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夢から現実に

王子は全身から拒絶のオーラを出して走り去るシルフィーラの背中を呆然と見送り、王宮に転移した。

かつてシルフィーラと散歩した庭園は荒れており、邂逅にも浸れない。


「シルフィー」


シルフィーラに王子がどんな言葉をかけても返ってくるのは拒絶だけ。

愛らしい笑みも優しい笑みも美しい笑みも一切向けられない。

王子に気づかなければ熱心な顔で植物の世話をしている。

王子の顔を見た途端にシルフィーラの顔は無機質なものに変わる。

粗末な物に囲まれているシルフィーラに贈り物をすれば全て落とし物として届けられ、役人達の懐に入っている。

フィーレ侯爵家の資産のおかげで窮地を逃れても全てが元通りには程遠い。

今まで王子が困れば助言をくれたフィーレ侯爵もペテルもいない。

王子の策に頷き献身的に手伝ってくれたシルフィーラも。


「殿下!!探してたの!!」


笑顔で駆け寄ってくるララ。

国王夫妻のお気に入りのララは癒しの魔法が使えてもそれだけで役に立たない。わかりやすいララを愛でることが楽しかったのは最初だけ。

学のないララとの会話は王子にはつまらない。

聡明だったシルフィーラへの恋しさは増すばかり。

王家を陰で支えた人達を冤罪で裁いた。でもシルフィーラだけは守ったつもりだった。

いつも味方になってくれたシルフィーラからの拒絶は王子の胸を痛めつける。

王子を拒絶し、貧しい生活を送りながらも民へ献身的に尽くすシルフィーラ。

反して贅沢三昧で欲を満たすだけの生活を送るララ。

愛らしい顔立ちでも王子の好みではない。

王子は新しいドレスを見るために駆け寄ってきたララの胸倉を掴んだ。


「お前が現れなければ、こんなことにはならなかった。能力もないのに父上の気をひきやがって!!」

「え!?」

「責任取れよ。わからないなら俺が責任の取り方を教えてやるよ」


王子は憎しみを隠さず、冷たい瞳でララを睨む。

ララにとって優しい王子から初めて向けられた憎しみを宿した瞳に体が震えていく。

周囲の者達は王子の行動に驚くも止めることはできない。


「殺さない。死んで楽になるなんて許すかよ」


真っ青な顔で怯えるララに王子は冷たい声で命じる。


「返せ」


ララは別人のような王子の言葉に頷くことしかできなかった。


「殿下!!ここにおられましたか!!」


王子を呼びにきた侍従を見て王子はララの胸元から手を放した。

王子は床に崩れるララに視線を向けることなく侍従を連れて部屋を出ていった。

ララは扉が閉まる音に安堵するも体の震えが止まらない。

贅沢な生活をしたい。でも視線だけでララの心を凍らせるような恐ろしい存在の伴侶になるなんて生きた心地がしない。

真っ青な顔のララに声を掛ける者はいない。

王家の使用人は主の命令に忠実である。

ララが声を掛ければ応じるが、それ以外は影のように付き従うだけである。

ララは国王夫妻に気に入られ、座るように勧められている椅子が煌びやかな世界だけを見せてくれるものではないことをようやく気付いた。


「か、返せってなにを、教えてよ!!」


ララは人形のように控えている侍女にすがりつく。

侍女はみじめに懇願してくるララが債務を果たさないことに思うところはあっても、王室侍女としてのプライドがあるので態度に出すことはない。

侍女がかつて仕えたフィーレ侯爵令嬢はどんなときも本心を見せなかった。

どんな理不尽も微笑みながら受け入れ、見事に捌いていた。

フィーレ侯爵令嬢は王子の心に寄り添い、王子が怒るような状況は一度も作らなかった。


「殿下を取り戻せる可能性があるのはシルフィーラ様だけでしょう」


王子の(ペテル)はもういない。

敬うべき王子に正しさを説くのはフィーレ侯爵家だけだった。

王家よりも強い発言力を持つフィーレ侯爵家はもうない。王家が舵取りを誤っても正してくれる存在がいなくなったことがどういうことか王家は気づいていない。

