25話 15:40 貴方に使うわけじゃない
10月20日21時すぎ投稿
二学年の冬頃。
目の前の緑色の失恋薬ver.1と白色の解呪薬を並べて、私は勢い良く緑色を飲み干していた。苦い、次からはコーヒーに混ぜて飲もうと決めた。
「さて、どうなるか。実験ね」
失恋薬ver.1は、『相手にドキドキしなくなる薬』。この段階では、ルカを忘れるために失恋薬を作っているわけではなかった。
単純に、薬草学を学ぶ者の登竜門として、精神へ働きかける薬を作って見たかったのだ。勿論、ワルイコトだとは知っている。
緑色を飲んだ翌日、ある種のドキドキを携えて、私はルカの登場を待った。ルカが教室に入ってくる。驚くほどに、ドキドキしなかった。
「おはよう」
「おはよう(ニコリ)」
「!? あ、うん……」
ドキドキしなかった。ドキドキしないことを良いことに、普段は出来ない憧れの『笑顔でおはよう』をしてみたら、すぐに視線を逸らされた。失礼な男だこと。
―― それにしても、ドキドキしないってすごい! やりたい放題できる……す、すごいわ!
その日は一日、結構楽しんだ。教科書を見るときも、少し近くに寄ってみたり、消しゴムを無くしたフリをして「貸して?」と耳元で囁いてみたり、しまいには「肩にゴミがついてるわよ」と取ってあげたりした。とっても楽しかった(この話を聞いたルカは、何やらショックを受けていた)。
―― これ、このまま解呪しなくても良いのでは……?
と思ってしまうくらいには、楽しんでいた。でも、やっぱり『ドキドキしない』は『ドキドキしない』だけだった。
思わず目で追ってしまう。他の女の子と話しているところを見ると、もやもやする。
失恋薬という名が付いている最もポピュラーな薬(禁忌だけどね)ではあるものの、とても失恋薬とは言えなかった。すぐに解呪薬を飲んでフラットな状態に戻した。
私の薬草学への熱意と探究心は、そんな程度では満足できなかった。由緒正しき御令嬢の自分が、一体何を目指しているのか。正直よく分からないけど、とにかく満足できなかった。
他にも、惚れ薬や媚薬を作り、さすがにこれを自分で試すことは出来なかったため、モルモットでの実験を行ったりしていた。可哀想なモルモットさん、ごめんね(ルカは何やらホッとしていた)。
結果として、媚薬は良いとしても、惚れ薬も簡易的なものは簡単な効果しかなかった。当然の帰結ね。
―― もっと、骨の髄まで惚れてしまうような効果の高いものがあれば……あれば?
ルカに、使うのだろうか。そんなことはしない。研究を重ねるたびに、それを否定した。
そうして、いつの間にか三学年。
それは突然やってきた。
ルカが、婚約するという噂を聞いたのだ。
確かめたかった。父親や周りの人間にそれとなく聞いてみたが、全く知らないようだった。噂は学園内のみだったから、誰かの悪戯だろうと思った。
でも、その年の社交シーズンの初夏。公爵家主催の最後の夜会で、ルカが女性をエスコートしていた。初めてだった。
ルカの父親は、近衛騎士団長だ。当然、王族の護衛のため、妻のエスコートは出来ない。だから、いつだって、ルカは母親をエスコートして夜会に出席していたのだ。
噂は本当なのだと、覚悟した。彼女が、私の義妹になるのだと。
その日の夜会は、若草色の髪が欲しくて欲しくて堪らなかった。この若草色があれば、強力な薬が作れるのだと思ったら、心が疼いた。
でも、やっぱりルグラス様ばかりを見つめていると、その横顔にルカが重なる。どこにも逃がせない熱を、どうやって逃がせば良いのだろう。
逃げることは許されない。向き合うしかないのだと、その横顔が突きつける。
どうにか笑顔でやり過ごして、ルグラス様にリリット家まで送ってもらい、ドレスを脱いで湯浴みをして化粧も全部落として、おやすみの挨拶を終えてにこやかに私室まで行って、扉に鍵を閉めて、部屋の奥のクローゼットの中に入って声を殺して、泣いた。
誰にも言えない恋だ。許してくれるのは、きっと、私と彼を隣同士にした意地悪な神様だけ。
誰の前でも、笑っていなければならない。枕に涙の跡が残るのだって許されない。ましてや、マスカラの一つでも染みになっていたら気付かれる。そういう恋をしているのだと、自覚した。
