3回目 18:30 ドキドキして、破裂しそうな僕
10月14日 23時10分投稿
僕とリラリーは、帰り支度を終えて馬車の前に移動した。
彼女は、僕を警戒しているらしく、かなり距離を取って後ろからトコトコ付いてきていた。可愛かった。
馬車の前にいくと、御者席には、僕の侍従兼御者がぼんやりと座っていた。
「ただいま」
「あ、御主人さま。随分、遅いお帰りで……って、ぇえええ!?」
侍従は、御者席からスタッと飛び降りて、僕に詰め寄った。
「あああれ! リラリー様じゃないですか!」
「そうだね、リラリーだよ」
小声で話し掛ける僕の侍従を、遠巻きに怪しがるリラリー。侍従は、彼女には聞こえないように「話せました!? 上手くいったんですか!?」と聞いてきた。
「……傷口に塩。泣きそう」
暗い目でポツリと答えると、彼は「あ……、うぃっす」と察してくれた。
「じゃあ、リラリー様が、なぜここに?」
「諸事情があって、これから南の森に行くことになった」
「もりぃ? これからぁ?」
「道すがら、テイクアウトで夕食と……念のため朝食も買っていくから」
「朝食」
「念のため、ね」
侍従は、首を傾げた。
「一体全体、どんな事情があったら、朝食を持って南の森に行くことになるんです?」
「言わないよ。リラリーと二人だけの秘密だから」
「ひみつぅ~?」
「いいから出発するよ。あ、僕の家とリラリーの家に手紙を送っておかないと」
「うわぁ、ややこしいことになりそうですね」
「もうすでに、ヤヤコシイ」
僕は、振り返って「リラリー」と彼女を呼んだ。
「僕の侍従兼御者だ」
「リラリー様、お見知りおきを」
侍従が恭しく頭を下げると、リラリーは姿勢良く「宜しくお願いいたします」と言った。それだけで、他には何も挨拶はしなかった。リラリーらしい、ノーコミュニケーションだ。
「では、馬車へどうぞ? 入って右側の席に座ってね」
「はいはい」
僕が扉を開けると、リラリーは礼も言わずに乗り込む。
勿論、進行方向を向いて座れる席を彼女に渡して、僕は進行方向に背を向けて座る。リラリーは、馬車酔いしやすいから。大切にしてあげたい。
「夕食はお弁当、朝食はサンドイッチでいいかな?」
ガラガラと音を立てて進む馬車の中で、一向に進む気配のない僕たち二人の関係は、カラカラに乾き切っていた。
リラリーは窓の外を見ながら、平坦な声で話し出した。僕の方を見もしない。そんな横顔も可愛い。
「私、好き嫌いが激しくて」
「それって人間の話? それとも、食べ物の話?」
「食べ物よ、食べ物。ストーカーさん、失礼がすぎるわよ」
「待って。僕って、『ストーカーさん』という呼称で固定したの? それって決定事項?」
「あら、不服?」
―― 当たり前だよ……
不服だ。承服しかねる。事実無根だ。失礼がすぎる。でも、リラリーが可愛すぎて服してしまうのが、愚かな僕。
「……まぁ、何でもいいや。さん付けされているのが、せめてもの救いだと思うことにする」
「話、続けていい?」
「どーぞ」
「まぁ、好き嫌いっていうか、食べ物アレルギーなんだけど。だから、お店は私が決めていい?」
「いいけど、どうせ『ルナ・レストラン』でしょ? もう向かってる」
僕が何でもない風に言うと、リラリーは「ひぃ!」と声をあげた。
「こわ、ストーカーこわっ!! 付け回されてる!」
「あのねぇ、違うって。そのお店、僕の母親が趣味で経営していた店なんだよ。毎日、朝昼晩、リラリーがルナ・レストランで買ってるの知ってるから」
「へ!? そうなの!?」
「ちなみに、今は母から引き継いで、僕がオーナー」
三年間を隣の席で過ごし、彼女が取る食事の100%は、僕が経営している店で作られたものだ。こんな生活をしておきながら、告白の答えが『あなた、誰?』なのだから、僕のショックがどれほどか分かるだろう。
「今後とも、どうぞ御贔屓に」
