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24話  15:35 彼に貴方を重ねたの

10月20日15時30分投稿




 暗雲が立ち込めてくるのは、二学年になってすぐの頃だった。春先から初夏までの社交シーズンの到来だ。


 教室で今日もただ一人、薬草学の新刊本を読みふけっていると、クラスメートの話が耳に入ってきた。


「君、婚約したって本当か?」

「あぁ、先日の夜会で出会った御令嬢と」

「確か、お前、次男坊だったよな? 婿入り?」

「そう。あっちも一人娘でさ。家格は下がるけど、条件も悪くないし、両家ともすぐに合意したよ」

「いいな~。俺、まだ決まってないからさ」

「社交シーズンも始まったばかりだからな。そのうち良い縁があるだろう」


 ―― 社交シーズン……ねぇ


 人嫌いの社交嫌い。私は、必要最低限の社交しかこなさない。

 必要最低限というのは、社交シーズンの初めにある王家主催の夜会と、シーズン最後の公爵家主催の夜会。この二つをこなせば、まあ問題はないだろうということで、婚約相手であるルーンバルト家と合意をしているのだ。


 元々、ルーンバルト家も騎士の家系。しかも、王族を護衛する近衛騎士だ。シーズン中は、王族があっちにこっちに動き回るものだから、優雅に出席者としてパーティーに出ることも出来やしない。

 ルグラス・ルーンバルトも、出席者としての参加はシーズン中に二回だけ。他は、全て護衛としての参加だ。


 と、まあ、こんな社交自堕落な私は、すでに婚約者がいるわけだから、この『社交場で婚約者ゲット』の争奪戦に参加しなくて良いのがラクだったりする。


 そこで、ふと気付く。


 ―― ルカは!?!


 そうだった。彼は次男坊。ルーンバルト家の嫡男ではないのだから、どこかに婿入りをするか、母方か親戚の空席爵位を引き継ぐかの二択だ。ずっとルーンバルトではいられない。


 ―― そ、そう言えば、先日の王家主催の夜会。なんか色んな女性と踊っていた気がする


 ルーンバルト家の爵位で婚約者不在のルカ。狙われるのも仕方ない。

 そのときは、羨ましいなとか、義姉として踊れないかしら、とか、ふわふわしたことを考えていた。そして、その女性に自分を投影する技術(妄想力)によって、割と楽しんでいた。


 だが、しかし、彼の隣に婚約者という固定された存在が出来たとしたら。


 ―― ずーーん……


 少し沈んだ。とは言え、私だって婚約者がいる身。むしろ、ルーンバルト家というブランドを持っていながら、これまで婚約者がいなかったという状況の方が、ちょっと異常なくらいだ。


 ―― まぁ、それはそれで仕方ないわね。私にとっても、未来の義妹。せめて、性格の良い子であることを祈りましょう……





 そんな余裕なメンタルでいられるのは、少しの間だけだった。ルカが女の子と二人でいるところを、見てしまったのだ。


 社交シーズンも終わりに近いある日のことだった。私がトコトコと西棟を歩いていると、声が聞こえてきた。

 ここは人気のない西棟だ。珍しいこともあるものね、なんて思いながら、特に気にすることもなく通り過ぎようと思って。


 足が止まった。


 ―― ルカと……誰!?!


 ルカと女の子が二人で突っ立っていた。突っ立っていた、というと語弊がある。何やら向き合って……まるで、愛の告白みたいな。そんな雰囲気だった。

 思わず柱の陰に隠れて会話を盗み聞きしてしまう私。


「一学年のときから、好きでした」


 まるで、というか、まさに愛の告白だった。


 ―― なんですってぇえ!? 私も一学年のときからですけど!!


「決まったお相手はいらっしゃらないと伺っております」


 ―― あ、まだいないのね、ふむふむ


「私と婚約をして頂きたく、お呼び立ていたしました。どうか……お願い申し上げます」


 ―― こ、婚約!! 


