盗賊、そして対策
のんびりとした旅路は唐突に終わりを告げる。
「血の匂いがする」
ラヴの一言で、そこにいる全員が警戒する。
彼女の嗅覚は風上の匂いを正確に感じ取る。
それが例え一キロ先の動物であっても血の匂いを嗅いだだけで位置や体格、健康状態が事細かに判るという。
「人の血を放つ死体が遠くに群がって、人の血を放つ集団がこっちに近付いてきてる」
「避けられは……しないだろうね」
諦めた様子でケイトが呟く。
ここは一本道の森の街道。人だけならまだしも、馬車を連れては森の中に逃げることすらかなわない。
集団行動のデメリットだ。
「センドーに教える?」
「伝えてくるよ。命あってのおままごとだし。カティはローラを起こしておいて」
「りょ」
フランク隊長に掛け合って、二つ前にいるグレゴリーの馬車へ向かう。
いつしか見た骨の白馬が曳く高級車だ。
「グレゴリーさん。この先、前方二キロ先に賊がいます」
「なんだと?」
詳しく聞かせてくれと馬車の中に招き入れる。
ラヴは種族柄周囲の香りに敏感で、森の街道のような風が一方向に進むような場所では遠くまで状況を把握できることを告げた。
かなり先を先行していた別の商隊が急に停止し、不安の感情が乗った香りが流れ、しばらくしてそれは鉄臭い死臭に変わる。
獣の匂いこそするものの、獣と一緒に人が移動していることから敵はおそらく賊。しかも追い剥ぎだけでなく殺害までするとなると、敵はかなりの大所帯だろう。
「引き返すか、先に進むか」
「……進むしかないだろう」
大型馬車は旋回するのに非常に時間がかかる。
特に問題なのが主要商品を乗せた四頭仕立ての大型馬車だ。
この道幅では一度馬と車を切り離し、車を旋回させて再び馬車を繋ぎ合わせなければならない。一キロ先に敵がいるというのにそんな事をしていては襲ってくれと言っているようなものだ。
「……士官としての意見を聞きたい」
「ふむ。傭兵の総数は?」
いっぱしに戦える傭兵は一〇。訓練を受けている程度の者を含めれば一三。
ラヴたちを含めて戦力となり得るのは一八。
対して敵戦力は最低でも三〇は下らないだろう。
獣の匂いを含めたら四〇はいるかもしれない。数ではこちらが圧倒的不利だ。
加えてこちらには非戦闘員が一〇人以上。
人と荷物を守りながら戦えるかと言えば誰もが無理だと匙を投げるだろう。
「奇襲、ですかねぇ」
まずは一対一にまで落とし込まなければ話にならない。
先手を打って敵戦力を削いでできれば半分にまで減らしたいところだが、まあ三割ほど減らせたら良い。
あとは熟練の傭兵たちが二人で三人ほど倒してくれたら何とかなる。
「お前はどう思う?」
「お嬢さんの考えと同じですね。現状最も被害が少ないのはこちらから仕掛けることでしょう。それと、非戦闘員を守っている余力は無いので、必要最低限の荷物を持って後退させてください」
「……分かった。先ほど途中休憩用の開けた場所があっただろう。非戦闘員は車を捨ててそこまで後退する」
魔物の出現を考えて、傭兵見習いの三人と監督役一人が非戦闘員に同行することになった。
つまりはラヴたちの戦力は一四。賊との戦力差は三倍近い。
最初の奇襲がこちらの損耗を左右することになるだろう。
その後は魔法による即席の符丁や作戦を決めて、班の皆を集めて森の中を走る。
「傾注。これより第一〇一班は規定の契約通り傭兵部隊の戦闘支援を行ないます」
作戦は三段階に分けられる。
まず一段階ではこちらの部隊は森の中を駆けて敵の側面を陣取る。
そして合図をしたら後衛組は森の中から、前衛組は強襲する形で先手を打つ。
前衛側は可及的速やかに可能な限り多くの賊を制圧し、少なくした上で戦闘状態へ持ち込む。
第二段階は一対一、もしくは二対三ほどの人数比で敵を各個撃破していく。
一人倒したらすぐに近くの味方の増援に向かい、空いている新たな敵を攻撃するのではなく、極力味方の助けをする形で一人一人を確実に無力化する。
第三段階はこちらの数が相手を上回ったとき。
基本的に第二段階と同じく多対一を原則とし、ここからは敵が戦意喪失した場合捕虜とすることも視野に入れる。
そして一〇一班はラヴとカティ組、マリーとローラ組に分かれて接敵する。
奇襲後は乱戦状態になることが予想されるため、接敵後は二人で一人を相手して無力化したら再び別の賊を相手取る。
ケイトは認識阻害による遊撃を行ない、余裕があるようなら二組のサポートを行なう。
「問題は奇襲なんだけど、正直に答えてね。この中で殺人経験のある人」
殺人。
常人であれば本能的に忌避する行為であり、無闇に行なえば極刑に値する重い罪。
緊迫する空気が漂う中、手を上げたのは二人。
ラヴとケイトだ。
「ありがと、ケイト」
「ま、仲間のためだしね」
第一段階では短期間で多くの敵を無力化しなければならない。
では最も簡単に人を無力化する方法とは何だろうか。
そう。殺すことだ。
極端な話、この戦いはローラが敵のど真ん中に隕石を数個落とせば終わるだろう。
しかしそれではローラ一人に数十人もの盗賊を殺めさせることになり、そんな作戦は認められるはずがない。
第一段階には殺人経験の無い者は参加しない。
この段階ではとにかく一人でも多くを殺さなければならない。たった一度の躊躇いが仲間全員を危険に曝すこともあるわけで、殺人を躊躇う可能性のある者たちを参加させるわけにはいかなかった。
「ラヴ、わたくしならできますわ」
「そうだよラヴっち」
「うん」
三人は思いのほかやる気だ。
初めての対人戦闘と言うことで興奮しているのか、それともノーマンとの戦闘で自信が付いているのか。
しかしラヴは頑なに譲ろうとしなかった。
「ダメ。これはクライアントの意向でもあります。第一段階に参加するのは私とケイトだけ。良いね?」
クライアントの意向と班長命令。
その二つがあるというのなら、軍人として従わなければならない。
「ボクも賛成かな」
「ケイトまで……」
不満はあるが、反対はない。
「ここからは隠密で頼むよ」
「了解」
敵影が目視できるレベルにまで近付いた。
作戦会議は終わりにして、ラヴたちは息を潜めて通行人をのぞき見る。
小汚い装備とは裏腹に、荷馬車は随分と上等なものだ。
武器や防具にはところどころ乾ききっていない血糊が付けられ、荷馬車からは喘ぎとすすり泣く女たちの声。
『へっへっへ。やっぱこの道はカモが多いな』
『魔物が多いせいか対人慣れしてない傭兵ばっかで楽すぎだわ』
『手前から降参するとか、それで生かして貰えるって思ってんだから笑えらぁ』
確定だ。
この魔人は殺しても良い相手。
殺した分だけ褒められる相手。
「あはっ――」
ラヴは唇をちろりと舐め、草木の影から彼らを見ていた。




