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18話  13:30 煮詰めて考える僕

10月18日 22時30分投稿



「解呪薬……あぁ、そうだったわね。貴方、解呪薬を飲まないといけないんだったわ」

「ん? 僕??」

「だって、解呪薬を飲まないと、惚れちゃうでしょう? そしたら友情結婚だって、出来なくなっちゃうじゃない。まあ、このままキスで解呪でも良いけどね」

「あー……そうだったね、ははは」


 うっかりと、その設定を、忘れてた。



 仕方がないだろう。だって、僕は惚れ薬なんて飲んでいないのだから。


 そもそもに、現在近衛騎士に片足つっこんでいて、ルーンバルト家の嫡男で、将来は近衛騎士団長になる僕がそう易々と、怪しい薬を飲むわけもない。


 昨日の夕焼け小焼けの部室。そこで、僕は嘘を演じた。リラリーが差し出した小瓶を有り難く飲むフリをしたのだ。

 部室に響いた蓋を開けるキュポンの音は、背中の後ろで別の小瓶の蓋を開けただけ。そして、蓋の開いていない小瓶を傾けただけ。


 ということを、本当は彼女に伝えなければならないのだろう。彼女の全てが欲しい今、僕だって僕の全てを渡す必要がある。それがフェアというものだ。


 だが、しかし。全てを話すことがフェアだと言えるのだろうか。この場合、黙っていることがフェアになると言えるだろう。


 ―― リラリーが僕を好きだったとしたら、僕に黙って失恋薬を飲んだ(僕から逃げた)ということだよねーー?


 正直、そのことを考えると、割と腸が煮えくり返るほどに苛立つ。だって、そうだろう。三年間、僕は彼女を好きで居続けた。


 初めは瓶底眼鏡にモサモサ頭だったリラリーは、日を追うごとにキレイになっていった。

 髪はサラサラになり、いつの間にか眼鏡はしなくなり、肌は美しく、スタイルは良く、どんどん綺麗な女の子になっていった。

 一学年の半分が終わる頃には、誰もが恋する高嶺の花のリラリーの完成だ。ものすごく焦った。


 でも、焦ったって無意味だった。そんな綺麗なリラリーをエスコートするのは、いつだって兄だったから。

 兄にエスコートされて華麗に踊る美しいリラリーを、僕は目に焼き付く程に見入っていた。焼き付いた彼女の姿が愛しくて苦しくて、他の女性に誘われて仕方なく踊るときは、その女性をリラリーだと思い込んで踊っていた。惨めだった。


 翌日に教室で会うリラリーは、肩なんか出していなくて、普通の制服姿で、僕が『おはよう』と言うと、本から一瞬だけ視線を僕に向けて『おはよう』と返すだけ。

 勇気を出して話し掛けたときもあったけど、一言二言返ってくるのが関の山。


 彼女が忘れてくる教科書だけが、僕が近付ける理由で、時折窓から入ってくる爽やかな風に、彼女の香りが乗っかって届いてきた日は、それだけで眠れなかった。そんな日は、頭の中で何度も彼女を抱いた。


