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0回目 16:30 振られて小瓶を渡される僕



「ずっと好きだった。初めて会ったときから、ずっと。卒業したら、僕と結婚してほしい」


 窓辺から夕日が差し込む、王立学園西棟の一番端の部屋。オレンジ色の夕焼けは、僕の赤い顔を隠すに丁度良い。


 ―― 言った。ずっと言えなかったけど、言った! とうとう言った!


 卒業式まで、あと一ヶ月。この機を逃せば、もう彼女と向き合うなど無理な話。そうなる前に、素直な想いを伝えたかった。

 昨日でもダメで、明日でもダメだ。絶対、今日。今日しかないと思った。だから、僕は言った。頑張った。


 煮詰まったような夕日を背負って、ニコリと笑って勇気を出して、彼女に愛を伝えた。


「……リラリー、返事を聞かせてもらえるかな?」


 この沈黙に、心臓が押しつぶされそうになる。それでも一歩近付いて、リラリーに優しく問い掛ける。

 すると、彼女は金色の髪を揺らしながら、こてんと首を傾げた。首を、傾げられた。


「あなた、誰?」


 急に、耳が遠くなった。耳の奥がキーンとする。


「ごめんね、リラリー。もう一度、聞かせてもらえるかな?」

「あなた、誰?」

「可愛い声だね、もう一度」

「あなた、誰?」

「ははは、パードゥン?」

「フーアーユー?」


 耳だけでなく、意識も遠くなった。コレは一体、どういうことだろうか。


「……何の冗談かな? まさか、僕のことを知らないとでも?」


 敢えて、にこやかに困った表情を向けてみると、リラリーは「あ~……」と言って、残念なものでも見るかように、何回か小さく頷いた。


「います、います。こういう自信過剰な男のヒト」

「ジシンカジョウ」

「どこのどなたか知りませんが、だいぶ恥ずかしい感じになってますよ?」

「ドコノドナタ」


 ―― え? え? 僕、今、恥ずかしいの!?


 僕は驚愕した。

 だって、誰もが恋するリラリーに! 高嶺の花であるリラリーに! 一番近いのは、僕だと信じていたからだ。

 そりゃあもう、高い(みね)だったから、頑張って登ったとも。絶壁だったから、爪が削れるほどに登ったとも!


「ちょ、ちょっと待って。リラリー、本当に僕のこと知らない?」

「爪の先ほども知らないです」


 爪痕も残っていなかった。


「本当に? 冗談だよね? いくらでも待つから、よく思い出して! 半世紀は待てるよ?」

「えーー、なんか……しつこい……」


 ―― がーーーーん!!!!


 悪戯っ子の可愛い冗談かと思っていたが、そうでは無さそうな雰囲気だった。ザクリと心の柔らかいところを(えぐ)られた。

 思わず焦げ茶色の髪ごと頭を抱えたくなるが、どうにか堪える。それでも、どうにも堪えきれずに僕は少し俯いた。


 確かに、普段リラリーと話すことはあまりなかった。勿論、一言二言くらいなら会話をすることもある。名前こそ呼ばれたことはないけれど、毎日挨拶くらいはする。彼女に挨拶をして、挨拶が返ってくるのは僕くらいだと思う。


 かと言って、僕らは友人というわけではない。それでも、リラリーに存在を認識されていないだなんて、そんなことは有り得ない。そして、有り得ないことが目の前で起きている。これが現実。


 ―― (まっしろ)


 ショックを受けすぎて、僕の頭も顔も、真っ白だった。窓から差し込むオレンジ色が、僕の純白の顔色をどうにか誤魔化してくれていた。

 この時間を選んで良かった。泣きたい。


「というわけで、貴方とは結婚しません。もし失恋でツラいなら、これをあげます。恋心の廃棄に、どうぞお納めを」


 リラリーは、そこらへんに置いてあった小瓶を手に取り、コトリと可愛い音を立ててテーブルに置いた。小瓶を置くときの音すら可愛くて驚く。


 ―― は、初めてのプレゼントだ……!

