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7回目 22:14 キスで目が覚める私

10月16日 AM0時35分投稿分



 ―― なーんか、変な人よねぇ


 南の森の大木は、もう目の前。


 私は、やたら歩きにくい地面を、えっちらおっちらと歩きながら、繋がれた手の先にいるストーカー男をジロリと睨む。



 数時間前の出来事だった。夕焼けの部室。突然、訪問客が来たかと思ったら、突然に突然を重ねた告白と求婚。

 (勘違いだったけど)初めましてにも関わらず、名乗りもしない。そして、許可無くファーストネームを呼んでくる不躾な男。


 ―― 相当、思い込みの激しいストーカータイプね


 とは言え、さすがに私にも非があるとは思う。まさか、三年間も隣の席だったとは。気付かなかった自分に驚く。


 ―― でも、仕方ないじゃない。興味ないんだもの


 私は、とにかく興味のないことに脳のリソースを割くのが嫌いだ。心惹かれることだけを考えて生きていきたい。

 そもそもに、恋とか愛とか、そういうものを自由に選び取れる立場でもないし。



 正直に言えば、目の前のストーカー男が飲んだ『惚れ薬』の解呪ができなかったとしても、別にいいかなと思っていた。

 確かに、薬を間違えて渡したのは、私だと……思う、たぶん。でも、どのみち私と結婚するなんて無理な話。出来れば、惚れ薬でも失恋薬でも何かしら飲んで、サッサと諦めて欲しいところ。

 諦められずに拗らせて、これ以上、本格的なストーカーになられたら面倒だもの。



 ……なんて思っていたとしても、現実は異なる。


 こうやって夜月草を探しに、寒い夜の森に来てしまっている。24時間の連続キスだって、心底イヤだったけど、つい引き受けてしまった。騎士団への通報に(おのの)いていたのは事実だけれど。


 ―― 何故かしら


 彼とキスをするのは、別に嫌ではない。


 もちろん、初めは抵抗があったけど、段々と嫌悪感がなくなっていることに、嫌でも気付かされる。



 ルナ・レストランで、彼が頼んだメニューは、どれもこれも私の好みを的確に押さえていた。さすが私のストーカーだと、心底ゾッとした。


 ゾッとしつつも、プリンを貰えたのは、最高に嬉しかった。

 ルナ・レストランのプリンは、非常に人気でなかなかお目にかかれない。今日だって、朝の時点で売り切れていた。

 だから、駄目で元々。『プリンが食べたい』と言ってみたら、まさかまさかの明日の分のプリンを卸してくれたのだ。職権乱用だ。ストーカーって、本当に怖い。


 それに、馬車の中で薬草の話をしていたときも、最高に楽しかった。

 私の薬草話に付き合ってくれる人なんて皆無だ。家族でさえ苦笑いをして、そっとその場からいなくなってしまう。

 でも、彼は楽しそうに聞いてくれた。私の目を見て、楽しそうに頷いて、疑問に思うことは質問をして、自分なりの解釈を添えて理解してくれている。上辺だけのお座なりな付き合い方ではなく、薬草談義に花を咲かせてくれていた。さすがストーカーね。



 ―― 嫌い、ではないのよねぇ


 もう、六回だ。キスをし終わってから、またキスをするまでの一時間。その体感時間が、少しずつ早くなり始めている。

 さっき、彼が私に恋をした話を聞いている時間なんて、体感的には……10分くらいだった。


 ―― これが自由恋愛の始まりだったりして


 有り得ない展開を想像して、内心で少し笑っちゃう。だって、私には親に決められた婚約者がいるから。

 自由恋愛を手放して生きてきた人間に、そんな器用なことが出来るわけもない。

 


 結婚は器用にするものだ。婚約者とは、多くても年に二回。今までに、六回ほどだったかしら? それだけしか会ったことはない。

 勿論、噂で聞く程度の人柄しか知らない。それでも結婚はできる。


 ―― えーっと、名前は……そう、ルカ・ルーンバルト。もうそろそろ名前で呼ぶ練習もしなければね。ルカ様、ルカ様……と


 婚約者には、年に二回くらいしか会わないわけだから、勿論、ファーストネームで呼ぶこともない。今までは『ルーンバルト様』と呼んでいたから、うっかりと『ルカ』という名前を忘れそうになる。


 部室を出る前。テーブルの上に薬草学の本が開いてあって、若草色の薬のところに『ルカ』とメモが書いてあった。それを見て、婚約者の名前を久しぶりに思い出したのだ。


 若草色。


 そう、私の婚約者は、若草色の美しい髪をしているの。


 ―― 結婚したら、毎日、あの若草色を見られるのね


 夢みたい。彼の若草色の髪を見ると、心が沸き立つ。ため息が止まらなくなる。

 つい触ってみたいと思ってしまうくらいには、あの若草色の虜になっている。あんな綺麗な若草色は、見たことがない。


 どこのご令嬢もそうだろうけど、結婚相手に多くを望むだなんて、ナンセンスなことは出来ない。若草の貴公子と呼ばれている素敵な男性が婚約者だなんて、私はかなり幸運な方だ。



「リラリー?」

「え?」

「珍しい。ぼんやりしていた?」

「別に」


 月夜の森。剣を腰に差した彼は、まあ、それなりに格好が良い。とてもストーカーをしているとは思えない。きっと、積年装ってきたプロの犯行なのだろう。


「リラリー、綺麗な満月だね」

「ええ、そうね」


 ぷっかりと浮かぶ、夜の月。まるで空に穴が空いているみたい。


 ストーカー男の後頭部越しに、その月を眺める。キレイな丸い月が、髪色もよく分からない彼の髪を照らした。

 照らされた髪に冷たい風が(まと)わりついて、軽く揺らす。サラサラ……と、聞こえるはずのない音がした。


 繋がれていない左手を伸ばして、なんとなく彼の髪に触れようと思った。


「リラリー、南の大木の根元だよ。どんな草だっけ?」


 すると、いきなり彼が振り向くものだから、私は「ぎゃっ」と声を出して、慌てて離れようと手を振りほどいてしまった。


 ―― 私は一体、何をっ!?