 それが三年間だ。辛くて、たまらなかった。


 正直、兄とリラリーが結婚した後だって、僕は諦めるつもりはなかった。

 どうせちゃらんぽらんな兄のことだから、リラリーを大切にしないだろうことは分かっていた。だから、僕は彼女を虎視眈々と狙って、包み隠さず言えば寝取るつもりでいた。


 それくらい、僕はリラリーが欲しかった。全身全霊をかけて、人生の全てをかけて、僕はリラリーが欲しかった。重くて結構、実際のところ激重だ。


 それが、片やリラリーは、僕を諦める努力ばかりをしていたかもしれなくて……くっそ、苛立つ。ダメだ、冷静になろう。今の段階では、まだ確定事項ではない。


 とりあえずは、解呪薬だ。


「解呪薬はどうやって作るの? 時間はかかる?」

「三時間ほどあれば。作り方は、やりながら見せてあげるわ」


 彼女は楽しそうに準備を始めた。僕は思った。結婚後、新居には彼女の薬草実験部屋を用意して、週末には薬草採集デートをしようと。


 ―― きっと喜ぶ


 煮えくり返っていた腸は、急速に冷えて元の位置に戻ってくれた。そう、これが三年間彼女に恋をしてきた単純な僕だ。




 彼女は何やらビーカーやアルコールランプなどを出し始めた。小瓶が乱雑に置いていない方の実験テーブルにそれらを並べる。


「丸底フラスコに純水と夜月草を刻んでいれる。それを三脚台の上に乗せて、下からアルコールランプで沸騰させて、煮出すのよ」

「他の四つの材料も?」

「いえ、それぞれ処理の仕方が違うわ。こっちの薬草は、リービッヒ冷却器を使って蒸留をするの。こっちは乳鉢で粉末にして水出し。あと、こっちは一度炙ってから、煮出すの」

「へぇ、面白いね。熱に弱い薬草と、強い薬草があるんだね」

「そうなの! 温度も適温があるしね。それに混ぜ合わせる量と順番も重要よ」


 ―― かっわいいーー!!


 意気揚々と語るリラリー。そりゃあもう、可愛い。可愛すぎて、一生部室にいてもらいたいくらいだ。

 きっと、兄と結婚していたのなら、こんな薬草実験なんて出来なくなっていたことだろう。僕と結婚して良かったと思って貰いたい。そのためにも、部室の器具を移設できるように準備をしておかねば。



 解呪薬を作っている間、ランチを食べたり談笑したり、和やかな時間が流れた。


 彼女があまりにも薬草の話を楽しそうにするものだから、僕も薬草のことを少しでも知ろうと部室内を見て回る。多くの本が並べられ、たくさんの実験器具が置かれていた。並べ方が雑なのは、彼女の良いところだろう。


 ふと、棚を見ると、黄色の小瓶と白色の小瓶が並んでいた。赤、青、緑は既に見ていたが、黄色と白色は初めましてだ。

 手に取ってみると、白色は空っぽであったが、黄色は満杯で封がしてあった。香りから察するに、塩味であろう。


「リラリー。この白色の小瓶と黄色の小瓶は?」

「白色の小瓶は、解呪薬用の小瓶なの。今作っている薬が出来たら、それに入れるわ」

「なるほど。黄色は?」

「黄色は……なんだったかしら?」

「可愛いね、また隠し事?」

「違うわ! 本当に記憶が定かじゃなくて……」


 おとぼけリラリーかと思いきや、本当に覚えていない雰囲気だ。ということは。


 ―― 失恋薬の効果で忘れられた記憶……恋愛に関する薬かな


 こりゃ、ほとぼりが冷めたら没収だなと思い、頭の中の没収リストに加えておく。

 後で忘れないように、黄色の小瓶も乱雑なテーブルに置いておこう。没収リストには、もちろん、赤、青、緑も入っている。テーブルごと消去だ、消去。こんな薬を黙って使われた日には、気が狂ってしまいそうだからだ。




 コポコポ……と、沸騰する音が部室に響く。


 解呪薬が出来上がっていく様を見ていると、相反して、湧いていた勇気が少し冷えていく。


 もし、彼女が忘れたいほどに恋焦がれていたのが兄であったなら。その恋を思い出して、僕との結婚を断るのだろうか。失恋薬も惚れ薬もない状態で、僕は兄に勝てるのだろうか。


 彼女が兄を見つめるその熱を、三年間も黙って見続けてきた僕だ。焦げ付いた嫉妬は、なかなか消えない。やはりどうしても、少し怖かった。


 コポコポ……と、鳴り響く音を聞きながら、僕はどうするか考えた。三時間、煮詰めて考えた。





「出来たわ」

「解呪薬、出来た?」

「ええ。バッチリ!」


 満面の笑みで掲げられた白色の小瓶は、液体で満杯になっていた。僕の期待も満杯になればいいのに、と思うくらいには、すでに自信がなかった。



「じゃあ、乾杯といこうか」



 でも、僕は逃げない。


 彼女に見せつけるように、ジャケットの右ポケットから未開封の緑色の小瓶を取り出して、そう言った。



 残り、3時間。






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マシュマロ

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