 

 リラリーから何かを貰うのは初めてのことで、僕はちょっと浮き足立った。


 でも、いかんせんテーブルが汚い。テーブルには、そこかしこに小瓶が乱雑に置かれていて、とてもじゃないが清潔なものだとは思えなかった。

 赤、青、緑……三色の小瓶が、あちらこちらにバラバラに散乱してグチャグチャに置かれている様に、僕は目がチカチカとして目眩がした。


「これはなに?」

「これは、薬です」

「薬?」


 僕は、テーブルの上の小瓶をカチャカチャと適当にどかしながら、リラリーがプレゼントしてくれた薬の小瓶まで手を伸ばした。


「なんの薬だい?」

「失恋薬。これを飲めば、私への恋心を燃えるゴミにポイッと捨てることが出来ます。ストーカーになられても困りますし」

「ストーカー」


 ―― がーーーーん!!!


 僕の燃えるような恋心が燃えるゴミだと、この上なく迷惑だと、彼女の顔に書いてあった。こんなことあるだろうか。胸が痛い。


「そそそそうだね。リラリーの気持ちは痛いほど分かったよ。本当に、痛い。それで、なんの薬だって?」

「失恋薬です」

「失恋薬」


 ―― 精神へ働きかける薬は、製造禁止に指定されているはずだけど


 僕は少し訝しげにしながら、そう言えばと思い返した。


 ―― この部室……あぁ、リラリーはここで『薬草学研究部』を立ち上げていたんだ


 ちなみに、部員はリラリー、ただ一人。やりたい放題だったのだろう。まさか失恋薬を作っているとは、さすがの僕も苦笑いだ。


「この失恋薬、リラリーが作ったの?」

「そうです」

「ふぅん?」


 僕は、小瓶を夕焼け小焼けの光にキラリと当てた。2月の夕焼けは、少し黄色混じりのオレンジ色だ。それが小瓶に当たって、やたらキラキラと輝いていた。


 ―― 恋心を廃棄って……ツラい


「見ているだけで気持ちが冷めそう。ものすごく効果があるね」

「お誉めにあずかり光栄です」

「ははは……念のため、有り難く飲んでおくよ」


 僕は、そう言って小瓶を手に持った。キュポンと蓋を開ける音が、西棟の部室内に響く。


「頂きます」

「召し上がれ」


 リラリーが餞別にくれた失恋薬だ。躊躇せずに小瓶に口を付け、一気に傾けた。それをゴクリと飲み込んで、やたら汚いテーブルに小瓶を戻した。


「へぇ、甘い味で結構美味しいね」


 僕がそう言うと、リラリーが目を見開いた。


「甘い味?」

「あぁ、ハチミツみたいな。パンケーキにかけたら合いそう」


 口の中を確かめるように、もう一度それをゴクリと飲み込んで、彼女に感想を伝えた。

 すると、僕の感想を聞いたリラリーは、「えっ」と小さく声を出して、目を泳がせた。


「……何かあった?」

「いえ、何も。ぴ~~ぴゅ~♪(口笛)」


 下手くそすぎる嘘に、一周回って尊敬する。


 リラリーは口笛を吹きながらも、小瓶を確認しようとしていたが、テーブルの上は既に小瓶だらけ。満杯の小瓶もあれば、空っぽの小瓶もある。どれが僕が飲んだ小瓶なのか、見分けがつかない様子だ。

 僕は「ピューーッ!!」と強めに口笛を吹いて、彼女の下手くそな口笛の音色を止めてやった。リラリーの目は、泳いだままだった。


「……なんか、嫌な予感がする。リラリー?」

「ところで、話は変わるんだけど、飲んだ薬は緑色だったかしら?」

「ところで、話は変わらないけど、青だった」

「それは良かった、緑ね」

「青」

「緑」


 譲らないリラリーに、僕は「うーん」と困ったような微笑みを向けて、一歩二歩三歩、移動した。

 すると、そこにはちょうど窓があって、窓に映った僕の瞳が緑色に輝いた。


「……あぁ、もしかして、夕焼けのせいかなぁ」

「夕焼け?」

「見て。僕の瞳は薄い青色なんだけど、今はオリーブみたいな緑色に見えるだろう? 小瓶は青色だったけど、夕焼けのせいで緑色に見えたんじゃないかな」


 淡々と告げると、リラリーは「やっちゃった」と呟いた。


「もしかして、失恋薬じゃない他の薬を渡したとか?」

「そうみたい」

「……はぁ、困ったな。一体なんの薬を飲まされたっていうんだ? 胃腸薬とかだと、嬉しいんだけど」


 リラリーは少し気まずそうに「青色で甘い薬は、」と言って続けた。


「惚れ薬」


「はーーーーぁ!?」


 

 こうして、僕とリラリーの24時間攻防戦が始まった。







お読み頂き、感謝いたします。

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