11月25日 生徒
昨日のおばあちゃんの電話を受けて、私は、今日行くことを伝えた。お母さんは、知っていた様子だったが、私には知らせてくれなかったみたいだ。知らせないなんて、ありえない。私は、怒りを抑えながら、お母さんに話を始めた。
お母さんは、行かせたくなかったみたいが、私の怒っている表情を見て行かせざるを得なかったというところだろう。いろんな気持ちが入り混ざって病院に向かっていたが、一番は、おばあちゃんが無事であること。ただ、それだけだけを願っていた。
電車から降りると、徒歩3分で着く病院を目指した。着いた瞬間、病院の大きさからすぐにどこにあるかはわかった。スマホで病院を探さず済んだのはありがたかった。改札を抜け、病院の方に歩き始めた。でも、おばあちゃんが言っていた腎臓の病気って何だろう?そんな入院までしないといけないものだろうか?私は、よくわからなかった。
真っ直ぐ歩いていると、少し先に、私の方を見ながら立っている女の子が見えた。どこかで見たような気がしたが、私は、少し右に寄って歩き続けた。前にいるのは、聖徳高校の制服であることに気がついた。しかし、私は、知らないふりをして女の子の横を通った。
やっぱり、聖徳高校だ。横切った後も、さっきの制服の生徒が誰なのか気になっていた。何年生なのだろう?見たことありそうな顔でもあったが、マスクをしていてよくわからなかった。気がつくと、私はすでに病院の敷地内に入っていた。おばあちゃんから聞いていた番号を確認して、エレベーターに乗り込んだ。
私は、3階のボタンを押して、ドアが閉まるのを待った。それにしても、こんなところに、一人でいてもおばあちゃんは、楽しくないだろう。あ母さんやお父さんも、まだ、お見舞いに行ってないし。寂しくないのかな。少し、おばあちゃんのことが心配になった。
おじいちゃんが亡くなってから、もう6年が経過しようとしていた。おばあちゃんは、それほど心配そうな表情を見せていなかったが、さすがに一人だと寂しいだろう。そう思い、私はちょくちょく訪れるようになった。しかし、その内、おばあちゃんの家の方が居心地がよくなってしまっていたのだ。
そして、私自身、うつ病になり不登校になり、どうしたらいいか全くわからなくなっていた。そんな時、唯一の楽しみがおばあちゃんの家に行くことだった。行ったら何かあるというわけじゃない。ただ、今の私にとったら、ただ、そこにいるだけでよかった。




