20話 15:00 好かれすぎている僕
10月19日13時20分頃投稿分
リラリー視点→ルカ視点に変わります。
ゴクリ。
私の喉を通り抜ける無味無臭の液体。爽やかな月の光が通り抜けたかと思ったら、目蓋の裏側に眩しい光を感じた。
―― 眩しい……
そう思って、もう閉じている目蓋を更に閉じようと、ギュッと目を瞑った。
そうして暫く耐えていると、目蓋の裏の光が少しずつ和らいで、最後に優しく瞳を撫でた。
光が無くなると共に、身体に染み込んでいた失恋薬の苦味がなくなって、記憶が少しずつ戻っていく。
目蓋を開ける。朧気に目の前に現れた影を、揺れる瞳で頑張って捕らえる。
一番初めに見えたのは、勿忘草みたいな綺麗な水色の瞳。
「ルカ……?」
恋が開いた音がした。
ーーーーーーーーー
「リラリー……」
―― ルカって呼んだ。思い出したんだ。失恋薬を飲んでまで忘れたいほどに、リラリーが恋い焦がれていたのは
僕だ。
血が沸騰するかと思った。彼女が恋い焦がれた男は、兄なんかじゃない。僕だ。彼女の顔に、そう書いてあった。目の前の男に恋をしていると、書いてあった。
「リラリー、思い出した!?」
「……き、」
「き?」
「きゃーーーー!!!」
「うわぁ! なに!?」
突然の耳を劈くような叫び声。リラリーがこんな大きな声を出すなんて、初めてのことだった。
「きゃーーーー!!!」
きゃーきゃー言いながら、リラリーがどんどん後退していく。
「お、落ち着いて、リラリー」
「待って、なにこれ! そうだわ。失恋薬を飲んで、それでルカを……きゃあ! 昨日、好きって言われたわ!」
瞬間、真っ赤な頬がもっと真っ赤になった。ボッと火山が噴火したみたいに赤かった。彼女の顔に熱が集まっていく様子が見て取れた。
彼女は後退していき、とうとうソファからズルッと落ちた。ゴンと頭を床にぶつける音が部室に響く。
「リラリー!? ちょ、大丈夫?」
「こ、こないで!! うそ、キスをしたわ! きゃー!」
―― 少しずつ記憶が、蘇っているのか
順々に記憶が蘇るのだろう。夕焼け小焼けの部室で、キスをしたこと。教室でキスをしたこと。馬車の中でキスをして、森の中でもキスをした。
思い出すたびに、リラリーが「うそぉ」とか「ぇえ?」とか言いながら、恋をしている顔になっていく。
―― うわぁ、リラリーのこんな顔……嘘だろ、本当に? なんだよ。リラリーって僕のこと、すごく好きなんじゃないか
心臓がドクドクドクと、うるさいくらいに跳ね上がる。
「やだ、何回キスしたの? うそ、どうして……」
「リラリー? 思い出した?」
床に転がったまま悶えるリラリーを起き上がらせようと、優しく抱き上げると、「きゃっ、やだ!」と強めに突き飛ばされてしまった。
こんな恋する乙女みたいな反応を、僕にしてくれるなんて。突き飛ばされたというのに、デレデレが止まらない。大概にしよう。
―― 可愛い。可愛い。好きすぎる!