「ま、まさか……私の胃袋を掴むためにレストラン経営を……!?」
「違うよ」
「こわぁ、ストーカー、こわっ!!」
うん、リラリーって、本当に可愛い。
そうして僕たちは、ルナ・レストランに入店した。
それでは、気持ち悪い事実を伝えよう。このレストランは、リラリーのために経営している。
この店は、元々ただの洒落たレストランだった。
一年前、店を母から引き継いで、朝昼晩とテイクアウトのメニューを用意するようにした。アレルギー対応のメニューを大幅に増やし、ニッチな層を取り込むことに成功。大繁盛だ。
ちょうど、一年前のことだった。リラリーが酷いアレルギー反応を起こして一週間ほど学園を休んだことがあった。その原因は、リラリーの家のコックが、アレルギー食品を彼女に出したこと。大罪だ。
他家のことだ。擦った揉んだあったようだが、詳しいことは知らない。でも、毎日学園で会えることだけが楽しみの僕としては、リラリーに長いこと休まれたら困る。
すぐに、完全アレルギー対応のレストランに改装。彼女にバレないように根回しをし、リラリーの食事を完全管理した。
信用できないコックよりも、多くの貴族が信頼しているルナ・レストランの圧勝ということで、約一年かけて彼女の胃袋を掌握したのだ。
というわけなので、この件に関してだけは、ストーカーという呼称は、あながち間違いではないと言えるだろう。
ところで。
こうやってワザワザ懇切丁寧にレストランのことを思い返しているのは、暇つぶしの時間というわけではない。何せ24時間しかないんだ、暇なんてない。
僕は三色の小瓶を持っている。さあ、しっかりとメニューを決めないと。
「いらっしゃいませ~、って、オーナーじゃないですか」
「こんばんは。困り事はない?」
「オーナーのおかげで商売繁盛、順風満帆ですよ」
「それは良かった。包んで欲しいんだけど、頼まれてくれる?」
「勿論ですとも」
スタッフは、少し離れたところにいるリラリーをチラチラ見ながらニヤニヤ顔で答えた。勘違いをしているスタッフの様子に、また塩を塗られた心地がした。塩が利きすぎだ。
「アレルギー対応のお弁当AとBを一つずつ。あと、ピクルスサラダ、デザートの一口パンケーキ、朝食サンドイッチセット、コーヒー、果実水を二つずつ。内一つは、全部アレルギー対応のやつでね」
僕が注文していると、リラリーが僕の背中からひょこっと顔を出した。金色の髪が揺れた。
―― かわいいっ!!
さすが天使のリラリーだ。先程までニヤニヤ顔だったスタッフはドギマギ顔になっていたし、店内で食事を楽しんでいた男共は、彼女の美貌を楽しんでいた。
僕は、一瞬だけ鼻が高いような気がしたが、勿論それはピノキオの鼻。ポキッと折って、ポケットにしまい込んだ。
「リラリー、何か食べたいものがあれば奢るよ? いつも利用して貰ってるしね」
オーナーである僕がそうと言うと、無遠慮な天使のリラリーは「プリン」と呟いた。プリンという単語の可愛らしさに、「え?」と、ついうっかり聞き返してしまう。
「プリンが食べたい」
まさかプリンをオーダーしてくるとはね。僕は、心臓付近に手を置いて黙って頷いた。『プ』の破裂音に、僕の心臓は破裂した。好きだ。
そんなこんなで大量に食料を買い込み、家宛ての手紙と言付けをスタッフに頼み込み、僕とリラリーは馬車に戻った。
ガタガタ……ガタガタ……。
馬車の走る音が、車内に響く。時刻は、もうすぐ18:30だ。
「リラリー、プリンのお礼がほしいな」
「お礼? ありがとう?」
「違う。三回目の時間だよ」
向かい合わせに座っていた馬車の席。スッと立ち上がって、リラリーの隣に座り直した。
「三回目のキスを、どうぞ?」
僕がニコッと笑って言うと、リラリーは「プリン……」と何故か一言呟いて、そっとキスをしてくれた。真顔だった。
―― はぁ、ドキドキして、破裂しそう
ガタガタ……と揺れる馬車の中で、僕の心も揺れていた。
残り、22回。