2-3:刻のアトリエ
なにごとかとわたしとレオンは慌てて工房を出た。
「いたたたた……」
アトリエの入り口に一人のメイドの少女がしりもちをついていた。
彼女の背後にある入り口の扉は破壊されて倒れている。
この光景だと、彼女が扉を壊してアトリエに入ってきたように見える。
というか、そうとしか見えない。
わたしとレオンは思いもよらぬ光景にぽかんと口を開けたままでいた。
おしりをさすっていたメイドがわたしとレオンに気づくと、はっとなって慌てだした。
「すっ、すみませーんっ! 開店時間なのに扉が開かなかったもので、渾身の体当たりをかましてしまいましたーっ」
どうやらお店のカギを開け忘れていたらしい。
「ありがとうございますー!」
依頼主である彼女はとある貴族のもとで働くメイドだった。
話によると、主人が大事にしている懐中時計をうっかり落として壊してしまったらしい。
普通に時計屋で修理するにも時間がかかるし、高級な時計だから修理代もとんでもないことになる。だから『刻のアトリエ』に駆け込んできたのだった。
ウチの依頼料、お手ごろだからね。
そこらで売ってる目覚まし時計を直すのも、高級な懐中時計を直すのも労力は変わらないから。
「これで解雇されずにすみますーっ。本当に感謝いたします、聖女さまっ」
「あっ、ちょちょちょちょっと待ってください!」
懐中時計を手にしてすぐさま帰ろうとするメイドを慌てて引き留める。
「報酬! 依頼料まだもらってませんよ!」
「あ、そうでした。私ってばうっかりでした」
危うく報酬をもらいそこねることろだった。
人助けは好きだけど、さすがにタダ働きはごめんだ。
「なかなかおっちょこちょいなメイドでしたね」
メイドがお店を去ってからレオンが苦笑いした。
わたしに言わせれば彼女は『おっちょこちょい』よりもう一段上の評価をすべきだと思う。
アトリエの扉を体当たりで破壊したくらいだから……。
こんなふうにわたしは日々、街の人から依頼を請け負って『刻星術』で仕事をしている。
依頼の多くは修理だけれど、中にはお酒を醸造させたり、チーズを発酵させたりする仕事も舞い込んでくる。何年物のワインもチーズも『刻星術』を使えばあっという間なのだ。
商売は今のところ順調。
レオンによると今月は黒字のようだ。
ルーグ家に嫌気がさして、なかばやけで飛び出したから、本当にうまくやっていけるか正直なところ自信がなかった。
レオンの前では自信たっぷりを装っていたけれど、最初のお客さんが来るまでは不安で不安で仕方がなかったのだ。
「ありがと、レオン」
これもレオンがいっしょうけんめいアトリエを宣伝してくれたおかげだ。
レオンは食品や雑貨を買いに外に出るたび、街の人たちに『刻のアトリエ』を宣伝してくれたのだ。
地道な宣伝が功を奏し、こうして毎日依頼人がやってくる。
「で、でも、わたしのこと『聖女』って言って回るのはちょっと恥ずかしいかな……」
「どうしてです。時間を操る預言の聖女だなんて、これ以上ない宣伝ではありませんか」
「確かにそうだけど、わたしって聖女っぽくないじゃない? 聖女ってもっと『きらきらー』って感じだと思うし」
「ルゥさまは『きらきらー』でございます」
豪語された。
そのとき、店の扉が開いた。
お客さんかな――と思いきや、そうではないとすぐにわかった。
鎧をまとった兵士たちが大勢乗り込んできたのだ。
「ルゥさま!」