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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第一章 転生と吸血鬼
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試練、そして調査

 魔王軍の一団の部屋に来たラヴはさっそく軍学校に入学するにはどうしたら良いか聞く。


「まあ、そう急くな。まずは自己紹介からだ」


 そう言って二人は軽い自己紹介を交わした。

 彼は魔王軍人事部人事課のノーマンと言うらしい。今は諸事情により軍学校に出向中とのこと。


 何か会社みたいな肩書きに魔王軍と言ってもやはり国の組織なのだと実感する。


 魔王軍は新人研修にベテラン教師をつけて現地調査や見回りを行なう。

 そこで半年間、技術と知識を学んで再び試験を受け、正式に軍属となる。


「私の仕事はこいつらをいっぱしの新卒に仕立て上げること。そしてもう一つ、各地にいる有望株を勧誘することだ」


 そう言って一枚の封書を取り出した。


 表書きには大きく推薦状と書かれ、それが何を意味するのかは一目で分かる。


「だから急くなって。本来ならこれは領主の私兵や傭兵とか、実力や実績がはっきりしている奴らのためにあるんだが」

「……私じゃ実力不足?」

「そうかもな」


 この期に及んでただ見せびらかしただけではないだろう。

 であれば暗に実力を示せと言っているのか、それとも別の目的があるのか、ラヴはこの男の考えが推し量れないでいた。


「君が推薦を受けるに値するかどうか、テストさせてくれ」


 続けてノーマンは課題を課す。

 それはラヴにとって予想以上に難しい課題であった。


「昨日この街で猟奇殺人があったらしい。何でも良いから、それの情報を持ってこい。期限は今日中な」

「隊長! 危険です!」


 領地の正規住民を嬲り殺すと言う行為は領主への挑戦に等しく、発覚すれば死刑は免れない。

 しかしその調査は私兵が行なうことであり、それも幼い少女が首を突っ込んで良いことではない。


 それになにより、そんな危険極まりない行為を推薦状を出すための条件とするのは非常識極まりない。


「どうだ? 受けるか、受けないか」

「……受けます。情報を集めるだけで良いんですよね?」


 そう言ってラヴは踵を返す。

 これからどうしたものかと、必死に頭を悩ませながら。


 ◆


「非常識です!」


 ラヴが去った後、隊のリーダー格が隊長を諫める。

 もしこれでラヴが犠牲になったらどう責任を取るんだと。軍に入りたての若造が正義感により憤慨する。


「嬢ちゃんなら大丈夫だろうよ」

「どこにそんな根拠が……」

「どこにってそりゃあ……気付いてないのか?」


 あの目から発せられる異様な魔力。

 おそらく種族由来の先天的な能力だろうが、あの量の魔力を常にばら撒き続けていると言うことは、その程度の消費量なんて気にならないほどの魔力を有していると言うことになる。


 そんな種族、一つしか聞いたことがない。


 後は彼女がどこまで上手く立ち回れるか。

 危険な場所まで足を突っ込み、破滅するなら見込みはない。

 己が力量を測れない者が士官になっても部隊を危険に曝すだけだからだ。


 最悪「何も成果を得られなかった」と言って帰ってきても、それはそれで合格だ。


「さて、お前らにも課題を出すぞ。潜伏調査の練習として、あの子を尾行しろ」

「! はい!」


 ドタバタと準備を始める訓練兵。


「……さて。寝るか」


 一足先にベッドで寝そべり、少女が持ってくる結果に期待するノーマンだった。


 ◆


 ホテルを出て、当初の目的だった靴や下着類を調達したラヴは、どうしたものかと苦悩する。

 まさか猟奇殺人の犯人は自分だったと言えるはずもなく、とは言え多少は成果を出さなければ合格できない。


 ――うーん。どうすれば……あ、閃いた。


 犯人がいないのなら仕立て上げれば良い。

 そして適当に誰かを襲わせ、自衛のために殺される。


 死人に口なし。誰かが言った諺だ。


「お兄さん。ちょっと伺いたいことがあるんだけど」

「ん? 何かな?」

「昨日の嫌な事件って知ってる?」

「嫌な? あぁ、猟奇殺人のこと?」


 復活祭当日と言うこともあってか、その噂は街中に広がっていた。

 街一番の祭の日に事件を起こされた領主はまさに顔に泥を塗られ、汚名返上のためにも既に私兵が動き出しているようだ。


 聞くところによると領主はスラムの住人が犯人ではないかと目星を付けているらしく、近々大々的にスラムの調査とこの機に違法住民の一斉摘発を行なうらしい。


 スラム。

 貧困街とも呼ばれるその場所は、領民でも何かしらの理由で税を払えなくなったり、軽犯罪をして居住区に住めなくなったりした者が集う場所。


「スラムってどこにあるの?」

「北東に進んだ所だけど……え、今から行くの? 止めておきなって」


 道行く人に場所を尋ねてスラムに向かう。

 尋ねた人ほぼ全員から止めておけと注意されたが、そんなに危険なところなのだろうか。


 その疑問は、すぐに解消されることになる。


 現代日本にも幾つか貧困街はあるが、この街のものは比較にならないほど酷かった。


 何故なら入り口に干からびた死体があるからだ。


「くっさ……」


 糞尿を煮詰めて乾かしたような臭いが漂い、先ほど下着を調達した店で購入したハンカチを鼻に抑える。


 正直口でも息をしたくない。可能な限りこの場の空気を吸いたくない。

 昨日の暴漢も酷い体臭だったが、その理由が良く分かる。


「不潔……さっさと済ませちゃお」


 先ずは聞き込み調査だ。

 道行く人に尋ねて回る。


 たいていの人は知らないだの失せろだの言ってその場を去って行く。

 中にはラヴのみを案じて早くこの場から立ち去るよう注意する人もいたが、そういう訳にもいかないのだ。


 ――しかし、あれも魔人なのかな?


