番外編2 黄色の小瓶(下)
翌日のデート。
僕は、リラリーの御両親にお詫びと挨拶を済ませ、帰宅時間を約束してから、彼女を連れ出した。
ちなみに、語らなくても想像に容易いだろうが、リラリーのワンピース姿は尋常ではなく可愛かった。しかも、水色のワンピースを着ていたんだ。この意味が分かる? 『私は貴方のものですよ』ってことだ。
勿論、僕のポケットチーフは黄色。お返事済みだ。
「いらっしゃいませ~、ってオーナーじゃないですか」
「連日、お邪魔するよ」
「すっかり常連ですね、お連れ様と。ひっひっひ♪」
「……笑い方、減点対象。査定に響くよ?」
「ひぃ、申し訳ございません!」
ランチタイムの少し前。僕とリラリーは、昼食を包んでもらうために、ルナ・レストランにいた。
これから植物園にデートに行くのだが、摂取する食事の100%をルナ・レストランで済ましているリラリーのために、ランチは持参することにしたのだ。
あと、もう一つ。黄色の小瓶――独占薬の効果を確認するために。
僕は、少し離れたところにいたリラリーを、手招きで呼び寄せた。
「リラリー、食べたいものはある?」
「ルカに任せる」
はい、可愛い。罪。
この感覚が分かるだろうか。リラリーの『私の好みくらい分かって当たり前』という、究極の甘えん坊スタイルがたまらなく僕を奮わせる。
おっと、いけない、いけない。僕が注視すべきは、リラリーではなく、スタッフの反応だ。
昨日、ルナ・レストランに来た際には、顔を赤くしてドキマギしながらリラリーを見ていた、この不届き者のスタッフ君。
ところが、どうだろうか。今日は、顔色は良いが赤くはない。リラリーをじっと見つめるわけでもなく、淡々と仕事をしていた。行き届いたスタッフ君に様変わりだ。
次に、店内の男共の様子を見る。さすがに、天使の美貌を持つリラリーだ。誰もが一瞬は視線を奪われる。だが、『お、美人だ』という表情はするものの、惚けたような表情をする男はいなかった。熱っぽい視線は皆無。
―― すごいな……
あまりの効力に、背中がゾクリとする。これを僕は処理し続けるのだと思うと、少し背筋が伸びる心地がした。
そうして、僕たちはデートに繰り出した。
「ままままさか! ここは、植物園!?」
「本当は、薬草採集ピクニックに行きたかったけどね。まだ寒いし、今日はここで我慢してくれる?」
「十分よ!」
リラリーはキラキラの瞳で返事をしてくれた。聞けば、植物園は初めて来るのだとか。
―― 元々、殆ど外出しない子だし、当たり前にデートはしたことないみたいだし、……兄さんって……
この天使を相手に、三年間も婚約者という立場にいながら、デートの一つもしたことがないとは。理解に苦しむ。僕なんて即日だよ。色々と即日だったよ。
「温室の中と、その隣に薬草がたくさんあるらしいよ」
「見られるの?」
「勿論」
薬草と聞いて、リラリーはパァと顔を明るく輝かせた。眩しすぎて、目を閉じてキスがしたくなる。おっと、ここは外だ。Stay。
リラリーは、それはもう楽しそうに植物園を見て回っていた。
僕としても面白かったのが、やはり彼女の薬草知識だ。植物園側が普通の植物や花として展示しているものの中にも、実は薬の材料、即ち薬草となるものが多数あった。
それらの説明を、リラリーの可愛い口から可愛い声で発せられるものだから、僕のテンションも薬草知識も鰻登りだった。
植物園の中庭に出ると、リラリーは少し僕から離れ、薬草畑に駆け足集合。満面の笑みで見入っていた。僕は、そんなリラリーに見入っていたわけだが、ふと、中庭にある土産屋に気付いた。
そこには、可愛らしいラッピングを施されたお菓子が並んでいた。どうやら、植物園の職員が趣味で作ったお菓子のようだった。
―― 薬草クッキーかぁ
あまり語って来なかったが、薬草は全体的に高価でなかなか手に入れることが難しい。
薬草が希少なわけではない。薬草は、そこらへんに生えている。問題は、その種類を正しく見分けることが難しいのだ。区別する手間賃が、ひどく高い。
さらに、薬草を薬草として手に入れたところで、正しい手順によって薬にしなければ、その効果は薄い。草をそのまま食べても、お腹を壊すだけだ。
よって、普通は薬草を買うのではなく、薬そのものを買うのだ。
ただ、薬草の区別をおざなりにして混ぜこぜで作られた薬や、有効成分が少ない薬、果ては紛い物の薬も多く出回っているため、信頼できる薬屋から購入しなければならなくなる。信頼に足る薬屋は、非常に少ない。
理想を言えば、自分で区別した100%信頼のおける薬草を、自分で処理・抽出し、その薬を使用することが一番良い。
そして、そんなことが出来る人材は、あまりいない。いたとしても、優秀な人材ほど、現住所が牢屋だったりする。探究心が過ぎる。
―― ルナ・レストランのメニューに、薬草を使った料理を追加できないものかな
ついうっかりと、デート中にそんなことを考えてしまう。
かねてより、リラリーの薬草知識をもっと活用できないかと、僕はこっそりと思っていた。
そして、今回、リラリーが四種の危ない薬を作ったことを知って、このまま薬草学を自由に研究させるよりも、こちらから何か課題を与えて研究してもらった方が、『おいた』をすることはなくなるのでは、と思ったのだ。
リリット家の御令嬢……コホン、将来のルーンバルト家の夫人が働くなど、普通は悪目立ちしてしまうが、ルナ・レストランに限っては僕の母親の功績があるからね。そんなに悪くは取られないだろう。
早速、リラリーに話をしてみようと、彼女の姿を探すと、おいおいおい、どこぞの男と仲良く雑談中ではないか!