侍女はシルフィーラがいれば状況は変わると思っているが、シルフィーラが戻ってくるとは思えない。ララに聞かれてないので余計な憶測は話さない。

侍女の仕事はララが王宮で不自由なく過ごせるようにすることだけだから。

飛び出したララを追いかけることはない。


「殿下、ララ様がフィーレ様を探しておられますが」

「シルフィーラに危害を加えないなら捨て置け。シルフィーラを傷つけるなら、わかってるな?」

「かしこまりました」


公務の合間にシルフィーラへの贈り物を探している王子に侍従は頷く。

王子は優秀だが情というものへの理解が乏しい。

シルフィーラの拒絶は当然のもの。

大事な家族を奪われたシルフィーラにとって王子は憎むべき対象になっても仕方がない。

王子への愛情があるなら王子が差し伸べた手を拒まない。

傾いている国を立て直すために奮闘している王子の助けになるために献身的に尽くしているだろう。

王国にシルフィーラ以上に賢く、人脈のある貴族令嬢は存在しない。

家族も領民も失ったシルフィーラが戻り国のために尽くす理由は優秀な頭脳を持つ侍従にもわからない。

答えを導きだせるのは鬼才でシルフィーラのことを知り尽くしたペテルだけだろう。

処刑には替え玉を用意して王家から逃れ、最愛の妹と暮らしていてくれればいいのにとありえない妄想をしながら希望を見出せない国の未来へのため息を飲み込んだ。



***


「助けて!!貴方なら助けてくれるって、なんでもするから。死にたくない。貴方が帰れば全て元通り。お金も宝石もいらない!!私はうちに帰りたいだけなの!!」


シルフィーラは扉から飛び込んできたララを眺めた。

癒しの力を持つララは王子の庇護を失った。

王子と仲違いしたことまではシルフィーラは王子の懺悔を聞かされて知っていた。

心も感情を失ったシルフィーラだが思考はできる。

シルフィーラがまだフィーレ侯爵令嬢だった頃に見かけたときよりも安価なドレスを着ているララ。

ララの首元に咲く花の痕にララがいずれ国王夫妻の庇護を失う未来がシルフィーラには視えた。

シルフィーラはララの未来を具体的に思考をはじめた。

貧困から逃れるために豊富な資源確保に領土拡大を選び進軍を続けている王国。

王家から聖女を送れば王族を従軍させていない王家の面目が保たれる。

王族の庇護を失い、貴族を怒らせたララには従軍するように命令されるだろう。

治癒魔法が使えても、信用できないものに高貴な血筋を持つ者は自分の体を任せられない。ただ替えがきく兵士の治療には適任である。

王家に不満を持っている兵でさえ、治癒魔法が得意な愛くるしい女が傍で世話をすれば悪い気はしないだろう。

聖女信仰を持つ者は一部であり、従軍している兵の多くにとってはララは単なる女でしかない。

身を守る力がなければ従軍する女が不幸に襲われるのが王国の常識である。

また癒すの捉え方は個々で違う。

戦場という特殊な場所は時に常識を覆す。

従軍しているのは税を払えず、軍役を選ばざるおえなかった兵士ばかりである。

シルフィーラは選ばされた道でも、自己判断で進んだ者に同情しない。

シルフィーラは人生とは辛いことや大変なことのほうが楽しいことよりたくさんあると思っている。

苦行から逃れる、もしくは乗り越えるためにはたくましくずる賢く強くなり、自分を守るしかない。

自分を守る方法も人それぞれ違う。

どれを選ぶかはその人の自由であり、フィーレにとって利益があれば支援するという方針であったのは過去のこと。

今のシルフィーラは現実はもっと残酷で厳しいものと身をもって知っている。

王子の婚約者の時に持ち合わせた慈悲の心は魔女になったシルフィーラは持っていない。


「努力は報われるなんて子供だましです。神が救ってくださるとも。落としどころを見つけるために自分で選び進んでいく。運もありますが、自分を救えるのは自分だけ。貴方は騙されたのかもしれません。でも選んだのは自分でしょう」

