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魔女になった少女の物語 連載  作者: 夕鈴


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欲の亡者達

ララのおかげで魔女になったシルフィーラは青年に勇者が国を救い、民の希望として信仰される物語を読み聞かせた。

今までのシルフィーラは生きていくのに必要な教育のみで、信仰に関与するものはほとんど教えなかった。

勇者を認めていない王国ではほとんど語られることのない物語を美しい声で紡ぐ。

王国の信仰を知るリゲルは心優しい自慢のお嬢様の教育に疑念を抱かず、シルフィーラの語る理想郷に心を踊らせる。

下を向いていたお嬢様がようやく前を向き始めたと安堵しながら。

シルフィーラが魔女になってから、さらに目を輝かせるようになり和気あいあいと話している青年達に微笑み、読み終えた本を閉じた。

窓の外に目を向けると快晴である。

本を片付けたシルフィーラは荷物をつめた鞄を二つ机の上に置いた。


「もう教えることはありません。あとはご自分で考えてください」


シルフィーラは情報を集めなくても、招いていないお客様のおかげで国の現状は予測できる。

国の未来に興味がないシルフィーラは煩わしいお客様が旅立つように言葉を紡ぎ教育した。

お人好しの青年達は貧困に苦しむ人々を助ける可能性を持っている。

シルフィーラは青年達の未来にも国の未来にも興味はないが、シルフィーラの描く脚本に青年達の役はない。

シルフィーラに恩義を持たないように素っ気なく最後の言葉を紡ぐ。

今まで青年達に何も期待していなかったシルフィーラから初めて託された願いと誤解し青年達は意気揚々と旅立っていった。


「さようなら。お二人の選んだ道の結果に興味はありません。自己責任ですから」


シルフィーラは青年達が見えなくなると笑みを消し、無感情な声で呟いた。

身分に関係なく平等に与えられるのは時間とどんな選択をしても結果が待っているという現実だけである。

シルフィーラは選択を誤り、待っていた結果を受け入れることができず人の道から逸れて、魔女になることを選んだ。

その結果、どんな現実が待っていても受け入れる準備はできている。


「見つけたわ!!だから、助けてよ!!」


慌ただしく駆け込んできたララに渡された本をシルフィーラは受けとる。

禁書を持ち出しているララが王族とうまくやっているのか、罪を犯しているかはシルフィーラには興味のないこと。


「これではありません。隠された建国神話の真実など興味がありません。禁忌を犯した王族の末路ではなく、禁忌の具体的な内容には興味はひかれますが」


シルフィーラはさっと目を通した本をララに返す。

ララの不満を論破し、追い出した後に静かになった小屋を見渡す。

リゲルが作り置いていった物を見てもやはりシルフィーラの心は動かない。

無意味な報告ばかりのララが物欲しそうに見ていたので渡すことにした。

リゲルの作品がララにより安価で売られてもシルフィーラにはどうでもいいことである。

シルフィーラは依頼通りに薬草を届けおえると、森に入る前に振り返った。

貧困に襲われている国に反して、どんどん豊かになっていく村を静かに眺める。


「シルフィー」


王子は初めて村の近くにあるシルフィーラの背中を見つけた。

王子がシルフィーラの安全のため警備隊を派遣したので村の治安は王子が村を初めて訪ねたときより格段に良くなっている。

国の貧困に奔走していても、シルフィーラのために環境を整えるのは王子にとって容易いこと。

シルフィーラの薬草を利用し、富を得ている村長が税を納めず私腹を肥やしている不正を見逃しているのもシルフィーラの安全のためである。

シルフィーラが村を離れてから、取り締まればいい。

かつてのシルフィーラなら許さなかった見て見ぬフリを王子がしている自覚はなかった。

臣下に頭を下げられ、シルフィーラに寄り添われていた王子は人に寄り添う方法を知らない。

だからシルフィーラの離れていく心を繋ぎ止めることができなかった。


シルフィーラは王子の声に気づいたが、振り返ることなく森に足を進める。

王子は埋まらないシルフィーラとの距離にどんどん心が重たくなる。 

そんなときにララが初めて王子の役に立つことをした。


「フィーレ様の求めるものを渡せば、フィーレ様は戻られます。そしたら私を自由にしてください」


シルフィーラと呼びつけにしていたララは王子に睨まれ、シルフィーラの呼称を変え、王子への態度を改めた。

怯えを隠さず、王子に取引を持ちかける図太さに王子の側近を驚かせた。


「フィーレ様は意地を張ってるだけです。侍らしていた男はもういないし、今の生活から抜け出したいのに、きっかけが見つからなくてこんなこと頼んだのよ、いえ、です」


ララは王子の機嫌をとるのに必死だがララの前で王子の機嫌がよくなることはない。