少し泣き止んで、ふかふかのベッドに横になると、いつもより身体が深く沈んだ。そして、沈みながら思った。
―― 薬を、作ろう
作ってから、どうするか考えよう。一つ作れば、後は応用だ。すぐに作れる。
赤色 ――身体を燻る欲の色
青色 ――ルカの瞳の色
緑色 ――ルグラス様の髪の色
黄色 ――私の髪の色
白色は用意しないことにした。その四種類だけを作ろうと、この日に決めた。
そこから、私は研究に没頭した。平日も休日も関係なく、部室に籠もって文献を読み漁り、実験を繰り返した。
両親には、マリッジブルーだとか適当なことを言って、やり過ごしていた。でも、持てる全てを費やしても、納得のいく薬は作れなかった。
そこで、うっかりというか、やっぱり? 若草色の髪が頭を過る。もうここまで二年半、ずーーーっと思っていた。使ってみたいって。
でも、若草色の髪が希少材料であることは、殆どの人は知らない事。あのルカとの思い出の『レア材料の本』だって、相当マニアック且つ高値で取引されている希少な本だ。
当然ながら、ルグラス様本人が知っているはずもないと思った。
―― しかも、近衛騎士の人だもんね。『到底、看過できぬ!』とか言って、怒られちゃうかしら。それとも捕縛? どのみち婚約は解消かしらね
そのとき、悪い子の私は、『あら、それ名案じゃない』って思っちゃった。
あの若草色は惜しいけれど、どのみち材料として使えないのなら宝の持ち腐れ。イチかバチかで若草色をゲットできるか試したい。
お父様には申し訳ないけれど、私に若草色の髪の婚約者をあてがっちゃった采配ミスね、と思うことにした。
若草色の髪が希少材料だって話も、父には何度か話そうとしたことがあったけれど、薬草の話になると『あはは、仕事が忙しくて』とか言って、全然娘の話を聞かないんだもの。自業自得、ということで。ごめんね、パパ。
そうして、私は初めて、ルグラス様を呼び出した。
おまけ
【上の話を聞いた僕】
―― 泣かせてたぁあああああ!!
リラリーを泣かせた、これは大罪だ。万死に値する。
「あああああれは、違うんだ! リラリー!!」
「あれって?」
「公爵家主催の夜会の! エスコートは!! 違うんだよ!」
「ああ、あれね……別に、私だってルグラス様がいたんだもの。別にどうでも良いわ」
―― どうでも良くない!!
欠片ほども悲しんで欲しくはない。当時の僕を殴り飛ばしたいくらいには、後悔した。
「あれは……母の友人の娘だとかで、母に押しに押されて断りきれず……止むに止まれずそういうことに」
「そう。別にどうでも良いわ」
「でも、ちゃんと断ったから!」
「ということは、婚約の打診があったのね?」
墓穴。
「あったはあったけど……直接スッパリと断ったから!」
「ということは、一回は会ったのね。デートしたんだ?」
名探偵か?
「デートってほどじゃない。本当に、ただカフェで会って、波風立たないように断って、帰っただけ」
「そう、優しいのね。じゃあ今後、私も同じようにするわ。カフェで二人きりで直接会って、お断り申し上げることにする。今まではお手紙でお断りしていたけれど、波風立つのは嫌だもの」
「な、なるほど……」
―― リラリーと、リラリーのことが好きな男が、カフェで二人きりで直接会って、好きだの何だの口説かれて……うわぁ、嫌だぁ
嫉妬深い僕は、想像しただけでボコボコになった。
「リラリー、僕が悪かったよ。だから、二人で会うとかは、本当にやめてほしいです……」
「ふふっ、嘘よ。当時は暫定義理の姉弟だったんだもの。何とも思ってないわ」
「本当に?」
「 当たり前じゃない。本当よ」
今の間はなんだろうか。
「分かった。僕の一番恥ずかしい話をしよう。それで御破算にして」
「え、ちょっと聞いてみたい」
ワクワク顔のリラリーも可愛い。えげつない。
「コホン。リラリーが、失恋薬ver.1を飲んだとき、僕の肩にゴミが付いてるって、取ってくれたでしょ?」
「あぁ、あのときね。あったあった」
「すごく嬉しくて。また取ってくれないかなーと思って、それから毎日肩にゴミを乗せてた(恥)」
「……ぶふっ……」
笑ってくれた。




