第七十二話 異変
土曜日と日曜日は朝の鍛練は一人で行った。綾芽は月曜日に完全攻略出来るようにと《桜花の誓い》のメンバーと倉敷ダンジョンで練習をすると言って、両日とも朝早く出て行った。
僕は土曜日は自動車教習所に行って説明を受けて、そのまま入所の手続きをした。九月から通うことにして、早ければ一ヶ月と少しぐらいで免許を取ることが出来るらしい。
日曜日にはポーション類のストックを増やすため岡山ダンジョンの攻略に向かった。狙い通り宝箱から中級ポーションをゲットして更にマジックアイテムも得ることが出来た。僕だけで攻略するときには何故か銀色の宝箱が出てくる。パーティで攻略するときには銅色の宝箱なのに不思議だね。
マジックアイテムは自動マッピングツールというもので名前の通りの性能らしい。完全攻略されているCランクダンジョンでは、ほとんどのダンジョンの地図情報は無料で取ることが出来る。不人気ダンジョンがサービスしないと誰も人が来ないダンジョンになってしまう。
Bランクダンジョンからは情報にもお金がかかる。プロの探索者はBランクからと言われるだけあって、収入も大きく変わって来る。だから情報にもお金をかけるし、情報を売ることが出来るようになる。Bランクダンジョンに行くまでは収納しておこう。いずれ役立つアイテムである事は間違いない。
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今日は月曜日、倉敷ダンジョンの二十六階層のセーフティーゾーンに転移してきた。
「今日で倉敷ダンジョンを完全攻略するよ!」
《桜花の誓い》のメンバーの気合いが凄いことになっているよ。もっと肩の力を抜いて普段通りの力が出せれば結果はついて来るだろう。攻略を開始した。
攻略は至って順調に進んだ。土日の練習が活きているのか、魔物によってフォーメーションを変えながら討伐していく。ゆっくりとだが、確実にゴールへと向かって行った。
異変が起きたのは三十階層、このダンジョンの最終階層だ。この階層も途中までは順調に攻略できていた。だが、一気にダンジョンの様子が変わった。魔物がざわめきだし、大きな移動が始まった。
ダンジョンの奥から階段の方へ、つまり僕達の方へと魔物が殺到して来た。とても相手に出来るような数ではない、慌てて魔物の進路を横切るように移動した。その移動する途中に見えた。黒いとてつもなく大きな魔物がこちらに向かってきている。その魔物から逃れるために他の魔物の移動が始まったのだろう。
階段の方に逃げても他の魔物でいっぱいだ。そのまま魔物の進路を横切るように進んでいく。幸い大きな魔物の進路は階段の方に向かっている。やり過ごした後にボス部屋の方に向かって行くのが良い選択になりそうだ。
「黒くて大きい魔物が通った後に、ボス部屋の方に全力で走るぞ。他の魔物はいないだろう。とにかくなにも考えずに全力を尽くして走るんだぞ。今の僕達に相手が出来るような魔物ではない」
なんか金曜日の探索の時に綾芽がフラグを立てたっぽい事を言ってたんだよな。まさかこんなことが起こるとは思わなかった。フラグが回収されないように全力を尽くすのみだ。最低この五人娘を無事に帰さないと、保護者として失格だよね。
魔物が通過するのを待っていると、突然魔物の進路が大きく変わった。何故か僕達の方に向かって来たのだ。魔物の前を走る人がいる。そいつが僕達に魔物を擦り付けに向かって来た。
「やばいぞ、あいつが僕達に魔物を擦り付けに来る。考えている時間はない。僕が時間を稼ぐから、皆は予定通りボス部屋目掛けて全力で走れよ。なにも気にせずに全力で走るんだぞ」
「お兄ちゃん一人を置いていけないよ」
「僕はAランカーなんだよ。それに皆がいたら足手まといなんだ。他のことが気になって戦えないんだよ。綾芽は皆のリーダーなんだ、ちゃんと皆をリードしていけよ。ボス部屋の前で集合しよう」
ご丁寧に擦り付けに来た奴は、通りすがりに口角を上げやがった。
「皆、全力で走れ!」
近くに来て分かった。相手はビッグボアの変異種のようだ。二トントラック程の大きさがある。僕はファイヤーボールを黒いボアの目に向かって撃っていく。タゲを取ったようだ。綾芽達とは逆方向に向かって走った。ここまで来れば綾芽達を追いかけることはないだろう。後はどれだけ時間稼ぎが出来るかが勝負だ。
ボアと向き合い刀を構える。勝負は一瞬、すれ違いざまにボアの足元に向けて全力で刀を振り切る。
刀が折れて、僕は吹き飛ばされた。何度も地面に打ち付けられた。体中が悲鳴を上げている。このバトルスーツを着ていないと一発でやられていたな。白いジャケットはもうボロボロになっている。このままだとヤバいな、武器もなくなってしまった。