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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第一章 転生と吸血鬼
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服、そして高揚

 再び大通りに出ると、そこは光に満ちあふれていた。


「きれい」


 溢れんばかりの人、人、人。

 しかしその誰もが人間とは少し違い、角があったり羽が生えていたり、尻尾が生えていたりと、中々にユニークな人種たちだ。


「…………」

「…………」


 大通りを歩いていると道行く人に奇怪な目で見られてしまう。

 目を合わせなければ半日友だちは使えないので、どれだけ頑張っても対応できるのはほんの数人だ。


 ――人ってバレた……?


 一番懸念しているところはやはりそれだ。

 食べられたくない。こんな楽しそうな世界、前世とは違って簡単に諦められない。


 逃げるように脇道へと入り、聞き耳を立ててやり過ごす。

 するとかなりの距離があるはずなのに、通行人からは会話の声が綺麗なまま伝わってきた。


「さっきの……もしかして脱走奴隷?」

「きっとそうだろう。通報した方が良いかな?」

「止めてよ。関わらないのが一番よ」


 こんな裏路地にまで聞こえてくるなんて、どれだけ大きい声で会話しているんだと呆れるが、そのおかげで注目の原因が分かった。


 ズバリ服装だ。

 確かにこんな布きれ一枚にブラもショーツも着けていなければ、その上靴も履いていないときた。奴隷と勘違いされても仕方が無い。

 今更ながら自分の格好に恥ずかしくなってきたラヴは顔を赤らめ咄嗟に俯く。


「ブティック、探さなきゃ……」


 最悪古着屋でも何でも良い。

 とにかく今はこの目立つ格好をどうにかしないと。


 そう思って、路地裏を駆け出すこと十数分。少なくとも路地裏から見える範囲ではどこの服屋も閉っていた。

 当たり前だ。なんで祭の日の夜に服屋が開いていると思ったんだ。


 自己嫌悪に塗れながらも、それでも諦めずに進んでいくと、たった一つ、小物が店前に並べられている店舗を発見した。


「!!!」


 見つけた瞬間、足は既に動いていた。

 人目を気にしてそそくさと店の前に行く。そこには「ご用のある方は店内へ。カウンターに呼び鈴があります」と書かれた看板があった。


 店内は薄暗いが、それは照明の多くを店前に並べているため。

 内装は昔ながらのアトリエを彷彿とさせ、きっと照明がちゃんと灯されていたらとても良い雰囲気の店だっただろう。

 中にはラヴ以外の客がいる様子もなく、奥のカウンターへ行くと、表にあった看板通り「ご用の際は鈴を鳴らしてください」と書かれたプラカードが置いてあった。


「……良し」


 チリンチリンと鈴の音が鳴る。

 不思議とその音色はとても澄んでいて、まるで頭の中で直接鳴っているかのようだった。


 直後、上の階からガシャンと何かが崩れ落ちる音が盛大に響き、「いったいーい!」と何とも間抜けな悲鳴が聞こえた。

 その音源は徐々に近付いていき、ついにはカウンター奥の階段にまで迫る。