「王族の弱味を握って、脅して妃になるつもりよ。小賢しい女」


多忙に追われる国王夫妻は愛らしさ以外で役に立たないララを愛でる余裕もなくなり、ララのへの関心を失った。

傾いていく国を立て直すためにフィーレ一族の力を欲するようにさえなっていた。

王子はララにまだ利用価値があるので、手元に賓客として置いている。

多忙ゆえ国王夫妻に招かれることがなくなったと思い込み、シルフィーラへの不満を侍女に話すことに夢中になっているララに真実を教える者はいない。


「シルフィーラ様への不敬な言葉はお立場を悪くすると気付かないなんて」

「外見と才能に恵まれても、生かす方法を間違えればハッピーエンドは遠ざかるもの」


崇められる聖女から嘲笑される少女へ立ち位置が変わったことにララは気付かない。


「これは」

「違います。王家の伝承には興味はありますが、歴史が知りたいわけではありません。古代語で書かれた本なら歴史書でも構いませんが、可愛らしいララ様のお願いなら殿下も探してくれるかしら。こちらさしあげますわ」


シルフィーラの求める物はいっこうに見つからない。シルフィーラは時々ララにお土産を渡す。ララの欲しい物ではないが、シルフィーラのお土産は王子の冷たい態度を解いた。


「シルフィーラは他に何か言っていたか?この茶葉は、淹れてやろう」


シルフィーラと会った日はララを王子が訪ねてくる。

シルフィーラからのお土産の茶葉を使い王子自らお茶をララに振舞う姿にうっとりする。

笑顔でララと共にお茶を飲む王子にララの胸はときめく。都合のいい記憶力を持つララは王子に命の危険を感じたことは頭になかった。

愛らしく微笑みながらララは王子の手に触れようとすると寒気に襲われた。


「汚れた女に触れられたくない。調子に乗るな」


先程まで穏やかだった王子から向けられる絶対零度の冷たい視線にララは震える。


「汚れた?」

「自覚がないのか」


王子は震えるララを気にせず、うっとりとお茶を飲む。

シルフィーラがララに持たせるのは王子の好む物ばかり。シルフィーラからの土産を見るたびに王子の機嫌は良くなった。

お茶を飲み終えた王子はララに見向きもせず去っていく。


「シルフィー」


着飾ったララに振り向かない王子が薄汚いシルフィーラに甘い声で愛を囁いている。

ララをちやほやしていた者達も王族に大事にされてないララへの態度を変え、シルフィーラを褒めたたえる。

シルフィーラはここに戻るだけで王子様に愛される物語のお姫様のような生活が待っているのが羨ましい。

ララは王子への恐怖を忘れ、シルフィーラへの嫉妬に囚われてしまった。


「なんで、あの女ばっかり」


「高貴な殿方は清らかさを愛でるもの。卑しさは、ねぇ⋯」

「本能のままに生きれるなんて獣のようで素敵じゃない。理性のある私達には真似できないわ」


侍女達に嘲笑われ、ララの不満は爆発した。


「清らかねぇ、それなら」


突然笑い出したララの相手をする者はいない。


「落ちればいいのよ」


欲に囚われたララを止める者はいなかった。


***


シルフィーラはララが大量に置いて行った本を読んでいた。


「禁書?危険すぎて読むことさえ罰せられるものをよく手に入れましたね。ララ様が殿下を魅了してくださればありがたいこと」


シルフィーラは口元を緩ませ読み進める。

一冊の古びた本を手に取り、水を垂らす。新たな文字が浮かぶのを見て微笑む。



「まさか存在しているとは。世界は人が想像できないもので溢れて、溢れてましたのね。お兄様⋯」


微笑んでいるのにシルフィーラの声音は悲しみに溢れている。

ようやく探していたものに出会えたことに心が躍るはずなのに、心を捨てたシルフィーラは空虚に襲われる。


「怒る資格はありません。勝手をしたのはお兄様達、だから私も好きにします。文句があるなら出てきてください」


最近ララの様子がおかしいがシルフィーラにとって些細なこと。

扉の鍵をララが壊したが鍵をかけたことが一度もないシルフィーラにはどうでもいいことである。

村への届け物が終わるとシルフィーラは本の世界に浸り、夢を見る。

夢は誰にでも見る権利がある。

かつてのシルフィーラは現実的でない夢は見なかった。

でも今のシルフィーラは現実的ではない夢だけを求めている。

夢に夢中のシルフィーラは真っ暗闇の中、扉が開く音がしても振り向かない。


「お前が惑わしの魔女か」



本から顔を上げ、シルフィーラが振り返ると屈強な男達が入ってきた。新たなお客様にシルフィーラの口元が緩む。

近付いてくる男達をシルフィーラはぼんやり眺める。


「美女じゃないか。運がいい」


男の手がシルフィーラの肩を押し、椅子に座っていたシルフィーラの体は机の上に倒れた。

シルフィーラは机の上に押し倒され、卑しい瞳を向ける男を見てゆっくり目を閉じた。

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