 私は少し焦った。ここで、彼が『おっけー! 結婚しよ!』と言ったのなら、将来の義妹確定。彼女がどんな女かは知らないが、チラリと見る限り、何だかケバくて嫌だった(偏見)。


 ―― ここは、小姑風(こじゅうとかぜ)を吹かせて登場すべき!?


 『あらぁ? どこのどなた? うちの義弟に何か御用かしらぁ?』みたいな感じで、この金色の髪をかきあげながら出ていけば、追っ払う事ができるだろうか。

 いやいや、おかしい。勿論、私がルカの兄と婚約していることは周知の事実だ。とは言え、普段はルカと話さない。家格ヒエラルキー上位のルーンバルト家とリリット家を相手に、『お前ら将来の姉弟だろ~』とネタにしていじってくる強者もいない。


 それにも関わらず、突然『義姉ですけどぉ?』感を出したら戸惑うはずだ。主に、ルカが。


 ―― くっ! どうしたら!!


「気持ちは嬉しいけれど、申し訳ないが、婚約は出来ない」 


 本人がサクッと断っていた。柱の陰で拍子抜け。


「そんな……家格の問題で御座いますか?」

「ううん、違うよ。気持ちの問題だ」

「……私では、隣に立つに不十分という意味で御座いますか?」


 おや、雲行きが怪しくなってきたわ。さすがケバいだけのことはある。押しも引き際もケバい(偏見丸出し)。ルカも苦笑いで、一歩後ずさっていた。


「そういう意味ではなくて……」

「では、婚約して頂けますよね!?」

「いや、ちょっと……」


 ―― ルカのピンチだわ!!


 (ルカに聞いてみたら、別にピンチでも何でもなかったらしく、本当に恥ずかしいことではあるが、)私は迷わず鞄の中から小瓶を出した。


 これは防犯用に携帯している『蓋を開けると変な音がする薬』だ。

 エイヤと蓋をあけると『キュポン』と良い音が響くと共に、『ぴょ~ぷ~ぅ、ぴぃ~ひょ~♪』と、何とも間の抜けた格好の悪い爆音が西棟に響き渡る。ふふふ、告白ムードは台無しね。


「な、なによ、この音!?」

「ぶふっ、変な音だね、くっ……ふふっ、あはは!」

「何笑って……失礼な方ね! もう良いですわっ! ふん!!」


 そう言って、ケバ子(偏見)は去っていった。事なきを得た。


 残っていたルカは、クスクスと笑いながら、音の発生源を辿ろうとし始めた。

 西棟に響く爆音だ、指向性のない『ぴ~ひょ~♪』という音響に、場所など分かるまいと思っていたけれど、ルカは割と真っ直ぐにこっちに向かってきた。


「……そこにいるの?」


 ―― ひぃ! 何故、ここがわかるの!?!


 私は慌てて小瓶の蓋を閉めようとしたけれど、手が滑ってどうにも蓋が閉まらない。その間にも、ルカはズンズンとこっちに向かってくるわけで。

 焦った私は、『ぴ~ひょ~』という爆音と共に、御令嬢走りで全力疾走をした。こんなに格好悪いことがあるかしら。


 後を追ってくるかと思ったが、追っては来ない様子にホッとする。追いかけられていたら、か弱い御令嬢の私では太刀打ちできるわけもない。

 しっかりと小瓶の蓋を閉めて音を消してから、遠回りをしてどうにか部室までたどり着いた。




 バタンと部室のドアを閉めて、ふぅと一息つく。


 久しぶりに走ったから、少し胸が苦しかった。胸が、苦しかった。ぎゅうっと苦しくなった。


 ……分かってる、苦しいのは走ったからじゃない。ルカに『誰か』が出来るのが苦しいのだ。


 何が『義姉として』だ。初めの頃はそれで良かった。心の底から義姉になれる将来を喜んでいた。でも、恋をし続けて一年間。それだけじゃ足りなくなってくる。


 こんなに好きで、毎日近付きたくて仕方がない。でも、どんなに近付いたところで、私がいられる場所は一番遠い場所でしかない。彼が唯一『異性として見ない場所』に、私は立つのだ。