 何が来るのかおっかなびっくり見ていると、足を滑らせたのか見事なローリングを決めながら金髪の女性が階段を降りて――転がって――来た。


「ぐへっ」


 カウンター台に盛大にぶつかった女は上の荷物をまき散らしながらも無事静止することに成功した。


「ぎゃあああ明後日締切のデザイン集がーーー!!!」


 そんな大事なものこんな所に置いておくなというツッコミはぐっと抑えて、ラヴは落ちてきた暫定服屋をまじまじと見つめる。


「あー、えーっと、お客、様?」

「えぇ。訳あってこんな身なりですが、ここの服を買いたいと思って」

「えー、失礼ですが、持ち合わせは?」

「こ、このくらいなら」


 そう言って魔法のポーチから五百円硬貨――もとい小金貨を十枚ほど取り出す。

 すると服屋は血相を変えて佇まいを直す。


「小金貨!? はい! はい! 失礼しました。此度は如何なご用でしょうか!?」

「え、ですから、服を買いたいと思って」

「あいあいさー! 服ですね。少々お待ち!」


 変なかけ声とともにブティックハンガーを引っ張り出す服屋は言動こそ変質者のそれだが、その動きは慣れたプロのそれだ。

 一瞬にしてハンガーに囲まれたラヴは選り取り見取りな衣装たちに心が浮き立ってしまう。


「今あるのはこれだけですが、期間をくれればオーダーメイドも受け付けますよ。お姉さんめっちゃ美人ですし、そっちの方が――」

「いや、ここにあるもので済ませます」

「さいですか」


 それ以上は言ってこない。


 ラヴが構わず物色していると、だんだん服屋がそわそわし始める。


 ――これは、あれね。


「もし良かったら私に似合う服見繕ってくれる?」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりに服屋に大輪の花が咲く。


 するともの凄い早さでブティックハンガーが動き出し、これとこれ、あぁこれも、こっちも良いなと服屋は独り言を呟きながら選定を行なっていった。


 服屋は気付いているのだろうか。先ほど「明後日が締切」と言ったデザイン集がハンガーに踏みにじられているのを。


「お姉さん美人だからなー。これに引っ張られることもないだろうし……あー、でもその白い肌は活かしたい。黒髪と調和が取れるのはこれとこれと……うーん、瞳の色と合わないなぁ」


 ああでもない、こうでもないと試行錯誤を続ける服屋だったが、ついにしばらく動きが固まった。

 余程悩んでいるのだろうか。別に急いでいるわけではないので待てはするのだが、この格好を人前でさらし続けるのは些か抵抗がある。


 しばらく経っても変化が見られなかったので、仕方が無いので声をかけようとしたその時。


「あ、あ! そうだお姉さん。喉渇いてない?」

「え? そう言えば、少しは?」


 ちょっと待っててねと奥へ引っ込み、持ってきたのは常温のミルクが入ったコップ。


 さて、どうして常温だと分かったのでしょう。


 結果はご覧の通り。


「あーっ、コップが滑ったー」

「きゃっ」


 生ぬるいミルクが盛大にぶちまけられ、目の前にいたラヴの顔面へ直撃した。


 怒りよりも疑問。


 ――は?


