28話 16:30 24時間後の僕 last episode
【現在・薬草学研究部の部室にて】
「というわけで、失恋薬を飲んでしまいましたとさ。おしまい♪」
こんなに愛に溢れた話をされるとは、思っていなかった。僕が過ごした三年間と、彼女が過ごした三年間と、果たしてそのどちらが重いと言えるのか。
これからは、等しく同じ重さでありたいと思った。
「話してくれてありがとう。リラリー、大好きだよ」
物語のおしまい記念に、チュッと軽くキスをする。
何なら、話の最中も事あるごとにキスをしていたわけだけどね。事あるごとというのは、滾ったり嫉妬したり可愛かったり何となくしたかったり、そういう時だ。
「それにしても、逆転の発想だね。さすがリラリー。何にしても想像の上をいくね」
「重かった?」
「丁度良い重さで心地良いよ。掛け布団も少しくらい重みがないと、安心して眠れない方なんだ」
彼女が失恋薬を飲んでいると気付いたとき、『僕に黙って逃げ出しやがって』と感じてしまい、かなり腸が煮えくり返った。
しかし、それは浅慮だった。リラリーの話を聞いて、彼女が抱えた秘密に、僕は深奥の愛を感じた。
『失恋薬を飲むことで、恋心を宝箱に入れて大切に取っておける』という、美しき逆転の発想。大きく胸が高鳴った。ぎゅっと掴まれたように、心臓が苦しくなった。
ただ黙っていたわけではない。逃げ出したのでもない。真似したくなるほどの、秘密の作り方。リラリーのこういうところが、大好きだったりする。
僕も、誓う愛の重さを彼女と同じにしなければならないね。不可侵領域に愛をしまい込むような、永遠の誓いを。
「話疲れただろう。ティータイムには少し遅いけれど、軽食でも食べる?」
「そうね。コーヒーを入れるわ」
「……念のためだけど、リラリー?」
「分かってる。もう失恋薬は飲みませんし、入れません」
「それなら、お願いしようかな」
僕が気付いたから良かったものの、そうでなければリラリーは失恋したまま。秘密の恋は、開かずの宝箱の中だったというわけだ。おいたが過ぎる。
「新作のスイーツをたくさん包んで貰ったんだ。試作品もあるから、感想をお願いしてもいいかな?」
「もちろん。私、厳しいわよ?」
「ははは、お手柔らかにね」
本当に、彼女は手厳しい。この24時間、僕が攻める側に立っていたつもりだったけれど、まさかまさか一番初めに特大の攻撃を彼女から受けていたとはね。
僕は、彼女の手の平の上で転がされていたわけだ。防戦一方、リラリーには到底敵わない。
正直、もうリラリーには失恋薬には触ってほしくない。攻撃力が強すぎる。
薬草学の研究は、結婚後にも続けて欲しいとは思うけれど、精神に働きかける薬は一切禁止だな。
僕たちは、先ほどまで解呪薬を作っていた実験テーブルを片付けて、そこで遅めのティータイムを設けた。
「これ、甘いシロップが美味しいわ。コーヒーの苦みと合う」
「リラリーが好きそうだなと思って。あと、こっちは試作品の塩レモンのゼリー。美味しいよ」
「あ、ホント。塩気が効いていて美味しい!」
試作品もなかなか感触が良さそうだ。リラリーが美味しそうに食べる姿を見ながら、僕はそれをゴクリと飲み込んだ。
「こっちは、グレープフルーツのサワークリームムース。これは酸味が効いていて、爽やかで美味しいよ」
「本当、美味しい! ルナ・レストランって、スイーツも美味しいのよね」
「気に入ってくれて良かったよ」
そんなことを談笑しながら、僕たちは色んな味を楽しんだ。レストラン経営をしておいて、本当に良かったな。
「……でも、不思議よね。婚約解消の日に失恋薬を飲んじゃって、その後にルカに告白されて、間違えて惚れ薬を渡しちゃって。それで、24時間一緒に過ごして、今日という日に解呪」
「失恋薬を飲んでいても、僕との友情結婚を望んでくれたこと。僕としては、とても嬉しかったなぁ」