「……一学年のときから、好きでした」


 誰もいない部室で、さっきの女の子と同じように声に出してみた。私が震わせた空気(告白)は音にはなっていたけれど、到底現実味がなくて、何だか虚しかった。




 その年の社交シーズン最後の夜会。ルカが誰かと踊っている姿なんて見たくもなくて、私はひたすら若草色ばかり見ていた。

 この若草色の髪を使って、どんな薬を作ってやろうかと考えている間は、若草色だけに夢中になれた。


 でも、あまりにも若草色を見ていたものだから、うっかりと気付いてしまった。


 ―― あ、横顔が似てる

 

 さすがは兄弟だ。横顔が、驚くほどに似ていた。


 気付いてしまったら、もう戻れない。いけないとは思いつつ、若草色の婚約者(ルグラス様)にルカを重ねてしまう。

 心臓が跳ね上がる。ドキドキとして、触れている手に熱が集まる。まるで、ルカにエスコートされているかのような錯覚に、深く酔いしれた。


 ―― 私、最低


 最低。そう思うでしょ? でもね、どうかしら。皆同じようなもの。ルグラス様だって、私を婚約者として扱ってはくれているものの、割と遊び人。そんなこと、私だって勿論知っている。


 皆、割り切って、向き合って、手を取り合って楽しくダンスを踊るの。くるりくるり、くるくるり。まるで、歯車のようにね。


 この頃から、私は少しずつ精神に働きかける薬のことを調べるようになる。失恋薬、惚れ薬、媚薬、そして()()()。この四種類の文献を読み漁るのが、趣味になっていた。





おまけ


【上の話を聞いた僕】


 あの変な爆音がリラリーによるものであることは、勿論気付いていた。

 キュポンという小瓶の蓋の音、西棟という立地、そして何よりも走り去るヒールの音(気色が悪くて結構、聞き分け可能だ)。すぐに彼女だと気付いた。


 勿論、追い掛けたかったが、何せ全力ダッシュをしている可愛らしい後ろ姿を見てしまったものだから、ここで追い掛けるのは紳士としてあるまじき行為だと、必死に足を止めた。

 当時はどういう意図があって、変な爆音を鳴らしたのか分からなかった。でも、僕のためにやったことは明白だったから、ものすごぉぉおおく嬉しかった。

 三年間で数えるほどしかない、僕の大切な思い出だ。くっ……嘆かわしい。


 それよりも何よりも。


「待て待て待て。それ本当? 夜会で踊るとき、兄さんに僕を重ねてたの!?」

「本当に失礼ながら。お兄様には内緒にしてね」

「うわぁ……じゃあ、兄さんを見るときの、リラリーの顔って……」


 あの恋する顔は、僕に向けてのものだったのだ。思わず小さくガッツポーズをするほどに嬉しかった。


 ―― くっそみなぎるぅうっ!!


「本当、お兄様には申し訳ないことばかり。ルーンバルト様……いえ、ルグラス様を見ているときは、材料としての若草色の髪の虜になっていたか、ルカを投影していたか、そのどちらかだったもの」

「気に病むことはないさ」

「正直なところ、ルグラス様の正面からのお顔って、あんまり覚えていないの。若草色と、横顔がルカに似てるってことで判別してたから」

「全く、気に病むことはないさ」


 ―― だから、馬車で会った時に『初めまして』だったのか


 失恋薬で僕のことを丸ごと忘れていたため、若草色の髪が無い兄のことは判別できなかったのだろう。

 さらに、僕周辺の記憶も朧気になってしまい、兄の記憶もぼんやりとしたと。


「引くわよね……自分でも最低だと思う」

「引かないよ。それを言ったら、僕だって同じさ。夜会で踊るときは、相手の女性をリラリーだと思って踊っていたし」

「え? ……そうなの?」


 ―― リラリーも喜んでくれるかな……


 チラッとリラリーの顔を見たら、眉間に皺を寄せて引いていた。理不尽だと思った。そんなところも、大好きだ。



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マシュマロ

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