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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第三章 軍学校と吸血鬼・後期
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勝利、そして傷

 盗賊退治が終わったラヴたちは、一部を残して本陣と合流する。

 一刻も早く吉報を知らせて安心させてあげるためと、万が一魔物に襲われていたときの護衛のためだ。


 幸いにも後者に関しては杞憂で終わる。

 集団が向かってくるのが見えた彼らは戦闘態勢で待ち構えていたが、こちらが合流の符丁を送ると歓喜の声援と共に緊張が解けた。


「すぐにここを離れよう」

「あぁ」


 と言うのも、あの盗賊集団には首領がいなかった。

 つまるところあの規模で使い走りなのだ。


 逃げ延びた盗賊が仲間を呼ぶとも考えられるし、恨みを買われると後々復讐されるかも知れない。


 それに加えて盗賊も襲われた商人たちも血を流しすぎた。

 魔人の血は魔物をおびき寄せる。

 これだけ大量の血を流したのだから、あらゆる方角から死肉を求めて魔物が集まる可能性は非常に高い。


「本当は埋葬までしてあげたかったが……」


 死体を一箇所に集めて各々が炎の魔法を灯す。

 これが戦場の葬儀だ。死体を残してしまえばより強力な魔物が集まり、濃くなった魔力は死体を魔物に変化させる。

 ゾンビやスケルトンがその最たる例だ。


「汝、善良なる市民よ」


 隣でカティが祈りを捧げる。

 創造神――女神リリスに祈る彼女は神々しく、きっと真の姿ならばもっと輝いて見えるのだろう。


 カティに釣られ、次々と祈りを捧げる商隊員。

 作法もバラバラでどこかぎこちなくとも、皆の祈りはただ一つ。


 ――どうか、安らかに。


 火葬が終わると急いでその場を離れていく。

 一歩間違えたら自分たちがこうなっていたのだと、ラヴはこの世界で旅をするという意味を改めて認識する。


 旅行会社がツアーを組んでくれるわけでも、保険に入っているわけでも、GPSがあるわけでもない。

 道に迷えば死ぬし、水が尽きても補充できない。おまけに魔物や盗賊が常に狙っているし、普通の動物だって十分脅威だ。

 全ては自己責任。ならば生き残るためには強くならなくては。賢くならなくては。


 カティと一緒に馬車に戻ると緊張が解けたせいか、ケイトとマリー、ローラが肩を寄せ合って眠っていた。


「毛布借りてくるよ」

「アタシも行くー」

「カティは休んでて。眠いんでしょ?」


 バレてたかと軽く茶化すものの、実際本当に疲れていそうだったので早く休んで欲しいところだ。

 そして案の定、毛布を取って帰ってくる頃にはカティもしっかり夢の中。


 無理もない。

 初めて人と戦い、命のやりとりをしたのだ。

 平気そうに見えていても、だいぶ精神に負担が掛かっているだろう。


 皆が安らかに眠っている光景を横目に、ラヴは周囲の警戒を続けていた。


 ◆


 再び出発してから数時間。

 本陣のブレインたちは面倒なことになったと頭を抱える。


「次の中継地点は八キロ先です」

「これは間に合わないな。……野営の準備を」


 そうして行なわれる野営の準備作業。

 半径一〇〇メートルほどに魔除けの結界を張り、最低位の認識阻害魔法で辺りを囲んだ。


 魔具テントを組み立てて男子用と女子用に分け、四人をテントに運ぶ。


 どうも四人とも予想以上に疲れているらしく、ラヴがお姫様抱っこで運んでいる最中も多少は意識が浮かび上がるものの運んでいるのがラヴだと分かると再びウトウトして眠りこける。


「ん……ラヴ……どこいくの……?」

「近くに川があるから水浴びにね。ローラはまだ寝てて良いよ」

「わたしもいく……」


 眠たそうにしているが大丈夫だろうか。

 念のため水浴びしてくると書き置きを残して二人では近くの川へと移動する。


「ウォーター・コントロール。フレイム。アイアンウォール。ドロップ」


 浮かした水が一瞬にしてボコボコと音を立てて沸騰する。

 それを鉄壁で囲んだ箱に入れて簡易風呂を作った。


「一緒に入ろう?」

「うん」


 二人で身体を流して湯船に浸かる。


「きもちーねー」

「……うん」


 ローラを抱きかかえる形で風呂に入る。


 しばらく二人で湯船に浸かっていたが、どんどんローラの気分が落ち込んでいった。


「あの、あのね、ラヴ」

「うん」


 口ごもるローラの身体は震えていた。

 自身の身体を抱くように、両手を抱えて身体を縮こめる。


「わたし、今日、人を、殺したの」


 自分に言い聞かせるように、ゆっくりと呟くローラ。


「人を、殺したの……」

「うん」


 次第に肩の震えが強くなり、ついには嗚咽が混じった声ですすり泣く。

 その姿が無性に愛しく、ラヴは今すぐ齧り付きたい衝動をぐっと堪えて彼女を後ろから抱きしめる。


「怖いよ。わたし、変わっちゃうの?」

「ローラ。ローラ。大丈夫」


 かけてあげられる言葉が見つからない。

 それでも彼女が泣き止むまでは大丈夫、大丈夫と言葉をかけ続ける。


 何が大丈夫なんだと言われると困ってしまうが、それでも声をかけ続ける。


「ローラはずっと変わらないよ。ずっと優しくて、良い子だよ」

「でもっ、わっ、わたし、人をっ……!」


 盗賊だから仕方が無い。

 殺されそうになったのだからこちらが殺しに掛かっても問題無い。


 そう割り切れるのがマリーとカティ。

 しかし、割り切れていたらこうして悩んではいないだろう。


「じゃあ、ずっと私が見ててあげる」

「え……?」

「ずっとずっと、見ててあげるよ。そうすれば、ローラは変わらないでしょ?」


 後ろを振り向くと、ラヴに肩を掴まれ身体ごと回される。

 きゃっと可愛い声が出て、その後強く抱きしめられた。


「きっと、変わった方が楽だよ。それでもローラは変わりたくない?」

「……うん」

「そっか」


 ラヴはそれだけ言うと、ローラを包み込むように抱きしめて、そっと耳元で囁いた。


「じゃあ、約束。ずっと見てるから。何があっても側に居るから」

「……うん。……うんっ!」


 温かく、心地好い。

 ラヴの体温に包まれたローラは再び眠気がぶり返し、ラヴに身体を預けて深い眠りに落ちていった。



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