奴隷、そして快楽
ある日、ファーストは意を決して上申する。
「あの、ご主人様……」
「どうしたの?」
ラヴに見つめられたファーストはそれだけでひどく呼吸が乱れてしまう。
顔は自分でもはっきり分かるほど紅潮し、心臓はうるさいほどに激しく脈打つ。
いつからだろう。
綺麗が怖いを上回ったのは。
魔人は力を持っている人ほど美しくなると聞いたことがある。
と言うよりは、美しい魔人を見たら逃げろと教育されている。
詳しいことを聞く前に捕縛されてしまったが、どうやら魔力の多さが関わっているらしい。
ラヴは人間のファーストが見ても綺麗な女性だ。
闇夜のような漆黒の頭髪だがひとたび動けばその細い髪に光が反射し、キラキラと光って夜空の星のようだった。
瞳は深い深い暗黒色で覗いていると吸い込まれるような錯覚に陥り、長いまつげは彼女の美しさを引き立てる。
傷一つない肌は白く衰えを知らず、思わず触れると瑞々しさを痛感する。
白肌の反面、綺麗なピンクの唇はより一層目立ち、その口が身体を這うと思うだけで身の内から熱が沸き立った。
「ファースト?」
「ひゃ、ひゃい……」
ダメだ。彼女の顔を見ているとおかしくなる。
彼女の魔法なのか、種族的能力なのか、一度顔を見てしまうと身体の火照りを消すのは至難の業だ。
しかし、今はそれをグッと堪えて上申する。
「ご主人様、お願いがあります」
ファーストは言った。
セカンド――あの奴隷にこれ以上苦痛を与えないでくれと。
せめて私のように、快楽で包むことはできないのかと。
それを聞いたラヴは考える。
お仕置きされるだろうか。それでも構わない。
見放されるだろうか。それでも構わない。
「あの子に快楽を与えながら食べろというの?」
「……はい」
「……ふむ」
そうして再び悩み、考え込んで答えを出す。
「やったことはないけど。多分できるんじゃないかな」
けど。
ラヴは一言置いて忠告する。
「それ、きっと、とても辛いよ?」
「え……?」
痛みを快楽で潰されるのに、辛いのだろうか。
ファーストが不思議に思っていると「まあ、やってみよう」とさっそくセカンドの部屋へと入っていった。
「えぇと、貴女たちはこの子をセカンドと呼んでいるのだっけ」
「ど、どうしてそれを……」
どうやら寝言で時折呟いていたらしい。
寝言を聞かれたことも恥ずかしいが、それ以上にご主人様の所有物に勝手に名前を付けたことを叱られる。そう思うと恐怖と期待で足が竦む。
「別に怒らないよ。私だって先生のペットに勝手に名付けたし」
そう言って怯えるセカンドに近付いて、ラヴは口をもにゅもにゅと動かした。
「へはんど。くひ、あけて」
「はっ、はいっ」
そうしてあんぐり開けた口を持ち、大量の唾液を彼女に飲ませる。
ゴクリと自身の喉が鳴る。
ラヴの唾液は皮膚に触れただけで多少の痛みは快楽に変わり、下腹の奥が熱く疼く。
まさに天然の麻薬だ。
その快楽には決して抗えず、彼女がする行為によって解消される。
「んくっ……んくっ……ぷあっ……」
羨ましい。
あの唾液が欲しい。ご主人様の顔をもっと近くで見たい。私も気持ち良くして貰いたい。
そんな感情が沸き立って収まらない。
「あっ……なにっ……これっ!」
「こんなものかな」
セカンドの顔がみるみるうちに紅潮していく。
身をよじり、腕を抱き、必死に我慢するも身体の痙攣は治まらない。
ファーストですら分かる。
彼女の身体から濃い女性の香りが放たれ、その香りはまるで蜂を誘う蜜のように嗅いだ者を惑わした。
「んっ……」
再び生唾を飲むファースト。
彼女の香りに当てられて、自分の身体も火照っていくのが分かる。
――いや、それは言い訳だ。
ラヴに相談を持ちかけたときから、心のどこかで妄想していた。
自分は最低だ。
友達を助けるなどときれい事を言って、やってることは友達を出しに興奮しているだけだ。
「なにっこれっ! 知らない! 私知らない!」
「頃合いかな。いただきます――」
「イヤ! イヤ! 今、ダメ! イヤイヤ!」
いつものようにぶちゅりと音を立てて肉が抉られる。
その瞬間、セカンドの全身に耐え難いほどの快楽が襲いかかった。
「アアァァアアァアア!!」
「わっ」
身体が跳ねるほどの痙攣を起こす。
周囲には粘性と黄色い水が混ざった液がまき散らされ、彼女の瞳孔は不規則に拡縮を繰り返した。
「あはっ……面白い」
「ごんなのじらない!! おがじぐなる!!」
「あーんっ」
その叫びは悲痛か歓喜か。
一口、また一口と食べては全身を痙攣させ、彼女はその度に強烈な香りを撒き続けた。
「つらい? やめる?」
「やべないで! もっど! もっど! わだじをだべて!!」
「あはっ――可愛い。セカンド」
ラヴの唾液は痛みを快楽で上書きするもの。
否。
痛みを快楽に変換するものだ。
自身の生命が脅かされるほどの傷を何度も受けて、それが全て快楽に変換される。
それは一体どれほどの快感だろうか。
死ぬほどに気持ち良い。まさに言葉通りの快楽を、セカンドは全身で味わっている。
「んっ……ふっ……」
口が寂しい。
下腹が切ない。
自身の指で舌を捏ねくり回し、ラヴにされたことを再現する。
ここをこうすると気持ち良い。ここを擦ると気持ち良い。
乱れたセカンドを見て興奮するなんて、自分は聖女失格だ。
いや、もう人間ですらないのかもしれない。
身体は人間かもしれないが、心はもう人間とは言えないだろう。
『認めて、楽になろう?』
いつしかラヴが言った言葉だ。
認めてしまえばこれほど楽なことはない。
身体は人間、心は魔人。中途半端な存在だけど、そんなことはどうだって良い。
「ごしゅじんっさまっ……あんっ……ごしゅじんさまっ……」
もう、何も考えられない。
何のためにお願いしたんだっけ。
何を考えていたんだっけ。
――もう、何もかもがどうでも良い。
今はただ、全身に満ちる快楽を貪っていたい。
人でなしと言われようと、裏切り者と言われようと、言ってやる。
地獄を知らないから、言えるんだ。
耐えられる地獄なんて、地獄を騙ったうつし世だ。
そんな世界から何を言われようと、何も感じない。
「感じ……んぁっ……」
その夜、旧舎の中には二つの嬌声が響き渡った。




