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19話  14:30 彼女に刻む込む僕

10月19日8時頃投稿分



「乾杯って?」


 彼女は白色の小瓶を片手に、不思議そうに首を傾げた。


「その解呪薬は、リラリー、君が飲むんだ」

「ぇえ!? 私が?」


 リラリーは、悩むように白色の小瓶を見た。


「私、本当に失恋薬なんて飲んだのかしら」

「飲んでいると思う。記憶があやふやなのが、何よりの証拠だよ」

「でも、もし、貴方のお兄様を忘れるために飲んだのなら? 貴方だって、そう思ったんでしょ?」

「そう思った。でも、忘れたかったのは、もしかしたら、違う誰かのことかもしれないって……思ったから。賭けてみたい」


 僕は、本に書き込まれたルカの文字を指でなぞりながら、そう言った。


「もし、恋心が復活しちゃったら? 貴方と結婚したくなくなるかもしれない」

「そうだね」

「だったら、私は飲まないわ」

「リラリー……」

「飲まなくても差し支えないもの。このまま貴方と友情結婚をしたい」


 リラリーは、そう言ってぷいっとそっぽを向いた。すっごい可愛いな。おっと、ダメだ、負けるな僕。


「リラリー、お願いだから飲んで」

「嫌よ」

「……君が飲んでくれないのなら、このまま僕も、解呪はせずに他の誰かに惚れる」

「ちょっと! ズルいわよ!!」


 本当にズルいよね。実際、惚れ薬すら飲んでいないのに。でも、演じてみせる、最後まで。


「ズルくて結構。僕は本気だよ。リラリー、解呪して」

「でも……貴方のお兄様への恋心を思い出したとしたら……きっと、貴方を傷つけることになるわ」

「分かっているよ。リラリーは優しいね。だからこそ、君に委ねることにした」

「委ねるって?」


 僕は、リラリーの手を優しく引いて、やたら豪華なソファに座らせた。僕も隣に座り、彼女の頬に手を添えて、そっとキスをした。


「リラリーが大好きだよ。もう、どんなことがあっても、君を手放せないくらいに愛している」


 解呪薬を作っている三時間、僕は考えた。


 もし、忘れたいほどに恋い焦がれた相手が僕ではなかったのなら、たぶん彼女は僕との結婚は断るだろう。


 でも、僕はその断りを受け入れることは、出来そうにない。何が何でも、どんな手を使っても、それこそ嫌がる彼女に青や緑を使って、赤で後戻りできないほどに追い詰めて、彼女を手に入れようとするだろう。


 だって、もう知ってしまったから。リラリーの一番近くにいる喜びを、誰も知らない彼女を暴く快楽を、彼女の艶やかな唇の味を、僕はもう知ってしまった。戻れるわけもない。


「だから、僕は緑色の失恋薬を飲む。君が白色の解呪薬を飲んだ後、僕と結婚したくなければ、そのまま放っておけばいい。僕は、君を忘れて幸せに生きることができる。リラリーが罪悪感を持つこともない。でも、」


 もう一度、『ルカ』の二文字を思い出す。青色の光に導かれた二文字に、『勇気』の二文字をそっと乗せた。


「解呪薬を飲んだ後、それでも僕と結婚したいと思ってくれるなら……」

「うん?」



「また、24時間、キスをして」



 最後は、少し震える声で伝えた。


「それで、失恋薬を解呪してほしい。それが僕の覚悟だよ。リラリーに解呪薬を飲んでもらうためなら、僕もこの恋心を賭ける」


 僕がそう言うと、リラリーは視線をそらさずに、僕の瞳を見ていた。そして、何かを探るように、何かを辿るように瞳を揺らしてから「飲むわ」と言った。


「解呪薬を飲む」

「交渉成立だね」


 彼女の手に握られた白色の小瓶。僕の手に握られた緑色の小瓶。その二つをそっとテーブルに置いて、僕たちは向かい合った。


「乾杯の前に、キスをしてもいい?」

「……うん」


 指を絡めて触れ合って、もしかしたら最後かもしれないキスをした。どうしてもリラリーが欲しい僕は、やっぱり諦めが悪いから、触れるだけのキスから少しずつ口を開かせて、深く彼女に刻み込む。



 もし、解呪薬を飲んで、他の誰かへの恋を思い出したとしても、僕とのキスを忘れないで欲しかった。


 例えば、森の馬車道を通るときとか、暖炉の薪が爆ぜる音とか、ピクルスサラダの酸っぱい味とか。ふとしたときに、僕とのキスを思い出して欲しい。彼女に初めて触れた男のことを、ずっと忘れないで欲しい。


 お願いだから、上書き保存なんかされないで。


 満月の夜には、どうしても思い出してしまうくらいに、彼女に刻み込みたかった。


 惨めだね。でも、それくらいしか出来ないから。



 長いことキスをし続けていた。もう時間がないと思いつつ、どうしても離れがたい。最後に触れるだけのキスをして、彼女の唇がふやけていることに愉悦を感じてから、身体を離した。



「……じゃあ、乾杯しようか」

「うん」


 彼女の手には白色の小瓶。僕の手には緑色の小瓶。


「「乾杯」」


 カツンと良い音がした。史上最悪な乾杯の音だ。


 二人で同時にキュポンと蓋を開ける音を響かせて、二人同時に小瓶を傾けた。僕は、それをゴクリと飲み込んだ。



 残り、2時間。






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マシュマロ

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