーラは欲を満たすために手段を選ばない。

魔女がヒロインになる物語は存在しない。

それは魔女が望まないから。

未来を切り開く力を持つのは自分だけ。

窮地を救ってくれるヒーローは存在しない。

宝を守るために利用できるものは全て利用する。他人の力も自分の力にできるようにシルフィーラは努力し続ける。

魔女になった少女は魔王を誕生させるカギも持っていることには気付かない。


時を戻す魔法の代償は命でも血でもなく記憶。

私欲ではなく、誰かのために禁忌を犯したものにだけはかつて魔法を生み出した魔導士からの施しがある。

条件を満たせばかつての記憶を取り戻せる。

それを知る者はほとんどいなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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