「根底にある『元々の感情』は覆せないから。恋じゃなかったとしても、心地良さは変わらないのね」
「そうだね。あ、夕焼けの時間だ。ちょうど24時間。16:30だね。キスをしても?」
「あぁ、そうだったわね。惚れ薬の解呪、これで完了」
チュッと軽くキスをした。
さて。勿論、僕には秘密が五つある。
一つ。リラリーに惚れ薬を飲ませたこと。これは、失恋薬と同時に解呪済みだけどね。
二つ。昨日の16:30。僕は、惚れ薬なんて飲んでいないということ。蓋をしたままの小瓶を傾けて、飲んだフリをしただけ。
三つ。同じく昨日。リラリーが僕に渡した小瓶は、正しく『緑色の失恋薬』だったこと。
即ち、僕は『青色の小瓶』を受け取ったと、嘘をついたのだ。
僕は、蓋を開けなくたって香りを嗅ぎ分けられる。口に入れなくたって味が分かってしまう。
だから、飲んだフリをしつつ、渡された緑色の小瓶とは違う味――青い小瓶から漂う香りを拾って、『甘いシロップみたいな味だった』と、適当に言ったのだ。
そうすれば、リラリーは『間違えて青色の小瓶を渡してしまったんだ』と思ってくれるだろうと考えた。事実、彼女はそう思ってくれた。
なんでそんな嘘をついたかと言えば、間違った薬を飲んだならば解呪が必要となる。勿論、解呪方法なんて僕は知らないが、解呪するために少しでも長く、少しでも多く、リラリーと一緒にいられるだろうと思った。
その間に、彼女から結婚の承諾を貰うところまで漕ぎ着けるつもりだった。事実、漕ぎ着けた。
まさか、青い小瓶が惚れ薬で、解呪方法が24時間連続キスだとは思わなかったが。僥倖だったね。
「あら? そう言えば。ルカ、さっき失恋薬を飲んじゃったのよね」
「そう言えば」
「はぁ、解呪薬はないのに」
「解呪薬なら此処にあるよ」
僕は、チュッと軽くキスをした
「やっぱりリラリーはすごいね。キスだけで、すごくドキドキする」
「~~~っ!!」
「でも、」
僕はそこで一度言葉を止めて立ち上がり、夕日が差し込む彩り豊かな実験テーブルの前に移動した。
僕の話の続きが気になるのだろう。リラリーもトコトコと僕の隣にやってきた。飛んで火にいるなんとやら。
僕は、実験テーブルの上に乱雑に置かれた薬たちの中から、ワザとらしく赤い小瓶を手に取って、チュッと小瓶にキスをした。
「24時間もキスをしていたら、キス以上のこともしたくなっちゃいそうだなぁ。僕は男だし、リラリーは魅力的だし」
リラリーは夕焼けよりも真っ赤な顔で、首を横に振った。
「だ、だめよ。私たちは、まだ学生だし、まだ結婚もしてないし!」
「でも、あと一ヶ月で結婚するよ?」
「うん……そうね」
嬉しそうにはにかむ姿に、ぐっとくる。こんな表情を見せられては、譲りたくなるのが紳士というもの。
「純真なところも可愛いね。そうだね。リラリーの言うとおり、キスをするのはやめておこう。満月から、まだ一日。ルーンバルトの名前を使って王城に頼み込めば、解呪薬の在庫くらい手に入りそうだし」
僕は赤い小瓶をテーブルに戻して、空っぽの白色の小瓶を手に取った。
「でも、もし在庫がなかったら?」
「あぁ、そうか。そしたら、僕は失恋しちゃうのか」
そこで、白色の小瓶を戻して、隣にあった緑色の小瓶を取り上げる。
「そ、それは困るわ!」
「そうだよね。リラリーに『君、誰だっけ?』と言わなきゃいけなくなっちゃう。それは僕も嫌だな。困ったなぁ、どうしよう?」
リラリーの顔が青ざめた。青くなったリラリーも、格別に可愛い。ごめんね、仕返しだよ♪
「わかった、キスをするわ」
リラリーは、そう言った。僕は、満足そうに頷いて、手に持っていた緑色の小瓶をテーブルに戻した。
「ということは、それ以上のことも、シていいってこと?」
「善処シマス……」
「交渉成立だね」
今度は森じゃなくて、僕の私邸にいこうかな。誰にも邪魔されず、彼女と二人きりで過ごせるしね。
「待って。ルカ、まさか赤色の小瓶を隠し持っていたりしないでしょうね」
