27話 15:50 貴方ではなく、神様の言うとおり
10月21日13時すぎ投稿
「あぁ、違うわ。ここの反応は変だわ。えーっと、あぁ……また失敗」
三学年の初冬。過ぎていく日々に、焦りを感じていた。若草色の髪を手に入れても、なかなか実験は上手くいかなかったからだ。卒業までには――いいえ、結婚までには何とか完成させなければと思っていた。
この頃には、苦しいとか切ないとか、そういう感情を通り過ぎて、この恋心を抱えたままルカの義姉になることが怖くなっていた。楽しみだったから、怖かったのだ。
さすがに新婚だ。ルカと一緒に住むなんてことはないだろうとは思っていたけれど、時折ルーンバルト家本邸に泊まることもあるだろう。
一緒に食事をしたり、ルーンバルト家のパーティーで顔を合わせたり、今よりも深い付き合いになる。
それらを想像すると、狂うほどに嬉しかった。三年かけて色々な感情を経て、結局、入学当初の自己紹介で感じた狂喜に戻ったのだ。
でも、その狂喜が、隙になるかもしれないと思うと怖かった。
ルカへの気持ちがバレてしまったら、ルカに迷惑をかけるだろう。上手く隠して、無事に生涯を乗り切ることが出来るのか、怖かった。
もしも、ルグラス様にバレたのなら、ルカへの恋心を捨て去るように言われるだろうと思うと、異常な程に嫌だった。絶対に、捨て去りたくなかった。
そうして完成したのは、若草色の髪を手に入れてから半年後。そう、ルカが告白してくれる五日前。奇しくも、この四日後に婚約解消になるとは知らずに、薬は完成した。
赤、青、緑、黄。
その日、四色の小瓶を並べて、私は迷っていた。どれを使えば、幸せになれるのか。
赤。
ルカに赤を飲ませて、既成事実を作ることも一瞬は考えた(話を聞いていたルカが、何やらニヤニヤしていた)。
でも、順番を間違えれば、彼も私も人生終了。赤には、手が出せそうになかった。
青。
青をルカに飲ませるか? これだって、ルカが私を好きになったところで、ルグラス様との結婚は変えられない。ルカを苦しめるだけだ。
では、青を私が飲む。そして、ルグラス様に骨の髄まで惚れ込む。それも考えたけれど、ルグラス様を愛したとしても、ルグラス様の方は愛を返してはくれなさそう。結局苦しむのであれば、ルカ相手に苦しみたい。
逆に、ルグラス様にも青を飲ませる。これも考えた。双方、青で惚れ込む。これは現実的だった。
でも、ルグラス様に若草色の髪を分けて頂いておきながら、彼に飲ませるのも申し訳がなかった。
緑。
緑を私が飲んで、ルカへの恋心に蓋をする。選べるとも思った。現実的だった。でも、これが正解なのか、これで良いのか分からなかった。
黄。
これは独占薬と呼ばれるもの。たった一人を除いて、他の異性から『モテなくなる薬』だ。
独占薬を飲ませて、24時間後に初めて見る異性。この異性以外からは、恋愛感情を抱かれなくなる。モテないフェロモンが出てしまうのだ。しかも、解呪方法は、解呪薬を飲む以外はないという強い薬。
惚れ薬との違いは『惚れない』ということ。誰にも好かれなくなるが、自由に誰かを好きになることは出来る。
これをルカに飲ませる。これは、かなり心が揺らいだ。ルカの自由を奪わずに、だけれど、私のものにならないルカを、『誰のものにもならないルカ』に変える。背筋がゾクゾクするほどに、興奮した。
クズで結構、恋する乙女は皆、自分勝手でクズなのだから。
迷った。
完成して、四日間、薬には手を着けずに迷った。
その間にも、教科書を忘れて彼の近くにいられる喜びを感じ、新生活への期待に想いを馳せ、授業中に盗み見るルカの横顔にドキドキとした。
そして、完成から四日後(ルカに話をしている現在からすれば、ちょうど二日前)。
夕焼け小焼けの部室で、赤、青、緑、黄色を並べて眺めていた。
四日間悩んで迷ってみたけれど、答えは出なかった。でも、なんだか迷うのも嫌になっちゃって。最後は、神様に委ねることにした。
「どれにしようかな、天の神様の、言うとおり♪」
そして、神様が選んだのは、緑色だったというわけ。
でも、このとき、私は嬉しかった。
四色のどれを使ったって、『元々の感情』は覆せない。『ルカを好きな気持ち』は、心の底にずっとある。一生涯。絶対的な不可侵だ。
その上で、緑色の失恋薬を飲んだならば、それは恋を失うことではなくて、ルカへの恋心を誰にも侵されない宝箱に閉まって、蓋をして鍵をかけて、ずっと私の中に取っておけることだと思った。
だって、私は誰よりも、私を理解している。惚れ薬を飲まない限り、この先、私はルカ以外の誰かに恋をすることはない。これには絶対的な自信があった。