 全ての思考はたったこの一言に集約された。


「あっ、ごめんなさーい。お姉さん! お詫びしますから、まず先にシャワー浴びませんか? 服代はお安くしておきますんで、ささ」

「え、ちょ、わざとね? わざとよね?」

「知ってます? ミルクを吸った布ってくっさいんですよ。それはもうこの世のものとは思えないほど……」


 流されるまま浴室に連れられ、見事な手つきで追い剥ぎに遭う。

 その際ラヴが下着を履いていないことに気付いた服屋は生暖かい目でラヴを見ていたが、それが死ぬほど恥ずかしく、もうどうにでも慣れと浴室に引きこもった。


「一体何なの……」


 蛇口を捻り温水を出す。

 疲れが溜まっているのかシャワーから出た水は心做しか重く感じられ、先ほどの件も相俟ってラヴの精神をゴリゴリと削っていった。


「……ほんと何なの」


 湯船に浸かり髪の毛の匂いを嗅ぐ。

 大丈夫。雑巾臭くない。牛乳がこぼれたときに雑巾で拭くと想像を絶する匂いになるのは、日本で教育を受けた者なら大抵の者は体験済みだ。


 ――あれはガチで臭い。


 中学生になって告白してきた子。

 小学生の時、あの臭いを無理矢理嗅がせようとした過去を持たなければ、少しくらいは考えたかもしれないのに。


 ――結局断っただろうけど。


 嫌な記憶を思い出した。それもこれも全部あの服屋のせいだ。


 トンテンカンコン、トンテンカンコン。ガチャガチャ、ズドーン。

 なまじ服屋とは思えない効果音が遠くから聞こえる。何をしているのか気になったが、しかしこれ以上害を被りたくないと言った自己防衛欲求の方が優る。


「ふぅー、おちつく……喉渇いた……」


 泉に入ったときほどではないが、お風呂というのはやはり落ち着く。

 これは日本人の性だろうか。やはりお風呂は片までしっかり付かれる水位でなくては。


「お姉さーん! できましたよ!!」

「キャアァァ!!!」


 安息の一時も束の間。

 乱入者によって壊された平穏だったが、同時にラヴの懸念も忘れさせてくれた。




 お風呂を上がって少し。

 目の前には顔が膨れ上がった服屋が正座させられていた。


「ま、前が見えねぇ……」

「自業自得です」


 どうやら服屋はレディメイドの服が気に食わなかったようで、オーダーメイドとは言わずとも、ハーフメイドで提供できないかと考えた故の特攻だったらしい。


 仕立て直しと言えども既製品の一部を変えるのには相当の技術と時間が必要となる。

 それをものの三十分程度で済ませてしまうと言うのは、この服屋、実は相当の腕なのではないだろうか。


「どうですか?」

「悔しいけど……とっても可愛い……」


 実際に着てみてもその腕前は分かる。


 黒をベースにしたゴシックロリータ。

 ラインには瞳の色である深紅とその調和を崩さないように、しかしボリュームは見せるようにとふんだんに使われた灰と黒のレースやフリルたち。生前も一時ゴスロリ雑誌を買っては密かに部屋で読んでいたことを思い出した。


「……そんなに気に入ってくれましたか?」

「へっ?」


 どうやら感情が抑えきれずににやけが滲み出ていたようだ。

 いけない。ここは異世界なのだ。気を抜いてはどんな間違いを犯すか分かったものではない。


 しかし数日ぶりの文明の服。

 今までの生活がまるで原始時代だったかのように色あせて見え、もうきっとあの頃には戻れないだろうと強い確信を持っている。


「あ、お代ね。はいこれ」

「に、二〇金貨!? こんなに頂けませんって!」

「そう?」


 服の相場というのが良く分からないので一応自分で見ても失礼のないように少し多めに渡してある。


 ラヴはチップのつもりだが、そもそもチップの相場を理解していないのでそれも合わさって法外な値段になってしまっているのだ。


「じゃあまたあったときに、今度はその足しにしてくれたら良いから」

「そ、それなら、まあ」

「ありがと。この服、本当に素敵」


 ドクン。

 服屋は心の中で思う。我ながらなんて罪深い装飾を作ってしまったんだ。

 同性でさえここまで心を揺さぶられるなんて。




 別れを告げて服屋を出たラヴ。

 彼女もまた、胸の高鳴りを抑えられない一人だった。


「……」


 吸い込まれるように路地裏へと進み、さらにさらにと奥へ入り込む。


 一人、二人、三人。

 次第に気配が多くなり、ついには行き止まりにまで辿り着いた。


「へへへ、嬢ちゃんよぉ。そんな身なりでこんなとこ来ちゃいけないなぁ」

「誘ってんの? だよなぁ。そんな肌晒して、娼婦の真似事かぁ?」

「一発いくらだって? ま、俺たち金なんて持ってねーけどな!」


 ガハハハと下卑たる笑いを発する男たち。

 男の股間が膨れ上がり、一人は既にベルトに手をかけている。


「どうした? 怖くて声も出せねぇか?」

「んじゃ、早いとこヤッちまおーぜ」


 祭があれば、そこには酒がある。

 酒があれば、酒に飲まれる者もいる。


 酒に飲まれたことが不運だろうか。


 否。彼らに不運があったとすれば――


「……あはっ」


 それはラヴに会ったことだろう。



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