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5回目 20:15 彼女と手を繋ぐ僕

10月15日 12時5分投稿分



「リラリー、足元に気をつけて」

「大丈夫」

「寒くはない?」

「平気」

「僕から離れないようにね」

「分かってる」

「好きだよ」

「キモチワルッ」


 信じられないことが、起きている。夜、暗くて寒い森の中。リラリーのような天使がスタスタと歩くには少し難しい程の、暗い森の中だ。何が言いたいかというと。


 ―― 手、柔らかい……小さい。天使……


 手を繋いでいる。しかも、リラリーの方から申し出てくれたから、手を繋ぐことが出来ている。


「夜の森も悪くないね」


 ―― キスをして、手を繋いでいるのだから、僕たちすでに恋人同士なんじゃないかなー


 思っていても、言えないことだらけだ。




「それで、夜月草を採るには、『南の大木』が目印って言ってたけど?」

「そうよ、大木の根元に生えているわ」

「ということは、森の奥にある大木まで行って、その根元を見れば良いわけか」


 そう言えば、と思い出す。時々、王城の薬草学研究者から騎士団に依頼が来るのだ。夜月草を採ってきて欲しいと。

 その依頼書には、南の森の奥にある大木の地図が添えられていた。その書類を、父の書斎で見掛けることが二~三度あったのだ。


「ここからだと、歩いて一時間くらいかな。リラリー、大丈夫? 歩ける?」

「平気」


 南の森は、とても広い。森を迂回するには広すぎて交通の便が悪すぎる。そのため、縦長に広がる森に、一本だけ馬車道が通っているのだ。


 というわけで、南の大木に近いところまで馬車に乗り、そこからは馬車を降りて歩く。

 おてて繋いで、月夜の晩に採集デートだ。初デートが夜の森だなんて、最高にクールだ。


「ストーカーさんの侍従も、一緒にくれば良かったのに」


 ガサ、ザザ、ヒュー、ガサガサと、音が鳴る度に、リラリーはビクッとしてキョロキョロと警戒をする。


「それって、守ってくれる男が増えるからってこと?」


 嫉妬心の強い僕は、侍従にも嫉妬する。僕が意地悪く言ってやると、リラリーは「当たり前でしょ」と、全力で肯定した。

 こういうときに『そう言う意味じゃないです!』とか言って、媚びないのがリラリーだ。そんなところが、僕は大好きだったりする。


「こちとらねぇ、夜の森なんか来たこともないし、獣と戦ったこともないのよ。守られなければ、即ち、即死」

「リラリーは、草のことばっかだもんね」

「薬草に興味があろうがなかろうが、ご令嬢は獣と対峙しないわ」



 リラリーは、由緒正しき家柄のご令嬢だ。


 『こちとらねぇ』なんて口調をしてはいるものの、出るとこに出れば、そりゃもう驚くほどにしっかりとしたご令嬢に化ける。


 そんな彼女は、薬草が大好きだ。いつも草のことばかり考えている。

 学園では友人と呼べる人間もいないし、教室では殆ど口を開かない。勿論、僕ともあまり話してくれないわけだけど。悲しい、草も枯れる。


 だから、リラリーは、『とても変なご令嬢』にカテゴライズされる。(本人に自覚があるのかは不明だが、)浮いていると言っても差し支えない。


 授業は聞いているのか聞いていないのか、ノートも取らずにいつもぼんやりとしている。教科書だって、毎日のように忘れて登校してくる。そのたびに、机をくっつけて一冊の教科書を仲良しこよしで見ていた僕の気持ちを考えてほしい。三年間だよ? 本当に嘆かわしい。


 それでも、彼女は頭が良くて、成績はいつもトップクラスだった。意地悪な教師に難問を当てられても、『私に解けない問題はないわ』と言わんばかりに、黒板に綺麗な文字を並べる。

 その美しい文字を、その美しい後ろ姿を、教室の一番後ろの席から見ていた僕の熱を、リラリーは知らない。



「後ろが乏しいわ」


 僕は右利きだ。リラリーの柔らかい右手を、僕のぎこちない左手が掴んで離さない。手を繋ぎつつ、彼女は僕の少し後ろをソロソロトコトコと、やたら慎重に歩く。すると、彼女の後ろには誰もいないことになる。


「後ろに僕の侍従がいたらって? うーん、リラリーは、彼のことを知らないからなぁ」

「どういう意味?」

「僕の侍従は、めちゃくちゃ弱い。だから、ここに彼がいたら、僕一人で二人を守らなければならなくなる。馬車を置きっぱなしにもしたくなかったし、連れて来ない方がいいんだよ」

「侍従なのに弱いの?」

「僕の侍従に強さは求めないからね」

「そんなに弱いの?」


「……うん……まあ……弱い」

「ストーカーさん、どうかした?」

「待って。静かに、何かいる」


 微かに、獣の息遣いが聞こえる。獣の臭いも強くなった。リラリーは全く分からない様子だけど、僕は鍛えているから、聴覚も嗅覚も()()()()()良いのだ。


 ―― 左か


 僕が左側を警戒すると同時に、左斜め後ろの茂みから、突然、牙を持った獣が襲いかかってきた!


「きゃっ!!」

「リラリー、下がって」


 瞬時に、掴んでいた彼女の右手を強く引っ張って、僕の背に隠す。同時に右手で剣を抜くと、一振り目で獣の首に傷をつけ、二振り目で足を傷つける。すると、獣は小さく鳴いて、ぐらつく足取りで逃げていった。

 それでも、僕は警戒を怠らない。剣を握り締めたまま、群で襲いかかって来ないか、囲まれていないか、獣の気配を確認する。


 ―― いないか


 十秒ほど警戒した後に、僕は緊張を解いた。サクサクと、処理終了だ。


 剣を軽く振って、カチャンと音を立てて鞘に戻すと、リラリーは僕の服の裾を小さな手で掴んでいた。震えていた。


 ずっきゅーーーん!!!


