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8回目 23:14 想像力が豊かになった僕

10月16日14時10分投稿分



 ―― リラリーは、すごいな


 さすが、普段から中庭のぬかるみを諸ともせずにスタスタと歩いているだけのことはある。大木の根元付近のぬかるみに足を取られることもなく、ズイズイと歩き回っていた。

 彼女のこういうところが、堪らなく好きだったりする。


「どう? 夜月草は見つかりそう?」


 荷物からランタンをもう一つ取り出して、それに火を灯し、僕も地面と睨めっこ。

 しかし、素人の僕に夜月草の見分けがつくわけもなく、真剣に探しているリラリーの表情を見るためだけに、ランタンを出したと言っても良いだろう。照らしてみたら驚いた、こりゃあ可愛いな。


「うーん、見つからないわ。これも違うし……」

「もう取り付くされちゃったのかな」


 問答無用にキスが出来る、この状況。


 正直なところ、夜月草が無くても困ることはないし、むしろキスが出来なくなるから見つからなくても良いとさえ思っている。

 なんなら、24時間後に、また薬を飲んでやろうかと思うくらいに、キスがしたい。


 でも、やはりそこは、なにがしの法則。見つからなくて良いものほど、見つかってしまうのだ。


「あ、あれ! 夜月草!!」


 鈴が鳴るような可愛く明るい声がしたと思ったら、リラリーが小走りに駆け出した。あまり離れると緊急時に対応できなくなるため、僕も小走りで付いていく。


 スタタタタタ。そして、5mほど小走りをしたところで、すってーーーん! ドサッ!!


 二人とも、すっころんだ。


「いってぇ……。リラリー! 大丈夫?」

「痛いぃー」

「痛い? 怪我は?」

「おしりを打ったわ」


 ―― なんてこった!! リラリーの(たぶん)可愛いおしりに、痣が出来たかもしれない!!


「大丈夫!? 痣になってない? 見せて!」

「……は? (冷めた目)」

「おっと、うっかり。失礼、あとで自分で確認してね」

「そうするわ」


 ―― 手当てなら任せてね


 言おうとしてやめた。


「リラリー、立ち上がれる?」


 僕が手を差し伸べると、彼女は戸惑うこともなく手を取ってくれる。随分と、距離が近付いた気がする。


「それにしても、争奪戦でもないのに、なぜ僕たちは走ってしまったのだろうか」

「夜は、人を幾らか高揚させて判断を鈍らせるのよ」

「なるほど」


 二人とも、お互いの姿を確認し合う。


「泥だらけね」

「どうやら、ぬかるみがぬかるみ過ぎていたみたいだね。僕なんて、下着までビチャビチャだよ」

「同じく。気色が悪いわね」


 ―― え、リラリーの下着パンツも?


 困ったな。判断力が鈍った代償に、想像力が豊かになってしまった。気色が悪いと言われても仕方がない。


「とりあえず、夜月草の採集をしてしまいましょう」

「そうだね。リラリーがビチャビチャになってまで見つけた夜月草だ。採集しよう」


 草の説明に、こんなに甘美な説明文が付くことがあるだろうか。さぞかし甘く美しいのだろう。


「そう言えば、採集用のハサミを持っていないの。剣を貸して貰える?」


 リラリーが僕の長剣を指差すものだから、僕は想像した。長剣を構えて草刈りをするリラリーを。


「……やたら危ないな。僕がやるよ」

「ダメよ。摘み取り方にコツがあるの」

「そうなんだ。じゃあ、せめてこっちの短剣を使って」


 僕が外套の裏に忍ばせておいた軽く扱いやすい短剣を取り出すと、リラリーはギョッとしていた。


「随分、たくさん武器を持っているのね?」

「あぁ、そうだね」


 頭の中で数えてみる。腰に長剣を一本、短剣二本。足に短剣三本、外套の裏側に五本、靴の中やベルトにも小さな武器は仕込んである。我がルーンバルト家お手製の武器たちだ。


 リラリーは短剣を器用に使って、正しいお作法を踏むように優雅に夜月草を刈り取り、清潔な麻袋にしまった。

 そして、すぐに短剣を僕に返してくれた。これがリラリーが使った短剣かぁ、また一つ宝物が増えちゃったな。


「はい、返却ね。騎士って、そんなに武器を持っているものなの?」

「いつもはこんなに持ってないよ。動きにくいからね。でも、今日は僕一人でリラリーを守るわけだから、(王族の護衛のときよりも)全力だよ」

「さっき転んだけど?」

「面目ない。次は、僕が下敷きになるね」

「キモチワルッ」


 くっそ可愛い……堪らない。リラリーの『貴方に守ってもらって当たり前』という感じが、堪らなく僕の庇護欲を掻き立てる。控えめに言っても、大天使。守りたい。


 何が堪らないかって、誰にでもこういう風に接するわけではない、というところだ。

 リラリーと兄は婚約者同士ではあったものの、こんな風に気軽なやり取りはしない。兄の前でのリラリーは、『あなたに御迷惑はおかけしません』という、凛とした雰囲気を纏っていた。クラスの男共に対しても。


 毎日見せるのが当たり前だった一冊の教科書も、そのために僕だけが歩み寄って近付ける机も、僕がさり気なく開けるドアを素通りする君も。全部、僕だけのもの。特別なリラリーだ。

 そこに、彼女の気持ちが伴っていなくてもね。泣ける。心の中で大号泣だ。



 ポツリ、ポツリ……。


 雨だ。



「空まで大号泣か」

「大変。夜月草を濡らしたくないわ」

「どのみち、こんな格好でいたら風邪を引く。近くに騎士団の管理小屋があるから、そこに移動しよう」


 そう言って、彼女に許可なく、チュッと軽くキスをした。まるで恋人が気軽にキスをするみたいに、軽く。

 唇を離すついでに、彼女が着ていた外套のフードを目深に被らせてあげて、指を絡めて手を繋いだ。

 

 そのまま小走りに、だけど転ばないように、管理小屋に移動する。


「雨が強くなってきた。リラリー、全速力!」

「ぇえ!?」

「もっと速く」

「ちょっと! 転ぶから!」

「お姫様だっこしようか?」

「絶対イヤ」


 愛の逃避行なんかじゃない。気分は、婚前旅行だ。



 残り、16回。


 





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