―― 油断も隙もないな
僕は、勿論、全力疾走よりも速く優雅に歩いた。
「リラリー」
「あ、ルカ」
「こちらは?」
リラリーをそっと引き寄せながら、僕はにこやかに男性を牽制する。何となく察したのだろう、男性は青い顔で挨拶を返してくれた。
「ししし失礼いたしました! 私、植物園のスタッフでして、はい!」
「この方、薬草畑を管理しているんですって。この薬草全部よ?」
「なるほど、それは素晴らしいですね」
薬草という共通項があったから、盛り上がっていたのか。さぞかし馬が合うのだろう、憎らしい。
「リラリー、温室の方にも薬草があったよ。行ってみる?」
「温室の薬草! 気になるわ」
「では、僕たちはこれで失礼するよ。申し訳ないね」
「はははい! 滅相もございません!」
薬草の彼は、サッと離れてくれた。よしなに。
そうやって、僕たちは寄り添い合って、向き合って、手を取り合って、真にデート楽しんだ。
さて、疑問に思うだろう。黄色を飲ませているのにも関わらず、何故、ここまでしっかりと牽制する必要があるのかと。
本当のことを語ろう。昨日、僕は黄色の小瓶――独占薬を自分で飲もうかと、一瞬だけ迷った。
彼女の愛に対して、それと同じ重さを保つならば、独占薬は僕が飲むべきかとも思ったのだ。
だが、僕はそもそもにリラリー以外を愛する気はないし、誰に言い寄られても一刀両断で冷たくあしらうと決めている。
それが、揺らぐことはないと、深く僕を理解している。だから、僕が独占薬を飲むこと自体に意味はない。飲んでも飲まなくても、変わらない。
それを言えば、リラリーもそうだろう。僕以外に気持ちを向けることもなければ、言い寄ってくる男性を断るなど容易い(補足程度に言えば、意外にも既婚者の女性の方が、そういう目的で言い寄られやすい風潮があるのだ)。
彼女に貰った愛と同じ重さを保つためには、『リラリーには内緒で、彼女に黄色を飲ませる』必要があった。
考えてもみてほしい。リラリーは天使の美貌を持っている。僕の主観で、可愛い可愛い言い過ぎているだけではなく、本当に可愛い。
兄と婚約していたときでさえ、あちらこちらから言い寄られて、実際、婚約の打診も多数あった。
その原因の一端に、兄がリラリーにあまり構っていなかったことが挙げられる。仲むつまじい姿をそこかしこで見せ付けていれば、ルーンバルト家に楯突いてまでリラリーに言い寄ろうとする男性も少なかったはずだ。
もし、兄と同様に、僕の愛し方に少しでも隙があるならば、リラリーに近付こうとする男共は減らないだろう。
でも、彼女は独占薬を飲んでいる。
僕の愛し方に隙があったとしても、黄色の小瓶を飲んだ今は、パタリと言い寄られなくなるのだ。色恋沙汰に疎いリラリーだって、さすがにどこかで気付くだろう。『あら? 私、独占薬を飲まされている?』ってね。
そんなこと、気付かれたら僕たちの関係はおしまいだ。『私のことが信用できないのね!?』なんていわれて、僕は儚くも嫌われてしまうだろう。
リラリーに黄色の独占薬を飲ませておきながら、彼女にそれを気付かせない。それは、生半可な愛し方では叶わないだろう。
彼女に近付こうとする男を僕が蹴散らし、彼女を愛していることを、大切に思っていることを、皆に見せ付けるような愛し方でなければならない。
彼女に黙って黄色を飲ませることで、そう言う愛し方をし続けることを、僕は自分自身に課したのだ。彼女を深く愛し続けることを、永遠に誓った。
そう。それが、僕の努力によって作られる不可侵領域だ。そこに、リラリーを大切にしまっておく。そのために、彼女に秘密で黄色の小瓶を飲ませた。
分かるかな? 愛ってそういうものだろう。
「そうだ、リラリー。さっき、そこの土産物屋で薬草クッキーを見つけてさ」
「薬草クッキー。へぇ、珍しいわね」
「どうだろう。薬草を使ったメニューを、ルナ・レストランで提供できたらいいかなと思ったんだけど」
「薬草を使ったメニュー……ねぇ」
薬草自体には興味があっても、料理には興味がないのだろう。リラリーは少し首を傾げた。
僕は「思うんだけどさ、」と何の気なしに続けた。
「薬草って、僕たちの生活に必要不可欠で重要な割には、あまり認知されていないよね」
「そうなの! 悔しいことよ」
「それに、薬草単体の値段も高くて、普及しにくい」
「見分け方が難しいのよね」
「もっと認知度を上げて、薬草学を普及させる必要があると思わない?」
「思うわ!!」
リラリーは握り拳で答えてくれた。可愛い拳だ。
「だからね、僕が森でも林でも連れて行くから、僕たちで薬草をたくさん採集して、それでルナ・レストランで薬草メニューを提供する。認知度を上げて、薬草の普及率をあげる。どうかな?」
「なるほど。とっっても素敵!」
「やってくれる?」
「もちろん!」
こうして、天使の美貌を持つリラリー・ルーンバルトによって、薬草学の認知度は大幅に高まり、貴族の間で薬草学が大流行することとなった。彼女も毎日忙しく研究に勤しんでおり、おいたをすることはなくなったというわけだ。安心安心。
ね? リラリーって、とっても可愛いでしょ?
【番外編 黄色の小瓶】・完
お読み頂き、ありがとうございました!




