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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第三章 軍学校と吸血鬼・後期
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出発、そして帰還

 農村部の夜は早い。

 特に北部では明かりに燃料を使うなんて贅沢も良いところ。

 それよりも先に暖を取らなければ凍えて死んでしまうような土地ばかりなのだ。


 基本的に日が沈む前に夕食を食べ終え、日没と共に就寝するのが日々の生活習慣だった。


 故に当然ラヴが活動を開始する頃には村人たちはぐっすり眠り、出発の挨拶も最小限の人数で行われた。


「それでは、皆様もお元気で」

「お肉、本当にありがとうございました」


 別れを惜しむもラヴたちには中間試験で好成績を修める必要があった。


 四方が山で囲まれた村は夜になると一寸先も見えなくなる。

 昼行性だけで構成された村。きっともうあちらからはラヴたちの姿は見えないだろう。

 それでもラヴたちを最後まで見送ろうと、森の陰に隠れるまでずっと手を降り続けていた。


「うーん……」

「ラヴ、大丈夫?」


 結局昨日、カティたちは一口食べて完食を諦めた。

 その代わりラヴは味覚はともかく胃袋には自信があったため彼女たちが食べきれなかった分を全て平らげた。

 途中から何となく事情を察したノーマンも一緒に食べるようになったものの、その負担は翌日まで響いてしまう。


 ――あの毒草もといハーブさえなければ美味しく平らげられたのに……。


「お水たくさん飲んだから大丈夫……」


 ラヴの食べた物は胃に届いた時点でどこかに消える。

 以前食後にノーマンと訓練をしていたら鳩尾に一撃を食らってしまいあまりの気持ち悪さに吐いてしまったことがあった。

 しかし口から出てくるのは胃液ばかり。一瞬で消化できるのかどこかに消えるのかは分からないが、とにかく胃の中にはもう何もなかったのだ。


 つまり、吐いたところでこの気持ち悪さは消えないのだ。


「うーん……」

「ラヴってもしかして野菜食べられないの?」

「そんなことはないんだけどー」


 ラヴが食べられないのは主に匂いがキツい草だ。

 特に口に残る苦さ、舌に残る辛さ、鼻につく臭さがあるものがダメなのだ。

 水を飲んだら多少は良くなるのだが、それでも胃の中のムカムカは時間を掛けないと消えない。


 胃の中にはないはずなのに。


「ラヴは……」

「なに?」

「……何でもございませんわ」


 そろそろ自分の種族を誤魔化すのが厳しくなってきたと感じ始めるラヴ。

 どうせ来年度になれば伝えなくてはいけないのだから今言っても良いのではないかと思うのだが、残念ながらそれはラヴの一存では決められない。


 仲間に隠し事をしている罪悪感。

 その痛みはラヴの心をチクチクと刺していった。


 ◆


 三日後。

 ラヴたち一〇一班の帰路は何事もなく、王都まで実に順調に進んでいった。


「とーちゃーーー――くっ!」

「あー、づがれだ」


 ここ数日はずっと歩きっぱなしだ。

 野を馳せ、山を登り、村を調査し、獣を狩った。


 真冬に水浴びをするわけにもいかず、乾燥しているせいでお肌がカサカサになる日もある。

 ずっとフードを被っているせいで頭は蒸れるわ変な癖が付くわで大変だった。


 途中の村々での宿泊時には何とかタオルで拭くくらいはできたのだが、今は一刻も早くお風呂に入って身体を洗いたい気分だ。


「お前ら、学校への報告までが試験だぞ」

「えぇー」


 気怠げな身体を奮い立たせて事務課へと報告する。


「はい。これで試験終了です」


 今日は試験の最終日だ。

 てっきりもっと混んでいるものだと思っていたが、幸いにもラヴたちの前にはどの班も並んでいなかった。


「あの、事務先生」

「はい、何でしょう」

「今って何班くらいが達成してるんですか?」