だから、緑色を選んだならば、生涯で私が愛した人はルカ・ルーンバルト、唯一人となるの。
それを何と呼ぶか。『永遠を誓う』というのよ。
誰も私の根底は覆せない。心の奥底までは侵せない。重くて結構、実際のところ激重だもの。
二日前の16:15。
下手くそな口笛を吹きながら、コーヒーを入れた。
コポコポと注がれる音。
そして、小瓶が開く『キュポン』の音。
「一学年のときから、ルカのことが好きでした。大好きでした。永遠を誓って、乾杯」
カチン。
ゴクリ。
恋が、永遠になる音がした。
翌日、記憶のある最後の日は、全教科の教科書を忘れて登校した。ルカも驚いた様子だったけれど、今日で最後だもの。明日からは、もう教科書は忘れない。
そして、16:15。
夕焼け小焼けの部室で、私はその時間を迎えた。
「時間だわ……きゃっ、なにこれ……」
一瞬だけ、強い目眩がした。思わず、目を瞑った。ぎゅっと。そして、恐る恐る目を開けると。
「あら? 私、何をしていたのかしら」
さすが、若草色の材料で作った薬。時間ピッタリに、ルカに関する全ての記憶が蓋を閉めて、不可侵領域である心の奥底にしまわれた。大切に、そっと。
「なんだか、頭がぼんやりする。暗くなる前に帰らないと」
広げられた本を閉じて、目の前にあった薬を適当にテーブルに置いた。
トントントン。
そこで、部室のドアが叩かれた。訪問客なんて、この三年間いなかった。なんだろう、と思いながら「どうぞ」と声をかけると、一拍置いてドアが開かれた。
「リラリー、突然ごめんね。今、少し時間を貰ってもいいかな?」
「はぁ……」
―― 誰?
全く知らない男子生徒だった。
見覚えのない男性と、部室に二人。なんだかイヤだなと思ったが、彼は部室のドアを開けておいてくれた。その紳士的な行動に、彼に悪意はなさそうだと思い、とりあえず相手の出方を見ることにした。
夕日が差し込む部室。その夕日に誤魔化されないほどに、彼の顔は赤かった。その表情だけで何となく、言いたいことが分かった。
「リラリー。突然で、驚くかもしれないけれど、」
きっと、ドキドキしているのだろう。ぎゅっと手を握って、まるで破裂しそうな何かを抱えているかのように、熱い視線をぶつけてきた。そう、まさに恋をしている顔だった。
「ずっと好きだった。初めて会ったときから、ずっと。卒業したら、僕と結婚してほしい」
真っ直ぐな求婚。
―― わぁ……男の人も、こんな顔をするのね
少しだけ感動した。胸が高鳴ることはなかったけれど。
―― でも、知らない人に求婚されてもね
迷惑だと思った。
そして、何故だか、初対面の彼に緑色の小瓶を分けようと思った。
同情、愛情、独占欲。心の奥底の不可侵領域にある宝箱だけが、少し揺れた気がした。
薬を作るだなんて、間違った努力をしたことは分かっている。でも、逃げ出したわけじゃない。向き合い続けてきて、でも、こうするしかなかったの。
恋って、そういうものなのよ。
おまけ
【上の話を聞いた僕】
「告白の少し前に記憶がなくなったのか……」
タイミングの良さというか、悪さというか。驚きすぎて、気が遠くなった。
しかも、リラリーが薬を飲んでいた時間といえば、ルーンバルト家で、父親と僕が数時間に渡る激論を繰り広げていた時間ではないか。
兄が廃嫡になって、僕が嫡男に。リラリーと兄の婚約が解消となり、リラリーとの結婚を勝ち取るために思いっっっきり駄々をこねていたときだ。
ちなみに、六時間ほど駄々をこねて、残るは床に寝転がって手足をバタバタさせるしかないかと、矜持を捨てる覚悟した時に、辟易した父親から条件付きでもぎ取ったリラリーとの婚約だ。
そんなことをしていないで、部室に飛び込んで「君が好きだ!」とか叫んでいれば、こんなことには……。でも、まあ、それなりに良いこともあったな、うん。
「ところで、今更だけど、兄さんは結婚のための新居を用意したりしていなかったよ(僕は用意しているけど)」
「そ、そうなのね」
「結婚に無気力だったからね」
「じゃあ、私はルーンバルト家の本邸に住むことになっていたのかしら」
「そうなるね。ちなみに、卒業後、僕も家を出るつもりはなかった」
「え」
「一つ屋根の下で、リラリーと一緒に暮らすつもりだった」
「ぇえ!?」
「そして、兄から奪うつもりだった」
「え」
さすがに引かれたかな、と思って、チラリとリラリーの顔を見てみたら、顔を赤くして嬉しそうにしていた。滾る。
ーーーーーー
お読み頂き、感謝です。
次回、最終回です。