「ナンノコト?」
「前科があるわ。それに、さっき乾杯しようとか言って、右ポケットから緑色の小瓶を取り出したの見ていたからね? ずっと隠し持っていたんでしょ!?」
リラリーは、僕のポケットを上から触った。彼女の白く美しい手が腰骨辺りを触るものだから、うっかりと欲が出る。Stay、まだ早い。
「あ、左ポケットに何か入ってる!」
「バレちゃった?」
僕はクスクス笑いながら、ポケットにあった石を取り出して見せた。
「石?」
「森で拾った石。よく転がるところが、僕にそっくりでね。失恋記念に部屋に飾ろうと思ってポケットに入れていたけれど、必要なくなったみたい」
「ふふ、なにそれ」
「疑いは晴れたかな? それでは、二時間目のキスを、どうぞ?」
僕は、リラリーにそう言った。彼女は少し頬を膨らませながらも、目をギュッと瞑って、真っ赤な顔でキスをしてくれた。僕に恋をしている顔だった。
チュッと艶めかしいリップ音が、部屋に響いた。
僕は、当然、目を閉じなかった。
彼女の恋するキス顔を堪能しながらも、ジャケットの内ポケットに隠しておいた『未開封の緑色の小瓶』と、『空っぽになった黄色の小瓶』を、乱雑なテーブルに紛れ込ませるのに大忙しだったからだ。
え? なんで、緑色が未開封のままか? そんなの決まっている。僕がリラリーを忘れる薬を飲むわけもない。
緑、赤、青、白、黄。五つの薬。結局、僕は一滴たりとも飲み込まなかった。
でも、君は、五種類全てを飲み込んだね。
本当に、リラリーはとっても可愛い。不可侵領域にしまい込みたいくらいに。堪らないね。
夕焼けオレンジ、『秘密』の二文字。
それらをよいしょと抱え込み、彼女と一緒に部屋を出た。
君が五つの薬を飲み込んだのだから、僕も五つの秘密をゴクリと飲み込むよ。等しく同じ愛の重さでいるために。
というわけで、僕と彼女の攻防戦。
まだまだ、終わりそうにない。
残り24時間、と一生涯。
リラリー、ずっと愛してるよ。
【それをゴクリと飲み込んだ、僕の惚れ薬攻防戦】・完
完結です。
ここまでお読み頂いた貴方様に、心から感謝を申し上げます。ありがとうございます!
ブクマ、評価などを下さった方。貴方様の貴重なお時間を割いてポチッと一手間頂いたこと、本当に嬉しく思っております。うっかりと頭から草花が生えそうな程に嬉しいです。
本当にありがとうございました。
(10月26日追記)
番外編を二話追加します。
蛇足ではありますが、ルカが黄色の小瓶を使った真意を書きました。
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あとがき
というわけで、それ=秘密でした。タイトル詐欺になっていないことを祈ります。
ルカが秘密を飲み込んだ場面では、不自然なほどに『それをゴクリと飲み込んで』いますので、お時間ある方は小説内を探す遊びをしてみて下さいませ。
勿論、5箇所ございます。胃もたれしちゃいます。
さて、設定の話ですが、ルカの母親の名前はルナ。ルナ・レストランは、元々の経営者である母親の名前そのままです。
ルナ=月、ルカ=光、という意味ですので、ルカは月の光をイメージしています。月の光といえば、夜月草。ルグラスの若草色は『ねじ曲げる薬』であるのに対し、ルカはそれを『元に戻す薬』というイメージで名付けました。
一方、リラリー。Lilalyは、花のライラックから取りました。紫色のライラックの花言葉は「初恋、恋の芽生え」。
ルカにとって、リラリーこそが初恋の君。どんな手を使っても飲み込んで自分のものにしたい女の子。
薬を使ったり使わなかったりしながら、二人仲良く結婚生活を楽しんで欲しいですね。二人に幸あれ!
次の小説もしたため中です。またお目通し頂けることを祈っております!
では、最後に。↓の☆で評価を頂けますと、今後の励みになります。お時間ございましたら、どうぞ宜しくお願いいたします。




