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9回目  0:14 バスタオルの僕

10月16日20時10分投稿



「うわぁ、すごい雨……」


 幸運が降ってきた。


 僕たちは、なるべく早く移動をしてみたが、全速力を出したところで意味のない程の、大雨に見舞われた。


「リラリー、大丈夫? 寒いよね」

「ええ、夜月草は無事」


 僕はリラリーの心配をしているというのに、いらん薬草の容体についての返答がきた。こういうところが、本当に堪らなく愛おしい。


「すぐに火を起こして、風呂に湯を張ろう。リラリー、外套を脱いで、そこのタオルで身体を拭いて」

「随分慣れてるのね」

「うん、何度か来たことがあるんだ。割と綺麗でしょ?」

「森の小屋の割には、確かに綺麗ね」


 ここは騎士団所有の管理小屋だ。僕が慣れているのも当然。ここで一週間ほど過ごしたこともある。獣が街に行かないよう、時折、交代で泊まり込んで、獣退治や見張りをしているのだ。

 まだ学生であるにも関わらず、半分ほど騎士団に入っている僕には、こういう雑用的なものが回ってきたりもする。兄の功績(失態)のおかげだろう。

 ルーンバルト近衛騎士団長の息子だとしても、甘やかしてはくれない。社会とは、そういうものだ。



 さて、有り難いことに、ここには一通りの生活用品が常備されている。清潔なタオル、二つのベッド、マッチや薪、水。

 手ぶらで来ても、一晩くらいなら何とかなる。管理小屋兼、迷子のための森のセーフティーネットみたいなものだ。



 僕は、手早く暖炉に火をつけて部屋を暖め、次に風呂の準備をした。湯を沸かしている間、……いや、もはや雨の中で走っている間から、ずっと考えていた。


 ―― しまったぞ、着替えの用意、全く無い


 あまり語って来なかったが、何を隠そう、僕たちは制服のまま森に来ている。勿論、外套の下には何らかの毛皮の暖かそうなやつを着てはいるが、基本装備は制服だ。

 だって、王立学園から直接ここに来てるんだから制服に決まっているだろう。朝だって、我がルーンバルト家から普通に登校したんだ。

 放課後に、森でデートをするとは思わない。よって、着替えなどあるわけもない。そうだろう。


 これを僥倖(ぎょうこう)と取るか、奇禍(きか)と取るか。それが問題だ。


 僕は別に良い。リラリーは見るのを嫌がるかもしれないが、タオルでも巻いておけばオールオッケー、全然問題は無い。


 問題は、リラリーだ。


 現在、真冬の2月。時刻は23:30。正直、寒い。ガタガタ震えるレベルで寒い。下着までビッチャビチャの衣服を着たままでは、風邪を引くというか、普通に死ぬ。

 よって、リラリーが死ぬか、僕が死ぬ気で我慢するか。この二択だ。勿論、僕は後者を選ぶ。


 

 風呂の準備を終えて、意を決して部屋に戻ると、ガタガタ震えるリラリーがいた。危うく前者になるところだった。


「リラリー。もうすぐお風呂に入れるよ。……それでね、とても言いにくいんだけどね」

「分かっているわ。着替えがないのよね?」

「……うん。そういうところ、本当に好き」


 すると、リラリーは、暖炉の前で仁王立ちになった。


「他の誰のせいでもない。私自身が、軽装のまま森に行くと言ったんだもの。ガタガタ文句を言うつもりはないわわわわわわ」


 尋常ではなく歯をガタガタさせながら、格好良いことを言うリラリーに、僕も震えた。

 さすが僕の愛するリラリー。そんじょそこらのご令嬢とは、感覚が結構違う。逆に心配になる、大丈夫かな。


「僥倖なことに、清潔なバスタオルは幾つかあるわ。これを巻いて、一晩を明かしましょう」

「そうだね、本当に僥倖だ」


 奇禍ではなく、僥倖ということになった。


「さあ、バスルーム……というには簡素だけど、使っておいで」

「いざ!」


 リラリーは、何故か気合い十分に温まりにいってくれた。





「さててててて、今のうちに着替えるかかかか」


 至って冷静な様に聞こえるかもしれないが、僕だって尋常ではなくガタガタしている。リラリーに気を使って脱ぐのを我慢していたが、尋常ではなく寒い。


 急いで濡れた制服を脱ぎ捨てて、急いで身体を拭いて、とにかく急いでバスタオルを巻いた。暖炉の前に制服を干してみると、湿度も上がってきて、少しずつ指先の感覚が戻ってくる。


「リラリーのために、コーヒーを温めておこう」


 ルナ・レストランで包んで貰ったコーヒー。苦味がちょうど良いと、リラリーがよく注文していたコーヒーだ。



 苦味。苦味といえば、緑の小瓶だ。



 先程遭った、獣との戦闘――やたら簡素な戦いで言及したが、僕は嗅覚と聴覚がとても良い。そういう風に、鍛えられているからだ。

 何せ、王族の護衛だ。異変に気付くべく、鍛えられる感覚は鍛えておくのが、ルーンバルト家の家訓なのだ。


 よって、彼女が、たった今湯船にちゃぽんと入った音も、よーく聞こえている。ほのかに香る石鹸の香りから、身体を軽く洗った後に湯船に入ったのだろうことも分かっている。大変、残念だ。いや、そんなことを言いたいわけではない。何が言いたいか。


