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22話   15:20 貴方の名前で喜びを

10月20日10時頃投稿




 そうして迎えた、次の日。


 彼は朝寝坊をしたのか、ギリギリに教室に入ってきた(後でルカに聞いたら、朝に剣の鍛錬をしているから時間ギリギリになるのだとか)。


 席について、目を合わせて笑顔で『おはよう』と挨拶を交わす。すると同時に、教師が入ってきて一時間目の始まりとなった。


 ―― ランチとか、ご一緒できたりしないかしら


 私は、とにかくそわそわドキドキしていた。恋の始まりの音が、もうガンガンに鳴り響いていた。右半身だけが緊張しているのが分かるくらいに、彼を意識していた。


 そうして、運命の名前を聞いてしまうのだ。



 教師の「自己紹介を」の一言で、やっと彼の名前を知ることができると喜んだ。

 彼の番になって、私は少し横を気にしながら、耳を大きくした。他のクラスメートの名前なんて、一人だって覚えてないくせにね。



「ルカ・ルーンバルトです。宜しく」


 そう言って微笑む彼に、ぞわりと鳥肌が立った。


 ―― ルーンバルト……?



 婚約者の弟だった。

 私は、勿論、()()()()


 たぶん、自由恋愛が許された人には、この感覚は分からない。きっと絶望でもするんじゃないかしら。

 でも、私は生まれながらに自由恋愛なんて手放して生きてきた人種だ。由緒正しいリリット家の、しかも長女。当たり前に政略結婚をするものだと信じて生きてきた。


 だから、誰に恋をしたところで、期間限定。結婚をするときには、恋をしていようが何だろうが、全ての関係を切り捨てなければならない。


 それが、どうだろうか。彼とは、この三年間で終わりではないのだ。この先何十年も、彼の家族として関われるのだと思ったら、私は震えるほどに喜んだ。


 想像してみてほしい。彼が青年になっていく様を、卒業後に騎士として活躍する姿を、あるいは年老いていく様を。私は義姉として、ずっと見続ける事ができるのだ。こんな奇跡があるだろうか。


 彼が名乗った瞬間に、彼を好きでい続けることを、神様に許された気がした。


 病んでいる? 闇が深い? それは、どうかしら。家名を交換するように知ったときに、絶望した彼と、喜んだ私。そのどちらが重いと言えるのか。




 自己紹介を終えて、休み時間。私は彼に話し掛けようとした。『ルーンバルト家の次男なのね。ルカって呼んでいい?』って。


「ねぇ、貴方、」

「リラリー。これ、昨日貸してくれてありがとう。面白かった。じゃあ」


 私の言葉を遮るように、彼は本を返して廊下に出て行ってしまった。彼の顔は強張っていたし、笑顔の欠片すらなかった。押し付けるように渡された薬草学の本が、何だか冷たかった。


 ―― あ……、将来の義姉と仲良くなんて、出来ないのね


 そこで、私は初めて落胆した。もしかしたら、ルーンバルト家の兄弟仲は良くないのかもしれない。

 あるいは、将来の義姉と仲良くなって、あらぬ噂を立てられることを嫌ったのかもしれない。理由は幾らでも思い付いた。胸がツンとした。




 この日、授業中にも関わらず、私はお気に入りの本――彼が背表紙を読み上げてくれた希少な本の、若草色のページを見ていた。


 隣に座る彼を横目で見る。その横顔に、胸がドキンとする。でも、彼の突き放すような冷たい態度を思い出して、すぐにシュンとする。


 ―― 恋って、すごいわ


 この恋を、この胸の高鳴りを誰かに言いたい。恋をすると、こんな風に喜んだり切なくなったり、色んな感情が生まれるのだと、共感したかった。自分の身では抱えきれない感情だと思ったから。


 でも、当然そんなことは出来ないわけで。だから、誰かに言う代わりに、本に名前を書いたの。こっそりと。


 教師にバレないように、隣でノートをカリカリと書いている彼にバレないように。誰にも見せない希少で大切な本の、しかも若草色のページの一番上。



 ―― 『ルカ』



 そこに、彼の名前をぽつりと書いた。悪いことをしているような気がして、少しだけうきうきした。


 秘密の恋の始まりを契約したみたいな。若草色の婚約者よりも、隣の席の彼に夢中であることを、この本と私だけの秘密にしたの。


 若草色のページを見て、にまにましている私。それを誰かに見られたところで、人々はきっと『若草の貴公子に恋をしているのだろう』と思うに違いない。

 でも、その上に書かれた『ルカ』のたった二文字に、私は恋をしている。


 誰にも汚されないように、そっと、大切に本を閉じた。






おまけ


【上の話を聞いた僕】


 ―― え、僕が未来の義弟だと知って喜んだぁ!?


 なんという逆転の発想。僕は、彼女との未来がないことに絶望したけれど、リラリーは僕との未来があることに狂喜したわけだ。


 これは、もしかしたら僕よりリラリーの愛の方が重いのでは……と思って、かなり興奮した。興奮しすぎて、包み隠さず言えばシたくなった。

 でも、ここで手を出したら、たぶん怒られる。我慢だ、我慢。キスだけで我慢しよう。


「リラリー、キスしたい」

「ぇえ? まだ話の途中……んぐっ」


 興奮をそのままに、尋常ではないどエロいキスをかましてしまい、最終的には足を踏まれてストップをかけられた。

 『なんだよ、もっとエロい事をしているのだから、キスくらい良いじゃないか』と、初体験を済ませたばかりで調子に乗った最低野郎の思考になりつつ、そこでふと気付いた。


 ―― リラリーは、身体は経験済みだが、心は処女なんだ!!!


 なんということだろう。この気付きは、僕に革命を起こした。二度あることは三度あるとは、このことだ。よし、大切にしよう。




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マシュマロ

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