 昨日今日で良く分かった。

 魔人と言うのは何かの総称で、その中には見た目が動物だったり複数の動物が混ざった姿をしていたり、もはや生き物なのかと思わせるような姿のものもいた。


「こんばんは」

「……どちら様ですか?」


 そんな中、比較的小奇麗な身なりをした蛇のような男を見つける。

 汚い人に話しかけられて飛沫を浴びせられるよりかよっぽどマシだ。そんな考えから、ラヴはその青年に近寄った。


「お兄さん、猟奇殺人について知ってる?」

「……ふむ」


 男は黙ってラヴを見る。

 上から下まで、まるで品定めをするかのようにじっくり見つめて、問いに答えた。


「実は先日の事件の調査をしていましてね。よろしければ情報交換しませんか?」


 その提案はラヴにとって非常に魅力的なものだった。


 ここでは何だから落ち着ける場所に案内すると促され、断る理由も無く、ラヴは男について路地裏に入る。


 何度角を曲がっただろうか。

 大通りから大幅に逸れたその場所は、ジメジメと陰気くさく、月の光も届かない暗がりだ。


「着きましたよ」

「……ここが落ち着ける場所?」

「まさか。おい!」


 軋み音とともに建物の扉が開かれる。

 そこから出てきたのは十人は下らないほどの大勢の破落戸たち。


 下卑た笑みを浮かべる彼らにはどこか見覚えがあった。


「猟奇殺人の被害者は俺らのファミリーだったんだ。お前の知ってる情報、全部聞かせて貰うぞ」

「あらら。じゃあ私が情報を貰うことは――」


 ヒュン。と、横髪をナイフがかすめる。


 ――プラン変更かな。


 どうやら話し合いじゃ収まらなさそうだとラヴは諦め、大人しく知っている情報を渡した。


「私が知ってるのはこれくらい」

「ケッ、シケてんな。もう良いわ」


 大した情報がないと分かった男は取り巻きに指示を出し、ラヴの身体を拘束しようとする。


「げっへっへ。大人しくしてろよ」

「うわ、くっさ。近寄らないで」

「グワッ!?」


 肩を掴もうと手を出した男は、次の瞬間転倒させられる。

 受け身が取れず、何が起こったのか理解できないまま地面に叩き付けられた男はあっという間に意識を手放した。


「クソアマがァ!!」


 一人来れば投げ飛ばし、二人来ればするりと攻撃を躱して相打ちを狙い、次々と大男たちを昏倒させる。


 これでも母に言われて嫌々ながら五歳から合気道を習っていた。

 少し腕力に長けた暴漢くらいに掴まるなんて微塵も考えていない。そんな自信が付くくらいには上達したつもりだ。


「クソが! 死に晒せ!!」


 リーダー格の男がナイフを持って向かってくる。


 ――あ、刃物はダメだ。


 一応刃物を無力化させる技を習ってはいるものの、教室の教えでは真っ向から戦わずすぐに逃げよと教わっている。


 それは刃物を見ると一般人は無条件で恐怖を覚えるからだ。

 恐怖に支配されてはいくら技術を身につけていても上手く身体を動かせない。故に護身術などの教室では刃物が出される前に無力化させるか、刃物を出したらすぐに逃げるか教わる。


「死ね!!」

「っ……!」


 仕方が無い――殺すか。

 ラヴが諦めたその時――


「ストップ」


 額を横から強打され、男は泡を吹いて気絶した。


 突然現れた乱入者にラヴも驚きを隠せない。

 その乱入者は見知った顔――ノーマンだった。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます。なんでここに?」


 曰く最初はずっと兵隊たちに尾行されていたらしい。

 尤も、尾行できていたのは街で聞き取り調査を行なっていたところまでで、スラムに行く際、予想外の全力疾走によって見失ったとのことだ。

 そして拙いと思った兵隊たちが二手に分かれ、片方はスラムに行ったであろうラヴの捜索。もう片方は尾行を命じたノーマンに報告しにいった。


 結果、ノーマンはまんまと路地に誘い込まれたラヴを発見したわけだが、面白そうだからと暫く傍観を決め込んだ。


「いやぁ、君強いね。護身術?」

「まあ、そんな感じです」


 結局何も成果は得られなかった。

 兵隊たちが一緒の以上、工作も無理だし、ここは大人しく保護されて帰るしかない。


 しょんぼり項垂れるラヴは、年相応の少女だった。



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