 飲まなくても分かる。緑の小瓶の失恋薬は、苦い味であるということが。


 正直、薬草学研究部の部室に入った瞬間から分かっていた。勿論、緑色の小瓶が失恋薬であることなど知らなかったが、苦い味がするのだろうことなど、蓋が閉まっていたところで、すぐに嗅ぎ分けられた。


 ―― 混ぜるなら、コーヒーだな


 因みに、赤い小瓶は酸味だ。だから、レストランでピクルスサラダを注文したのだ。とは言え、赤は食べ物アレルギーの薬だから、使用する予定は無くなったが。


 緑色(失恋薬)の小瓶と、青色(惚れ薬)の小瓶。


 飲ませることは、もう決めている。兄を忘れさせるだけなら緑だが、僕を好きになって貰うには青だ。今後の展開を考えると、青を飲ませたい。


 でも、青を飲ませることへの抵抗が……少し、ある。だって、僕は本当にリラリーを愛している。だから、彼女のことが大切で仕方がない。

 そんな大切な彼女の感情をねじ曲げるわけだ。その罪を背負って、一生隣りで笑っていられる覚悟が、まだ出来ていない。


 そして、まだ諦めきれていない。惚れ薬ではなく、自然に惚れてもらいたい。もう少し頑張りたい。勘違いかもしれないけど、段々と、少しずーつ、彼女がキスを受け入れ始めているような……気がしている。


 でも、緑色(失恋薬)の小瓶を使う覚悟ならあった。

 兄をよーく知っている僕は、リラリーが兄を好きなままで幸せになれるとは思えなかった。この罪を背負う覚悟なら、とっくに出来ている。

 だから、先に緑色を飲ませるかとも思ったが、青を飲ませるなら緑は不要だ。(リラリーが作ったとはいえ)不要なものを、彼女の体内にあまり入れたくはなかった。


 ―― まだコーヒーはある、時間もある


 青色(惚れ薬)を飲ませるかどうか、決めるのが先だ。結局、コーヒーには何も入れなかった。





「森の中で入るお風呂も、なかなか悪くはないわね」


 ため息交じりに苦いコーヒーを飲んでいると、簡素なバスルームのドアが開いた。開口一番で、こんな感想が飛び出してくるだなんて、やっぱりリラリーは良い。可愛い。

 

「温まった? コーヒーがあるよ」


 僕は見たい欲を思いっきりねじ曲げて、パチパチと()ぜる暖炉の薪の一点だけを見つめた。死ぬ気で我慢するって決めたから。絶対に、爆ぜない。


「ありがとう。ストーカーさんも、早く温まってきた方がいいわよ」

「……その呼称、割と役に立ちそうだね。行ってくる」


 ストーカーさんという呼称で、幾らか冷静になった僕は、スッと立ち上がってバスルームに向かう。勿論、絶っっっ対にリラリーに視線は向けなかった。不自然なまでに遠回りをして、やっとこさバスルームのドア前まで辿り着いた。緊張感のある旅路だ。


「あ、待って」


 開きかけたドアを止めるように、リラリーが僕に声をかけた。


「なに?」


 ドアノブの一点だけを見つめて答えると、リラリーは「0:14よ」と言った。


「夜月草はあるけど、まだ解呪薬を作ったわけではないわ。解呪薬が出来あがるまでは、24時間連続キスは続けた方が無難だと思う」

「そ、そうだよね。確かに、その通りだ」


 ―― 嘘だろ……この状態でキスするの?


 あんなに待ち遠しかったキスの時間が、今となっては凶器のように襲ってくるわけだ。今は、夜月草の有り難みが分かる。いらん薬草とか言ってごめん。もう何でもいいから、そのまま食べてしまいたい。……夜月草を。


「九回目、お願いできるかな?」


 僕は目を瞑って、クルリと振り返った。ここまで八回もキスをしているが、目を瞑ったのは初めてだ。


 目を瞑る僕に、リラリーが近付く音がする。入浴直後の香りが、ふわりふわりと漂ってくる。鋭い感覚たちが、今は憎らしい。


 ―― あと、10cm……


 目を瞑っていたって、リラリーとの距離なんかすぐ分かる。今、どんな格好をしているのか。髪は少し濡れていて、背伸びをして、バスタオルを巻いて、その下は。


 ―― し、死ぬ……


 もう無理だと、情けない僕が音を上げそうになった、その瞬間。リラリーは、チュッと口付けをしてくれた。


「見てもいいのに。律儀ね」


 そういうこと、言わないで欲しい。

 ドキドキしすぎて、死にそうだ。


 残り、15回。

 


 

 




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マシュマロ

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