招かざるお客様
久しぶりに故郷に帰ってきた青年は驚いていた。
故郷の村人から聞いた故郷で起きているおかしな話に。
木工細工師としての青年の成長を喜び、庇護し育て上げてくれた一族が滅んだ。
生活に余裕のない王国で木工細工は売れない。異国に行けば金貨で取引されるという今は亡きお嬢様の助言を信じて知らない世界に飛び込んだ。
そして異国で成功し、金貨を手に入れ久しぶりに故郷に帰るとおかしなことが起こっていた。
手紙を入れれば薬が届く。
見返りは不干渉。
村人が持っていた薬は金貨を払ってもいいほど良質なものである。
「技術の安売りは許しません。リゲル達の生活は保証します。貴方の腕は金の卵を生むのです。ですから大事にしてください。情に負けて値引きなんて金輪際やめてくださいませ」
敬愛するお嬢様からの教え。
技術者として、磨き抜かれた技術を対価なしに受けとるなんて搾取と同じ。
「欲しい物をもらうだけもらうなんておかしいよ。お金が足りなくても、できるかぎりの誠意は見せるべきじゃないか」
「魔女を住まわせてやっているんだ」
村人達は青年の説得に耳を貸さない。
最近は魔女の薬を求める旅人に情報を渡すだけで情報料が手に入る。
国中が飢えに苦しみ、どんどん状況が悪くなっているのに、この村だけは少しづつ状況がよくなっている。
村人の中では魔女に利用価値を見出してしまった者も少なくない。
青年は変わってしまった知人や家族を説得するのは後にすることを決めた。
青年の家族も魔女には世話になっていたから。
青年は村人の止める声を無視して誰も近づかない小屋に向かって足を進める。
「失礼します。薬をいつもありがとうございます。なにかお手伝いをできることはありませんか」
青年は返事のない小屋に入ると驚いた。
小屋には手作りらしき不格好な調合道具。
他にほとんど物がなく、生活感皆無だった。
「いい加減になさいませ。勝手に入るなど無礼ですわ」
青年は聞き覚えのある声音にさらに驚き、声の主を探した。
「お嬢様!!どうして、ここに」
シルフィーラは驚いて固まる青年に嫌な予感を覚えたが、王子より厄介な訪問者ではなかったので侯爵令嬢時代に染みついていた美しい微笑みを浮かべた。
「あら?失礼しました」
「お嬢様、どうしてそのようなお姿で、いえ食事をご用意します」
「お気遣いはいりません。薬のお礼もいりません。私は義務を果たしているだけ」
「お待ちください。リゲルです!!お嬢様のおかげで…」
シルフィーラは見覚えのある青年に微笑みながら、心の中でため息をつき背を向けた。武器を持たず、敵意もない、自分に向ける敬う視線にままならない現実に心は沈むばかり。
シルフィーラのもとに訪ねるのは招かざるお客様ばかりである。
家族を救ったお礼という理由をつけてシルフィーラに人間らしい生活をさせようとするリゲルもその一人になった。
王子ほどの嫌悪はない。ただわずらわしさを抱えているだけ。
シルフィーラの拒絶を遠慮と勘違いするリゲルに言葉をかけるのはやめた。
用意した料理に手をつけないシルフィーラを見てもリゲルは気を悪くしない。元侯爵令嬢の口に庶民の味付けは合わないかと保存食や果物を置いていく。
貧しい村で人気の青年に貢物をさせ無下にする魔女という設定にシルフィーラが気づいたときに一筋の光を見つけた。
女の嫉妬が怖いのは国も身分も関係ない共通事項である。
だからシルフィーラはリゲルの相手はしないが追い出さず放置しておく。
「何か必要なものがあればおっしゃってください」
「ありません」
リゲルにとって敬愛するお嬢様が常にローブを被り美しい顔を隠していても、所作の一つ一つは気品のあるもの。
家族を失い傷ついた心を癒し、元気になってほしいと願うリゲルは大事なお嬢様の世話をすることを決めた。
リゲルの新作を置いても見向きもされず、昔のような輝かしい笑顔の称賛はもらえない。
お嬢様の心の傷の深さにリゲルの胸は苦しくなる。
リゲルはお嬢様の心がこれ以上傷つかないように、村で魔女として疎まれている勘違いを正すために考え、美しい魔女の絵を描き始めた。ただ絵の才能のないリゲルが描いても村人の心を動かすようなものにはならない。
好青年を虜にする魔女という疎む理由を増やしただけということに鈍いリゲルは気づいていなかった。
シルフィーラはリゲルの平凡な絵を見て、天は二物を与えずという言葉が頭を過ったが口に出すことはしなかった。もしリゲルに絵の才能があってもシルフィーラの心は動かない。