 ―― え、めちゃくちゃ可愛い


 一生、森で暮らしたい。


「もう大丈夫だよ。怪我はない? リラリー」

「即死案件だったわ……こわっ、森、こわ!」

「ははっ! 僕が守るから安心してね。怖がるリラリーも可愛いな」


 彼女の震える右手をキュッと大事そうに握ると、リラリーはギッと睨んだ。一瞬、手を離そうとしたみたいだけど、悔しそうにしながらも手は繋いだまま。


 ―― かっわいいー♪


 色んなリラリーが好きだけど、この悔しそうな顔をするリラリーは、格別だ。僕のお気にいりリラリーだ。にまにましてしまう。


「ストーカーさんは、結構強いのね?」

「そうだね。かなり強いよ」

「謙遜しない人?」

()()に関しては、謙遜できない程に鍛えてる」


 僕は、剣を少し揺らして『これ』を紹介した。カチャカチャと揺れる音が心地よく響く。


「騎士の家系って言ってたっけ……卒業後は騎士団に?」

「そうなるね」

「入る騎士団は決まってるの?」

「もう入ってるよ」

「もう? 卒業前に入ることもあるの?」

「非常勤みたいな感じで、少しだけね」


 兄の穴埋め(尻拭い)で、ね。


「確か、騎士団は第五まであるのよね? どこの所属?」

「第一から第五までの騎士団ではないよ」

「じゃあ、どこの騎士? 私的機関?」

「……奇跡だ。リラリーが、僕を質問攻めにしている」

「どういう意味よ?」

「少しは、僕に興味を持ってくれたのかなーって」

「キモチワルッ」


 三年間、毎日隣の席に座っていた。そして、彼女の好きな男の弟が、僕だ。それにも関わらず、告白したら顔も名前も知らないと言われたのだ。爪の先ほども、興味がないと。


 それがどういうことだろうか。日を跨がずに、こんな夜の森で彼女に質問攻めにされているのだ。夢なのかなぁ。この違和感しかない状況に、ついついクスクスと笑ってしまう。




 僕は、近衛騎士団(王族護衛騎士)に所属している。


 父親は、近衛騎士団長を担っているし、祖父も近衛騎士団長、曾祖父も、曾々祖父も。

 近衛騎士は、剣技は勿論のことだが、その信頼が第一だ。王族のために命をかけ、王族を裏切ることがあってはならない。

 そのため、この国の近衛騎士団長は、基本的に世襲制だ。将来的に、兄がその役を担うはずだった。


 勿論、僕だって騎士の家系で育った男だ。剣技に自信はあるし、そこに関しては兄に負けるつもりもない。趣味は、剣の鍛錬とリラリーだ。騎士職もリラリーの旦那も向いていると思う。


 リラリーからの質問をはぐらかしたのは他でもない。彼女には、近衛騎士団に所属していることは伝えたくなかった。兄に繋がる可能性があるからだ。


 できれば、この24時間――もう残り19時間程度だけど、その間に、僕は『僕』として彼女に惚れて貰いたい。想い人の弟でもなく、未来の近衛騎士団長でもなく、隣の席に座る『ただの僕』として。


 そのためなら、緑の小瓶でも青の小瓶でも、何でも使ってやろうと思っている。ゲスくて、結構。僕は本気だ。


 まさに、これは攻防戦なのだ。失恋させるか、惚れさせるか、諦めるか、振り向かせるか。




 リラリーは、「理解が遠いわ」と呟いた。


「僕のこと?」

「ストーカーさんって、なんか掴めない」

「そう?」

「求婚を断られたって言うのに、打ちひしがれる程に悲しむわけでもない。淡々としているのが、何か気色悪い」

「ははは、ヒドいね。内心では、泣き叫んで地面を転がってダダをこねてるよ」

「軽薄ではないのは分かるけど。どうにもイマイチ……嘘っぽいのよねぇ」

「なるほど、真剣味が足りなかったか」


 敗因は潰す。僕は時計を見た。19:15だ。森の奥に辿り着くには、まだ30分以上かかる。


「僕の話をしよう。リラリーに恋をした話」

「そういうのは求めてないけど」

「需要だけを供給していたら、進展はしない」


 僕は地面に生えている草を見てから、そのまま顔を上げて、濃紺に浮かぶ黄色い月を見た。


「キスがしたい」


 僕の需要をぶつけてみたら、僕の左手の中にしまわれた小さな手が強張った。


「なにいってんの?」

「キス、していい?」

「イヤ」

「なんだ、残念。でもね、少し早いけど、もう五回目の時間だよ?」


 リラリーも時計をチラッと見て、「本当だわ」と納得してくれた。20:15だ。


 左手を繋いだまま、僕の右手を彼女の頬に当てた。


「リラリー、好きだよ」


 五回目のキスは、初めて僕からした。一瞬のキスではなく、少し長く、それでも僕にとっては短いと言えるくらいのキスをした。

 逃げられるかなと思ったけど、逃げない彼女に心が躍る。相変わらず、顔はスンとした真顔だったけど。


 唇をそっと離して、そのまま話をした。



「一学年のときから、リラリーのことが好きだった。大好きだった」



 森の奥へ、進む。


 残り、19回。



 


 


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マシュマロ

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