「あんたが帰ってくれば」


ララの望むようにシルフィーラが王都に帰ってもララの道は変わらない。

シルフィーラはララを庇護するつもりはない。

ララは贅沢放題できる王子の寵姫となる道を選んだのに社交に失敗して社交界から追放され、王子の寵愛も失った。

教会の聖女になるには清らかな乙女が条件。

その資格を失ったララは聖女という、特別待遇で迎え入れられる道も選べなくなった。

無知な少女が利用されたのは理解できる。でも同情はしない。


「私には関係ありません。自分の行動の責任は自分でなさいませ」

「違う!!騙されたの!!殿下はあんたを愛してるのよ!!私は」


シルフィーラの周囲に現れるのは身勝手な者ばかり。

シルフィーラの瞳からポロリと涙が落ち頬を濡らす。

魔女になっても捨てなかった心のカケラ。

かつて砕かれた心のカケラはシルフィーラの体に残っていた。

シルフィーラの耳に何かが砕ける音が聴こえた。

ポロポロと流れ落ちる涙に笑いがこみあげてくる。

こみあげる感情を隠さずに肩を震わせ、シルフィーラは笑う。

国益のためという理由でシルフィーラの大事なものを奪った王家。

長い間に紡いだ絆よりも目先の欲を選んだ婚約者。

生きることよりも誇りを選んだ家族。

シルフィーラの家族が選んだ道を静かに見守り、シルフィーラにとって価値のない復讐を唆すかつて庇護した者達。

欲望のままに突き進み周囲の都合を考えないララ。

誰一人シルフィーラの気持ちも願いも配慮してくれない。


「そうでしたのね。ふふふ、愚かなこと、自分の道を誰かに委ねようとするなんて私が間違ってました」


家族の願いがシルフィーラにとって重荷だった。

シルフィーラを置いてけぼりにした家族の願いを叶えるなんて馬鹿らしい。

シルフィーラの努力は報われない。

シルフィーラの願いを叶えた先にどんな結末が待ち受けようともシルフィーラは受け止める。

たとえ宝物に恨まれようと構わない。

勝手に押し付けて、消える道を選んだのが悪い。

全ては自己責任。

自分を変えられるのも、幸せにできるのも自分だけ。


「戻るのね!!これで、私は」

「貴方を恨んでいません。でも私から宝物を奪いましたのよ。貴方が対価を払うなら、私は貴方の願いを叶えてもいいでしょう」

「宝物!?私は何も奪ってない」

「たくさんの要因があることは存じてます。でも、貴方は鍵でした。貴方の行動がなければ」

「わからない!!勘違いよ」

「わかろうとしないのでは?理解できずとも処理しなければいけないことがありますのよ。貴女が理解できるまで付き合ってくれる者がいると思わないほうがいいですよ。私は付き合いたくありませんが、譲歩しましょう。これなら理解できます?等価交換です。対価があるなら、私にとって同じ価値をお返しします」


シルフィーラはララにある条件を提示した。

ララはシルフィーラの言葉に勢いよく頷き飛び出していった。

かつてのシルフィーラなら契約書も書かずに行動するララに呆れた。

この浅はかさが王子の籠を遠ざけた一因と考えなくてもわかってしまう自分に嫌気がさす。

王子の籠がララに戻るかはわからない。

それでも王子の関心がシルフィーラからなくなればありがたいこと。

シルフィーラの望むものをララは一人では用意できないので、用意する過程で王子と触れ合い再び愛におぼれてしまえばいい。

無理難題に気づいたララが怒り、シルフィーラを終焉に導く使者になってもありがたいこと。

招かざる客が久しぶりにもたらした希望にシルフィーラは笑みをこぼし薬草の世話を始めた。

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