12話 2:15 僕の名前
10月17日15時30分投稿 R15
「待って、リラリー、ちょ」
ドサッと良い音と共に、僕はソファに押し倒された。
「待てないの。どうしよう、これ、すごいの」
「すごいのはリラリーだよ……うわぁ、、、凄いな」
僕の上に乗っかって、あちこちキスで攻めてくる天使のリラリーに、僕はどうしたら良いか分からなかった。残念なことに、されるがままだった。
―― 流される。ダメだ。意識を強く持て
「はぁ……ダメだよ、リラリー。か、解呪方法は?」
「ん、はぁ」
「リラリー、頑張って! えっと、夜月草は効く!?」
「……そのままじゃ、はぁ、効かない」
―― 薬にしないとダメなのか
「他に、解呪方法は!? うわっ、ちょっと見える見える! 隠して!!」
忘れてはならないが、僕たちは今、バスタオル一枚だ。バスタオル一枚で、媚薬攻防戦を繰り広げているのだ。こんなに心許ない装備があるだろうか。
「解呪……? はぁ、はぁ、」
「くっ、これ本当にマズいな。リラリー、どうすれば解呪できるの!?」
「するしか、ないの」
何を、とか聞いちゃいけないやつだろう。
―― する? するしかないの!? 嘘、どうするの、これ!?!
「えっと、僕が何とかすれば良いですか!?」
その手腕が僕にあるかどうかは別として、とりあえずは解決の糸口を見つけたい。
「だめなの。解呪は……」
リラリーが耳打ちで解呪方法を囁く。天使の声で、悪魔の囁きが降ってきた。
「……うわぁ、それ本気?」
とてもじゃないが言えない。耳を塞ぎたくなる程に、最高な解呪方法だった。最低だ。なんて物を作り出したんだ。凶悪すぎる。そもそもに、なんで媚薬なんて作ったのだろうか。
「嘘だろ、そんな過激な解呪方法しかないのかよ……」
「はぁ、もうむり」
僕の上で身体を揺らさないで頂きたい。
「リリリラリー、それはダメだよ!」
「なんでぇ? おねがい」
「え、可愛い……ってダメダメ!!」
「しよ?」
「うわぁ、可愛い……って、違う違う!」
「暑いぃ」
「待て待て待て!! ちょっ!! …………うわぁ、すごいな」
詳しくは説明できない。詳しくは言えないが、本当に、どうしたら良いやら。詳しくは言えない。
―― ~~~っ!!! だめだ、頑張れ、僕!!
「くぅ……待って待って! リラリーは、僕が相手じゃ嫌だろう!?」
「いやじゃ、ないわ」
「……え? そうなの?」
グラリと揺れた。
「いやいや、薬のせいだよ。気をたしかに!」
「はぁ、薬のせい、じゃない」
「ぇえ? ……いやいや、初めてでしょ!? ダメだって」
「貴方が相手なら、いい」
「ぇえ~~~???」
グラグラに揺れる。
好きな子が僕の上に乗ってキスをしながら『貴方なら初めてをあげても良い』とか言っているのだ。天使が下界に天国を作り出している。
正直に言おう、このまま流されたい。この激流に乗りたい。でも、ダメだ。それは流石にまずい。
僕はリラリーを愛している。すごく大切だ。僕が出会ってきたものの中で、何よりも大切だ。
だから、僕のことを大して知らずに、名前すら知らずに、身を捧げることになってしまうだなんて。そんなの絶対ダメだ。
彼女が大切だからこそ、僕は拒む。リラリーを心から愛していて、彼女が心から愛する男に捧げて欲しかった。
―― これだけは使いたくなかったが、切り札だ!!
「ん……はぁ、婚約者のことを思い出して!」
「ふぇ?」
「リラリーには婚約者がいただろう!?」
「はぁ、ん、……婚約者?」
「そう、若草色の!」
「若草色?」
とろりとした瞳で、キスをしながら、リラリーは何かを思い出すようにした。
「分からないわ……若草色。なぁにそれ……?」
「リラリーの好きな人だよ。思い出して」
「好きな、人?」
「リラリー、頑張って。忘れないで」
「わすれ……? 好きな、人……」
手応えありだ。
「そうだよ。あんなに恋する顔で見つめていたじゃないか!」
「好きな人。そう、好きな人がいた」
リラリーの瞳が、揺れた。何かを思い出したように、キラキラと瞳を輝かせて、顔を赤くした。嫌になるくらい、何度も何度も見てきた顔だ。兄の若草色に夢中になって、恋をしている顔だった。
―― 最悪
真っ黒になるほどに嫉妬した。僕の上に乗っかって、こんなキスをしておきながら、僕の名前すら知らない。でも、兄のことを思い出すときは、こんな顔をするんだ。最悪だ。
心が焼かれて、焦げ付く。苦しい。
「リラリー……」
僕は、悔しくて切なくて。愛しい彼女の名前を呼んで、優しくキスを返した。
すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。見たこともない微笑みで、すごく幸せそうだった。こんなリラリーを見るのは初めてで、胸がぎゅうっと掴まれた。
「リラリー?」
僕が呼び掛けると、彼女は恋をしている顔で、その名を呟いた。
「……ルカ・ルーンバルト」
ドクンと、胸が跳ね上がった。まるで、僕が媚薬を飲んだかのように、身体中が熱に支配される。
―― なんで……?
「ここで、それは、良くないよ……」
「ルカが、好き」
黒く焦げ付い心に、それが降ってくる。パチッと、爆ぜた。
「……リラリー」
止まらなかった。もう止められなかった。上に乗っかっていたリラリーは、いつの間にか僕の下になっていた。降ってきていたキスは、今度は僕が降らしていた。
全部、僕のものだ。誰にも渡さない。絶対に渡さない。この唇も、肌も、声も、吐息も。彼女の全ては僕だけのものだ。
だって、彼女が初めて呼んでくれた。恋する顔で呼んでくれた。三年間で、ずっと隣で、あんなに毎日近くにいたのに、一度も呼んではくれなかった。
僕の、名前を。
残り、14時間。




