お見舞い
目が覚めても、視界は暗かった。
「なるほど。魔力暴走……」
くぐもった誰かの声がして、耳に何か当たっていることに気付く。指で触れると包帯だと分かった。耳に怪我を負ったのではなく、目を塞ぐ形で巻かれた包帯が耳にまで及んでいるらしい。
「ん……」
これが夢なのかそうでないのか、声を出してみると意識がはっきりしてくる。
「アレイヤ嬢、気が付いたかい?」
耳の包帯を動かして音を拾う。場所は分からないけれど、複数の人間の気配がする。
「ここは学園の外の治療院だよ。魔力暴走を起こして倒れていたんだ。覚えているかい?」
「魔力暴走……? というか、あなたは」
「殿下、やはり目が見えない相手に名乗らないのは……」
「ああ、そっか。自分から名乗るなんてことあまりしないから、つい」
「レオニール殿下、と、ゼリニカ様ですか?」
二人の声のやりとりで察しがついた。ゼリニカの声は特徴的というか、担当声優さんの声を山ほど聞いていたからよく分かった。
「あなたほどの魔力量を持つ魔法使いが魔力暴走を起こすだなんて、どうしてしまったんですの? まさか、授業で手を抜いたのではなくて?」
見えてはいないが金髪碧眼の悪役令嬢然とした佇まいで私を追及しているらしい。
目が見えていないからか、転生した事実を忘れてドラマCDを聞いている気分になる。
「手を抜いて魔力暴走とは……。面白いことを言うね、ゼリニカ嬢は」
ははは、と余裕のある笑い声を上げるレオニール。
「お二人はどうしてここに? お見舞い……ではありませんよね?」
現在王太子となっているレオニールと、公爵家の令嬢のゼリニカが元庶民の男爵令嬢を見舞う理由がない。声をかけてはくれるが、親しい間柄と言うには家格が釣り合わない。
だったら、今回の件の話を聞きに来たと考えた方が自然だ。
「お見舞いも兼ねていますわよ。見えていないでしょうけれど、今あなたの周りには無数の花で溢れていますわ」
「え、お花ですか? 見たかったです」
「全部百合ですわ」
「ゼリニカ様、ご存じだと思いますがそれだといずれは窒息してしまいます。それから花がないことは香りの点で否定できます」
冗談で済ますには聞き流せないのと、クロードとは違ってノータイムでツッコミを入れられないのが貴族社会の難しいところだと再認識する。
ゲームと同じく選択肢が出てくれれば楽なのに。
「うん。元気そうで何よりだね」
「ですわね、殿下」
レオニールとゼリニカの二人が下位貴族の私に接してくれるのは、十日ほど前に起きた悲しい髪切り事件がきっかけである。
前王太子で現在謹慎中のアルフォンが、婚約者だったゼリニカとの関係を破棄したいがために私は利用され、長く伸ばしていた髪をばっさりとロイドというアルフォン派の貴族に切られた。
ロイドが実行犯でアルフォンが指示したことを、犯人役にさせられそうになっていたゼリニカと、証人として同席してもらったレオニールの前で指摘した。それがきっかけになって、興味を持たれてしまった。
光属性の私に、ではなく、探偵としての私に。
――探偵ではありませんけどね?