26話 15:45 貴方のお兄様
10月21日 10時頃投稿
「やぁ、こんにちは。リラリー嬢。夜会以来だね」
「ごきげんよう、ルーンバルト様。急にお呼び立てしてしまい、申し訳ございません」
一応ご令嬢である私は、淑女の礼でお迎え。今日も若草色の髪が私を誘惑する。うっかりと溜め息が出てしまう鮮やかな若草色だ。
「嬉しいよ。可愛い婚約者からのお誘いだなんて、僕は果報者だね」
「ふふ、お上手ですこと」
鳥肌が立っちゃう会話をしつつ、ルグラス様と私は、カフェの個室で紅茶を前に並んで座っていた(ルカが嫉妬していた)。
さて、どうやって切り出すべきか。前置きとも言える適当な雑談をしつつ、私は考えを巡らせていた。
何せ、相手は騎士だもの。下手を打てば、捕縛。若草色を目前にして、私は少し怖じ気づいていた。
でも、そこはさすがルグラス様、察したように水を向けてくれた。
「何か、悩み事がある様子だね。浮かない顔をしているよ」
「ええ、有り難う御座います。……あの、ルーンバルト様は、私が薬草学の研究を趣味にしていることは、ご存知でしょうか?」
「あー……、そう言えば母から少し聞いたなぁ。確か、二年ほど前かな? 母の頭痛を治してくれたとか。その節は、世話になったね」
「そんなことも御座いましたわ」
「……もしやに、結婚後も薬草学の研究をしたいという話かな?」
「いえ、そういうお話では御座いませんの。お忙しいルーンバルト様のお時間を取らせては、申し訳ございませんわね。単刀直入に申し上げます」
「ありがとう」
私は、ふぅと一息吐いて、カッと目を見開いてから申し上げた。
「ルーンバルト様の若草色の御髪を一房、可能な限り多めに頂けませんか?」
「髪を? はぁ? え、何か怖い……俺、呪われるの?」
「違いますわ、薬草学における希少材料なんですの」
「はぁ?」
私は、恐る恐る、例のレア材料の本を見せた。うっかりと、一番上にルカの名前を書いちゃったものだから、何となーく隠し隠し見せた。
でも、ルグラス様は、ルカの文字なんか気にならないみたいで、上から下まで食い入るように若草色の髪の項目を目で追っていた。目が血走っていた。
「リラリー嬢っ!!」
―― ひっ! やっぱり捕縛!?
「これマジ!?」
「へ?」
「マジ!?」
「ええ。マジ、で御座いますわ」
「マジか~!」
ルグラス様の紳士仮面が剥がされた。元々ペラペラだった仮面だけど(ルカが頭を抱えてた)。
「えー、ビックリなんだけど!」
「サヨウデゴザイマスカ、ホホホ」
「堅苦しいの無しにして、話してい?」
「は、はぁ」
―― 軽っ。本当にルーンバルトの嫡男? 私、この人と夫婦として、やっていけるのかしら
結構、不安になった。
「本当に俺の髪で薬作れんの?」
「試してみないことには分かりかねますが、可能かと存じます」
「すげぇな。人生なにがあるかわかんねぇもんだなー」
「あの、この事は……」
「ヒミツっしょ? 分かってる分かってる~♪」
軽い。無重力。
「良いんですの? ルーンバルト様は……」
「あー、騎士団だからって? ま、そりゃそうだよね」
ルグラス様はニヤニヤしながら、やたら長い脚を組み上げた。どす黒い雰囲気だった。
「どうしよっかなぁ、脅した方がいい?」
「……!?」
「うっそだよん♪ まぁ? 脅してもいいんだけど、なるべく穏便にいきたいよねー。どう転んでも、半年後には俺たち家族になるんだし?」
「ルーンバルト様をお支え出来るか、自信が無くなって参りましたわ、おほほ」
「ははっ! リラリー嬢は可愛いから、俺はウェルカムだけどね」
「有り難く存じます」
そこで、ルグラス様は余裕たっぷりに紅茶を一口。窓の外を見ながら、謎に憂いの表情になった。
そして、「はぁ……」と悩ましげな溜め息を吐いた。美しい若草色の髪が溜め息の風を拾って、僅かに揺れた。
「働きたくない。穀潰しに、なりたい……」
憂いている表情は美しかったが、言っていることは美しくなかった。
「騎士団、辞めたい」
「はぁ」
「正直、結婚して嫁の人生を背負うのとか、だるい」
「なるほど?」
「子供とか生まれて背負う人生が増えるの、勘弁」
「なるほど」
「だがしかし、野垂れ死にしたくない。ラクして幸せに、息だけしていたい……」
最も低いと書いて、最低だった。
「というわけで、リラリー嬢には感謝しているよ。これは口止め料かつ、感謝の気持ちだ。何に使おうとしているのかは、探らないでおいてあげる。何となーく分かるしね」
「は、はぁ?」
そう言って、ルグラス様は持っていた短剣で髪を一房切った。そして、レア本と共に、私にそっと渡してくれた。
「俺は応援しているよ。Goodruck!」
そう言って、立ったまま紅茶を飲み干して、にこやかに去っていった。お行儀が悪いなと思った。
というわけで、案外すんなりとレア材料を手に入れたのだった。
まさか、この後にルグラス様が騎士団を無断欠勤し、放蕩者になって婚約解消になるとは思わなかったけれど。
本当、人生って何があるかわからないものね。
おまけ
【上の話を聞いた僕】
「本当に、なんて言ったら良いか。最低な兄貴で、申し訳ない」
「謝るのは私の方よ。まさか、放蕩者になるなんて。キッカケを与えてしまったこと、後悔しているわ」
そこで、僕はこれまでの人生を振り返った。たまたま決定打のキッカケがリラリーだっただけで、幼少期から兄は割と最低だった。
「小さい頃さ」
「急に懐古が始まったわね」
「お菓子をあげるからと言われて、訳も分からず兄さんの課題を代わりにやっていた」
「……何歳差だっけ?」
「6歳」
「逆にすごいわね」
「他にも、兄さんが壊した調度品なのに、僕が犯人にされていたり。門限破りのアリバイを頼まれたり。兄さんの剣の手入れなんかも、ずーっと僕がやっていたなぁ」
「よく仲違いしなかったわね……」
「上手いんだよ、フォローが。あれはもう神業だね。憎めない」
僕は、若草色のクソ兄貴のことを思い返した。本当に、フォローが上手いんだよなぁ。今回も憎めなさそうだ。