たくさんの金の卵を育てても、シルフィーラの欲しいものが手に入ることは二度とないから。
今日も望まれるまま調合し薬を届けるだけである。
****
「助けてくれ!!」
シルフィーラはフィーレ侯爵令嬢だったころ先触れの大切さには気付かなかった。
先触れのないお客様は緊急的な内容のことが多かったから煩わしいと思わなかった。
それに恩を売れば利益を運んでくれることも多く、シルフィーラは丁重におもてなしした。でも魔女になったシルフィーラは違う。
シルフィーラはローブのフードを被り、駆け込んできた男の腰にある剣に驚き一瞬固まる。
「剣に呪われた。捨てても売っても朝には戻ってくるんだ!!あんた魔女だろう!?助けてくれ」
世界が闇に飲まれる時に聖剣に選ばれた者が生まれる。
というある宗教の謳い文句をシルフィーラは知っている。
宗教はたくさんあり、聖女を祀る宗派もあれば勇者を祀る宗派もある。商売や親睦を深めるために必要なことなので信仰心はなくても、知識としてシルフィーラは頭に入れている。
勇者を祀る宗派はかつて大陸を守った勇者が使っていた剣を聖剣と呼んでいる。富裕層の信者が多く勇者の所持品はレプリカでさえも高値で取引されている。骨董品と呼ばれ高値で取引されるものの中にかなりの確率でいわくつきのものが眠っているものである。
「神殿に相談してください。寄附金代わりにその剣を差し出せばことは納まります」
「神官は怖い!!俺に魔物を討伐しろって」
「聖女信仰の宗派にとって勇者は邪魔な存在。死地に送ってしまいたいのでしょうか。でしたら他国に行き、冒険者を頼ってください。この国に貴方を救ってくださる存在は少ないでしょうし、貴方は運に恵まれているのできっとうまくいきます」
シルフィーラの言葉に絶望的な顔をしている青年が勇者かどうかはわからない。
でも身なりの貧しい青年が王国では珍しい魔女の噂を知り、訪ねてこられたのは運命を味方につけているから。
シルフィーラは勇者を信仰していないが、運命を味方につける天運を持つ存在が稀にいることを知っている。それが一時的なものか、永続的なものかはわからないが。
国にとって邪魔になる勇者という存在を王子に預ければ迅速に処理、もしくは利用されるだろう。シルフィーラは王子に関わるなら面倒になることを選ぶことにした。
「お世話はしませんが、知識は授けましょう。貴方の名前も素性も興味がないので話さないでください。ここにあるものは自由に使って生活してくださいませ。そして納得できたら出て行ってください」
「追い出さないのか!?」
「貴方の好きにしてくださいませ。文字は読めますか?」
首を横に振る青年にシルフィーラはため息を飲み込み教育を始める。
聖剣かもしれないレプリカに呪われる者の共通点は武に優れていること。
そして魔を引き寄せるとともに破邪の力に恵まれるゆえ英雄や悪の化身になることが多い。
商人の噂話なのでなにが真実かはわからない。
フィーレ侯爵家がなくなったので金の卵を手元に置いておく必要がないシルフィーラのもとから旅立ってくれるように環境を整えるだけ。
追い出した者はすぐに戻ってくるが自分の足で出ていくものはしばらくは戻ってこない。
何度追い出しても姿を現す王子を見て、追い出すという行為は無駄とシルフィーラはよく知っていた。
「ローブは邪魔じゃないか?」
「いいえ」
シルフィーラの世話をしたがるリゲルからの貢物を青年に与えることにした。貧しい村で育った青年はリゲルと仲良くなりさらに見聞を広げている。
王国は貧しさに襲われ、余波に平民も襲われている。
フィーレ侯爵家を敵に祀り上げ、フィーレ侯爵家の資産で賄われていたものは一時的なもの。
全てフィーレ侯爵家が悪いとしていた世論が変わっていく。
特に存命中のフィーレ侯爵にフィーレを庇うことを禁じられていたフィーレを慕う者達が声を大きくしていた。
「リゲルは師匠とどんな関係なんだ?」
「お嬢様は女神です。心の傷が深く、」
青年達がなにを言っても食事をとらないシルフィーラ。
素っ気ない言葉で青年達を拒絶しても、青年への丁寧な教育や村人のために薬を作る魔女の行動は優しさに溢れているように青年達には映っていた。
婚約者に捨てられ、家族を失い、それでも青年達にとっては優しく、生きることへの希望を抱かせる美しいお嬢様。
「フィーレの復興を願う声が」