「どうしたの?」

「なんでもないわ。夜月草を探しましょう」


 ―― ああああ危なかったわ…


 冷や汗が、背筋をタラリ。私は一体、何をしようとしていたのかしら。


「コホン。夜月草は月の光が直接は当たらず、じんわりと滲むように光が運ばれてくる場所に生えるの。さらに、水分量がある土……例えば、ぬかるみがあるような地面付近に育成するのよ」

「なるほど。それで大木の根元なんだね」


 彼の視線の先には、大木の大きな幹が鎮座していた。そこに月の光は、殆ど入らない。でも、枝葉をくぐり抜けるように、じんわりと広がる月の光が根元に揺らめいていた。 


「手を繋ごうか?」

「もう慣れたわ、大丈夫よ。ランタンを貸して」

「残念。でも、僕から離れないようにね?」

「分かってるわ」


 彼とは2mほど距離を空けて、ランタン片手に地面と睨めっこ。

 躍起になるほど探したい夜月草ではないけれど、こんな夜に森に入って、夜月草を自分の手で採集する機会なんて今まで無かった。

 卒業と同時に結婚をする身としては、たぶん、一生で一度の機会だ。


「リラリー、楽しそうだね」


 彼がニコニコと微笑んで言うものだから、少し気恥ずかしくなる。


「こんな森に入って、自分で薬草を採集するのは初めてなのよ。別にいいでしょ」

「僕と結婚してくれたら、毎週末、森で採集デートが出来るよ。どう?」


 ―― 何ですって!?! 毎週末、採集!? 天国じゃない!


 結構ぐらついた。


 でも、ダメダメ。相手は三年間隣の席に座っていて、ルナ・レストランのオーナーである、得体の知れているストーカー男。そして、私にはルカ様がいる。


 ―― 言った方が、いいのかしら


 何となく言えなくて、婚約者がいるという話を出来ずにいる。初めは、そんなことを伝える義務も義理もないし、そんな情報を与えて逆上させたら面倒だと思って秘匿した。気にもならなかった。

 でも、たった数時間で、何故だか心苦しくなってきていた。不思議な男だ。


「ストーカーさんとは、結婚できないわ。私には婚約者がいるから」


 ランタンが緩く照らす地面を見て言った。


「知ってるよ」

「え?」

「リラリーに婚約者がいたことは、知ってる。知らないとでも思ってた?」

「こわっ……ストーカー、こわ!」

「違うって。好きな子の婚約状況くらい、知ってるでしょ」


 そういうものなのかしら。私は首を傾げるばかり。


「じゃあ、婚約者がいると知っているのに、貴方、告白して求婚してきたの? あと一ヶ月で結婚よ?」

「そういうことになるね」

「怖っ」

「一発逆転の可能性だって、あるだろう?」

「無いわよ」

「あるよ」


 彼は、地面ではなくて、頭上に浮かぶ夜空を見て言った。


「雲の形が変わるように。昨日と今日で、刻一刻と状況は変わっている」

「私が、あの人と結婚する未来は変わらない」

「それは、どうかなぁ」


 ニヤニヤしながら意地悪に言うものだから、彼とのキスを嫌がっていない私の心を見透かされているようで、少し居心地が悪かった。


「さて、リラリー。時間だよ」


 ―― 嘘、もう時間!?


 時計を確認すると、22:14。


「早いわ」

「そう? 僕は待ち遠しくて仕方ないけど」


 そう言いながら、熱っぽい瞳で私を見る。キスまでの時間が早く感じる私と、次のキスが待ち遠しい彼と、そのどちらが重いと言えるのか。


 もう七回目。回を重ねるごとに、彼の瞳の奥にある熱は、どんどん温度を上げていく。その度に、彼は私のことが好きなのだと思い知る。


「好きだよ、リラリー。大好き」


 そう言いながら、私の顔に影を落としてキスを降らせる。唇が触れて五秒ほど経って、名残惜しそうに離れると、いつも彼は頬を赤く染めている。

 そして、キスをしていた彼の唇に、その親指で軽く触れる。夢ではないことを確かめるように、触れる。そんな仕草も、正直なところ嫌いではない。


「はぁ、すごくドキドキする。リラリーはすごいね」


 ―― 私は、全然ドキドキしない


 彼との時間は楽しいし、有意義だ。ウキウキと心が躍る自分もいる。こういうのが、自由恋愛の始まりなのかなとも思う。



 でも、キスで目が覚める。



 私は、彼みたいにドキドキしたり、頬を染めたりはしない。彼との温度差が申し訳なくて、心が苦しくなる。親友になれたら、きっと最高に楽しい。


 私には、自由恋愛なんて出来もしないの。



 残り17回。


 


お読み頂き、感謝です。

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マシュマロ

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