「あー、それは……すみませんが今はお答えできません」


 結果発表の日になったら通知されますよと言って、ラヴの質問は躱されてしまった。


 ――それもそうか。


 そもそも他の人はまだ試験が終わっていないのだ。

 途中退室した者が先に回答をくれと言ったところで貰えないのと同じだ。


「先生方、お先に失礼します」

「おう、明日は金曜日だが演習はない」

「じゃー明日はショッピン――」

「が、授業はあるからクラスには来いよ」


 早々に予定を砕かれたラヴは気を落とすも、今はとにかくお風呂に入りたい。


 ノーマン、そしてモニカと別れ、ラヴたちは旧舎の大浴場へと突撃する。


「んっ……」

「ふぅ……」

「いぎがえる……」

「マヂ天……」

「きもちい……」


 着替えなんて旧舎にはいくらでもある。

 それはラヴの服ではなく、ラヴの部屋の横の部屋にクローゼットを置いて班員の部屋着や普段着を補完しているのだ。

 そうして運動したあとにお風呂で汗を流し、部屋着で部屋まで帰っていくのだ。


「あーん、ネイル取れてるぅ……」

「あらら」


 足の指をパカパカ開閉してカティが言う。

 手にネイルを付けていないのは先生たちからの指摘を恐れてだろうか。それでも足にはちゃっかり塗っている辺りカティらしい。


「そう言えばラヴは塗らないんだね?」

「んー、足になら塗っても良いんだけどね」

「手は問題あるんですの?」


 別に校則を恐れてではない。

 確かに校則を破ることはラヴの本意とするところではないが、余程長いネイルをしなければネイルくらいは大丈夫だろうと思っている。


 しかしラヴには他とは違う特徴があった。


「見てて」


 そう言って筆を取り出し、自らの人差し指に一本の線を引く。


「こうすると……」


 吸血鬼特有の技。爪伸ばし。


 伸ばした爪は鋼鉄をも切り裂く――かは分からないが、以前包丁使う必要無いじゃんと言って爪で肉を切ったら下のまな板まで斬れていた。

 そうでなくとも衛生観点からやっぱりダメじゃんと我に返ったのだが。


 閑話休題。

 たいていこの技を使う前に戦闘が終わるため滅多に使うことはないが、ネイルを付けていると少しばかりの弊害が起きるのだ。


「んで爪を戻すと」

「おおー」


 先ほど引いた線には白い線が無数に引かれており、それが伸縮によるものだと誰しもが理解できる。


「と言うわけで、戦闘に勝っても恥ずかしいからネイルはしません」

「ふふふ、さすがラヴっち」


 何がさすがなのかは分からないが、どうやらカティは何かが気に入ったようだ。

 最近カティがラヴ全肯定魔人になってきている気がする。


「でも爪まで伸びるって、どんな種族――」

「ケイト!」

「あっ! ご、ごめん……」


 マリーの静止で気付くケイト。

 人に種族を聞くのはマナー違反であり、本人が隠しているのに聞く立場に無い者が深く詮索するのは法律違反だ。


「私の種族かぁ」

「き、気にしないでラヴ。ほんと、ごめんだから」

「いいよ。気にしてない。でもそろそろ言えるようになりたいねぇ」


 ラヴの種族は話したいけど話せない。

 それは以前、ラヴ本人から聞いたこと。


 しかし禁止されたらされるほど、隠されたら隠されるほど知りたくなるのが人の性。

 一同次のラヴの言葉を今か今かと待ち望む。


「校長先生に直談判でもしてみるよ」

「何ですって!?」


 カティ以外の三人はてっきりノーマンに止められているのだと思っていた。

 唯一カティだけはヨハネスがラヴに指示を出しているところを見ているため何となく察していたが、しかし本人の口から聞くとやはりインパクトが違う。


「そ、それ、大丈夫なの?」

「話するだけなら大丈夫でしょ」

「ご迷惑じゃないかしら……」

「大丈夫大丈夫」


 そうしてラヴは、風呂から出るとさっそくヨハネスへアポを取りに職員室へと向かった。



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