校長、そして相談
校長室にいるのは部屋の主であるヨハネス。
そしてアポを取ったラヴの二人。
「相談というのは?」
「はい。……実は近々一〇一班で中間試験お疲れ様会をするのですが、そのときに私が吸血鬼であることを打ち明けたいんです」
どうせ行軍するときには伝えなきゃいけないのだ。
ならば半年早くても問題ないだろう。
それに早め早めに言っておけば四人の心労も減ると言うもの。
そうダメ元で頼んでみると――
「ふむ。良いでしょう」
「え……良いんですか?」
てっきりもっと粘られるかと思っていたが、予想以上にあっさり引いたヨハネスに肩すかしを食らう。
あれほどまでにダメだダメだと念押しされていたのにどうしてすんなり許可するのだろう。
ラヴが不思議そうに見つめていると、ヨハネスは一息ついて事情を話す。
「ラヴくんはこれまでずっと約束を守ってくれていましたから、口の堅さには信頼できます」
入学手続きをしたその日、ラヴとヨハネスが交わした約束は二つ。
候補生を襲わないこと。
吸血鬼であることを口外しないこと。
たったそれだけだったので当時のラヴは簡単に引き受けたのだが、友達に隠しているとバレていてなお隠し事をするのは思いのほか心にくる。
「で、では、それともう一つ。班員を、せめてカティだけでも一緒に住まわせてくれませんか?」
カティはどんなにつらくても限界が来るまで独りで全部抱え込んでしまう。
そうして堪えて堪えて、堪えきれなくなったものが前の混乱だ。
そうなる前に相談して欲しい。
それが難しいのであれば普通の守護天使のように一緒に暮らして彼女の異変に気付いてあげたい。
「しかしラヴくん。貴女はスラムで人を殺めましたよね? 獣人の子どもを」
「……はい」
バレているだろうとは思っていたが、こうも直接言われてしまうと緊張する。
ここにノーマンがいなくて本当に良かった。彼がこの場にいれば今度こそ殺されていたかもしれない。
「しかし、候補生は襲っていません」
虚勢ではあるものの、まっすぐヨハネスを見て決意を固める。
スラムの住民を殺したからなんだ。
ヨハネスとの約束である候補生を襲わないという条件は食欲に抗いながらちゃんと守っているし、そもそもスラムの住民は市民ではないので現行犯でもない限り捕まりはしない。
衛生管理も大丈夫だ。
ちゃんと食べなかった部分は地中深くに埋めているのでそこらで孤独死するよりよっぽど良い。
これが未来ある少年を殺したというのなら国益に反するだろうが、スラムの住人に未来があるだろうか。
生きていても将来犯罪者になるだけの存在ならせめて娯楽の潰しになってくれた方が有益なのではないか。
ラヴは人の命の重みをそんな価値でしか測ることができなかった。
「スラムの住民を殺したいというわけではないんです。消去法的になっただけで、本意ではありませんでした」
常日頃から誘うような甘い香りを放つ候補生だがヨハネスとの約束もあり候補生を襲うわけにも行かず、今までは奴隷を買うことで我慢していた。
しかし奴隷は高価で一候補生がポンポン買えるような値段ではない。
だからと言って法律で守られている市民を害せば憲兵に追われてしまう。それに生産性のある人を殺すのはいけないことだ。
だから、殺すのはスラムの住民。
「……ラヴくん。一つ聞かせてください」
「はい」
「貴女は、何故人を殺すのですか?」
何故。
そんなもの、一つしかない。
「愛しているからです」
「愛……? 人を殺すことが?」
ラヴは人が好きだ。
ラヴは昔から何でもできた。
習い事も、勉強も、運動も、美容も、芸事も、芸術も、音楽も、そして努力も。
だから、完璧でない人たちが可愛くて可愛くて仕方がないのだ。
「一緒にいたい。だから食べる。一緒になりたい。だから食べる。不思議なことではないと思いますが」
「……そう、ですか」
「でも、皆は食べません」
それは禁止されているからではない。
食べたら一回きりだ。その瞬間には強烈な快楽を得られるが、そこに持続性はない。
だから本当に大切な人は楽しんで楽しんで、楽しみ続けて最後に頂く。そこにはきっと確かな愛があるのだ。
「だからカティには手を出さないと誓えます。私誓ったら守ります!」
「……良いでしょう」
「本当ですか!?」
ラヴは言われたことは守るタイプだ。
そこはヨハネスも疑ってはいない。
ならば今のうちから班員たちと交流させ、情を湧かせた方が得策だろう。
ヨハネスはそう判断すると、身体の力を抜いて椅子にもたれかかった。
「ただし、その四人を殺すことは生涯許しません。それでも誓えますか?」
「生涯……分かりました。きっとできます」
大切なカティを守りたい。
それができるのなら遠い将来愛する人たちを殺せなくても我慢してやる。
それでカティを始めとする一〇一班の皆と一緒にいられるのなら、未来の自分もきっと悔いはないだろう。
「決意は堅いようですね」
「はい」
「……分かりました。では部屋移動の申請を事務課に提出するよう班員に伝えてください」
「ありがとうございます! 校長先生!」
元気良く返事をして、笑顔で退室するラヴ。
その姿は年相応の――普通の少女のようだった。