「リラリー、どこまで思い出した?」
「ぇえ!? バスタオル一枚!? なんでそんな格好にぃぃ!?」
「あ、管理小屋のところまで来たんだ」
そして、二人でピクルスサラダを食べて。僕が赤い小瓶を振りかけて。
「だめだめ! それは媚薬ぅうう!」
「媚薬のところね、うんうん」
そして、そのあとは。
僕は、この瞬間を一生かけて保存するために、全神経をリラリーに向けた。聴覚、視覚、嗅覚、総動員だ。二度美味しいとは、このことだな。
「やだぁ……うそ……ゃん、こんな、やだぁ……」
リラリーは全身を真っ赤に染め上げて思い出してくれた。記憶だけでなく、少し感覚も戻るらしく、瞳を潤ませて幾らか身体をビクッとさせていた。とろけた表情が、最高だった。
―― エロい……可愛い、天使
大勝利だ。危うく襲いかかるところだった。
「リラリー、可愛い。顔が真っ赤だよ」
「やだ、もう、恥ずかしい」
「(ずっきゅぅうううん!)」
「キスしすぎ。え、うそぉ、そんなに?」
「そんなに、シちゃったんだよ、僕たち」
「信じられない、もう……恥ずかしすぎる」
「恥ずかしいことも、たくさんしたよ」
「だめだめ、そんな、見ないで……」
「全部、見たよ」
「もう、むり……」
―― もう無理、抱きたい……
媚薬で乱れきったリラリーも最高だったが、やはり本来のリラリーの恥じらいには勝てまい。所詮、草なんて紛い物。本物は強い、最強だ。
うっかりと、部室にベッドはないか確認してしまう。あるわけもない。ソファでいけるか? いやいや、Stayだ。早まるな。
「リラリー。全部思い出した?」
「ひゃっ……!」
手負いの獣のようだった。まだ僕に慣れていないのだろう。リラリーは僕が近付くと、身を固くして顔を赤くする。
たぶん、すごくドキドキしているのだろう。心臓付近に手を当ててギュッとしていた。可愛い。こんな反応をされてしまうと、思わずにはいられない。
―― えーー? この子、僕のこと好きすぎるんじゃない?
調子ノリノリだ。こちとら三年間だ、これくらい良いだろう。
「コホン。そんな床に座っていたら冷えてしまうよ。立てる?」
それでも優しく手を差し伸べると、リラリーは怖ず怖ずと僕の手を取ろうとする。
指先だけでちょんと触れて、一回手を引っ込めて、そして怖ず怖ずと僕の手に小さな柔かい手を乗せてくれた。まるで、初めてエスコートされる小さな女の子みたいで、愛しくて仕方がなかった。
失恋薬を飲んでいようがいまいが、リラリーはリラリーだ。やっぱり『ありがとう』の一つも言わずに、僕にくっ付いてソファに座る。僕にだけは、こういう風に無作法になる。
こういうところが、大好きだったりする。
「全部思い出した?」
「オモイダシマシタ……」
「リラリーの口からちゃんと聞きたい。君が失恋薬を飲んでまで、忘れたいほどに恋い焦がれたのは、誰?」
僕が真剣に聞くと、リラリーは恥ずかしそうにしながらも、「答えるわ」と言った。
「私が恋をしていたのは、ルカ。貴方よ」
―― うわぁ、うわーー、そうかぁ。そうだったのか
すっっっごく嬉しかった。
嬉しいなんてものじゃない。三年間だ。ずっと、苦しくて惨めで、切なくて辛かった。それでも諦められなかった。
僕は彼女の義弟になるのだから、一生この苦しみと共に生きていくのかもしれないと、毎日刷り込むように覚悟をしていた。
そうやって焦げ付いた嫉妬心や葛藤。光を遮るようにそびえ立つ、あの若草色に落とされ続けてきた黒い影。それらが、彼女の一言で光照らされて、明るい日溜まりに色を変えた。
身体の隅々まで、心の隅々まで温かい光で満たされて、僕の心は満杯になった。
もう、心は陰らない。この先、降り注ぎ続けるだろう彼女の愛があるのだと、心が震えた。
報われない片思いだと思っていた。違ったんだ、すれ違いばかりの両思いだった。
そうなると、確かめたくなるのが僕だ。聞きたい。僕の知らない三年間のことを、全部丸ごと聞いてみたい。
僕は、優しく問いかけた。
「リラリー、聞いてもいい?」
「うん」
「いつから僕のことが好きだった? なんで、失恋薬を飲んだの?」
僕の当然とも言える問い掛けに答えるべく、彼女は苦笑いをした。
「一番初めに言っておきたいことは、」
「うん?」
「毎日、教科書を忘れていたのは、ワザとです」
「ぇえ!?」
こうして、彼女は、僕との恋物語をぽつりぽつりと話始めた。
薬草は『ハーブ』ですが、紛い物の草は『(ル)グラス』ということで。
お読み頂き、感謝です。
ブクマ、本当に感謝してます。
次回から、リラリーサイドとなります。
残り、8話。引き続きお楽しみ下さいませ。