「お兄様がいらっしゃらないのに?少しでも私を憐れに思う気持ちがあるなら放っておいてくださいませ。滅びゆく運命を受け入れた。それがフィーレの答えですから」
「運命は自分で切り開くものだろう?師匠のためなら俺は」
「私のためなら放っておいてください。お兄様がいらっしゃらないならフィーレの復興は無駄、失礼します」
シルフィーラはフィーレのことを青年に教えていない。
青年と親しいリゲルが教えたせいで余計な野望を持った男達の相手をする気力もおきない。
リゲルの財力と技術、青年の力と運をうまく利用すれば大きな波を起こせる。
その先の結末に興味の欠片も持てないシルフィーラは暗闇の広がる森に足を運んだ。
月の明かりをたよりに森の中を歩きながら目当ての泉を見つけてゆっくりと中に入っていく。
「フィーレの復興?復興して何が残りますの?都合よく利用するためだけでしょう?失ったものはもう戻らない」
当主の命令は絶対。
でも守られないこともある。
フィーレの最期を受け入れ見守っていた者を恨むつもりはない。
もう貴族ではないシルフィーラに民を慈しむ義務はない。だから願いを叶える必要もひどくなる生活への対処も必要ない。
フィーレの復興を願う声はシルフィーラの心に刺を落とす。
時間は戻らない。
失ったものも還ってこない。
恋しく思う気持ちが起きないように冷たい泉に頭まで沈みこむ。
しばらく沈むと意識が朦朧として何も考えられなくなる。
意識を手放す間際に水面から顔を出して息をする。
思考しなくても体は勝手に生きようとする。
昔は色々なものの生命力の凄さに感動したが今は逆である。
自分の生命力の強さに心が沈む。
それでもここまでシルフィーラを育ててくれた家族のために努力だけはする。
シルフィーラは夜空に輝く星を見上げた。
無表情で空を見上げるシルフィーラの姿は美しい。
シルフィーラを探しにきたのに、フードが脱げたことに気付かず月明かりの下で美しさをさらすシルフィーラに見惚れで動けない男達。
しばらくするとシルフィーラはフードを被りため息をついた。
「シルフィー!!」
シルフィーラの美しさに魅了されていても、耐性がついてる王子は上着を脱いで泉に入り水浴びをしているシルフィーラを抱き上げる。
陸に上がり、魔法で王子とシルフィーラの体を乾かし投げ捨てた上着でシルフィーラを包む。
シルフィーラは王子が近くにいるときは自分の近くに現れないようにリゲル達に命じている。
リゲル達がどうなろうが興味はないがシルフィーラの家で血が流れるのは勘弁してほしかった。
煩わしいことを増やすことしかしないお客様にもうなんの期待もしていない。
「降ろしてください。触らないでくださいませ」
「体が弱いのに水浴びなんて、」
「体調管理くらいできますのでご心配なく」
心配している王子に素っ気ない態度のシルフィーラ。
王子の心遣いを無碍にすることは決してなかったかつてのシルフィーラ。
多忙の中、シルフィーラに会いにきても王子の欲しい笑顔も言葉もシルフィーラは与えてくれない。
美しい笑顔も優しい言葉もシルフィーラ以外からなら簡単に手に入る。
でもどんどん荒んでいく王子の心が癒されることはない。
聖女の力も心には効果はない。
国中の貴族令嬢の多くは王子に心配されればうっとりするが、シルフィーラにとっては迷惑なだけである。
かつてシルフィーラが好きだった王子の優しさは今は怖くもある。
愛のためにシルフィーラ達を捨てた王子は愛する少女を捨てシルフィーラに手を伸ばしている。
王子のシルフィーラへの行動の意図をシルフィーラはわからないし、わかりたくない。
シルフィーラにとってえたいの知れないものになった王子の温もりにシルフィーラの体はどんどん体温を失っていく。
シルフィーラは体が冷えて動けなくなる前に王子の腕から抜け出し走り去った。
言葉が通じない王子に関わらないためには自分で行動するしかない。
追いかけられたら捕まるが、その時また考えればいい。
余計なことを考えず、役目を全うするだけ。
シルフィーラの生きる理由は義務だけである。
だからシルフィーラは視線に気付いても振り向かない。
シルフィーラの知りたいことを王子は教えてくれない。
何かを願っても願いは踏みつけられるだけ。
かつて輝いていた世界はまやかしのようにさえ感じるシルフィーラ。
真っ暗闇の中を進むシルフィーラの世界は夜が明けても何も変わらない。
シルフィーラの背中を見つめる王子の瞳に宿るものも、シルフィーラにはどうでもいいことである。