街、そして金
「この馬車はどこへ行こうとしているの?」
「どこって、そりゃあリンドコリナだよ。ここらで大きな街って言ったらそこしかないからね」
あの街はリンドコリナというらしい。
旦那様――グレゴリーはそこそこ大きな商会の次期会長と目される人物であり、復活祭が行なわれているこの時期は特に大事な時期らしい。
復活祭。
魔族の中で強大な力を持つ存在――魔王が永久の眠りから復活した記念日として毎年行なわれる祭。
前日祭、当日、後日祭の三日間で行なわれ、大きな街には沢山の商人や料理人が出店を出して、それはもう賑やかになるのだとか。
「王様って世襲制じゃないの?」
「人間界ではそうらしいが、魔王様は前世で子を作ることはなかった。昔は魔王の子孫を名乗る不届き者もいたようだが、復活された魔王様自ら否定してからはそいつらも鳴りをひそめたようだ」
「ふーん」
「魔王様は最も闇に近い存在。いやぁ、我が一族も誇り高いよ」
グレゴリーの一族はアモンと呼ばれる太い尻尾を持ち、コウモリのような羽を生やし、顔はフクロウをした一族。
彼も多分に漏れずその二の特徴を備えている。
「とてもフクロウには見えないけど」
「そりゃそうだ。今は人化しているんだから」
「人化」
人の姿に化けることを人化と呼ぶらしい。
これは人間に似せているのではなく、魔王に似せているのだとか。魔王はその姿だけでは人と区別が付かないらしく、それに肖り力を持つ魔物は大抵人の姿に似せている。
しかしもっとしっかり人化を行なえば人とまったく変わらない容姿を取ることもできるが、グレゴリー含め自身の出で立ちにプライドを持っている種族は、このようにどこかしらの特徴を残すのだとか。
「お前も随分と人に近い姿を取っているな。かなりの上位種と見受けられる」
「まあね」
人であるとバレたら食い殺されてしまいそうだ。
ラヴは人を食べる趣味はあっても食べられる趣味は持ち合わせていない。ここは適当にはぐらかして話題を変えよう。
ガタゴト揺れながらそんな会話をしていると、急に馬車の速度が低下する。
ちらっと外を見ると、目の前には大きな壁があり、門番なのか、巨大な青いトカゲのような魔族が御者に確認を取っていた。
「なあに、心配するな。ただの関銭だよ」
「関銭」
と言うことはここを通れば街に入れると言うことだ。
しかしここに来て重大なことをラヴは思い出した。
「私、お金持ってない」
「なんと、それでは宿は?」
「取ってない」
グレゴリーが天を仰ぐ。
そして少しすると諦めたような顔つきでラヴに優しく話しかけた。
「仕方ない。当面の金は貸してやる」
「いいの?」
「今更なんだ。俺とお前の中じゃないか」
どうやら半日友だちは人を相手にすると昔なじみのような錯覚を植え付けるらしい。
そう言えば御者の人も以前の私を知っていた風な口調だったとラヴは思い返す。
「ありがと。必ず返すね」
「当然だ。二倍。いや、三倍で返せよ」
「わー暴利」
美少女がクスクスと笑う姿は何とも欲望を掻き立てられる。
しかし昔なじみであるはずの少女にそんな感情を抱いて良いはずがなく、ぐっと堪えて平然を装い、グレゴリーは麻袋に金を詰め込む。
「これだけあれば当面は困らないだろ」
「ほんとに良いの?」
「あぁ、そのくらい、はした金だ」
ジャラリと重い音が鳴る麻袋の中には金ぴかのコインがたんまりと入っていた。
五百円玉だろうか。どうせならお札で欲しかったところだが、グレゴリーが五百円貯金をしていたと思えば随分可愛い奴だと思えてくる。
「これって、一枚何円なの?」
「えん? えんというのは知らんが、芋千袋は買えるな」
「千」
そんなに食べない。
しかもこの世界でのお芋がどれくらいの価値があるのか知らないからあまり参考にはならない。
それになにより野菜は食べないと神に誓った身。それを安易に裏切るわけにはいかない。
「お肉は?」
「は?」
「これ一枚でお肉はいくら買えるの?」
「あ、あぁ、そうだな。今のリンドコリナの牛肉相場なら二〇キロ買えるかどうかってところじゃないか?」
「おお、たくさん」
そんな調子で話していると、再び馬車が動き出した。
どうやら御者が関銭を払い終えたらしい。
巨大な壁を潜ると、そこは提灯や何か良く分からない光で飾られた出店群だった。
「あれ、行かないの?」
乗っている馬車は脇に逸れて人気の少ない方へと進んでいく。
どうやら係の一人が手綱を引いて誘導しているようだった。
「バカか。このまま直進してみろ。祭が大惨事になるぞ」
「確かに」
現在大通りには交通規制がかけられているらしく、馬車が街の中心に行くにはぐるっと回って脇道から行かねばならないらしい。
毎年同じ光景であるため、もう何回も参加しているグレゴリーは勝手知ったる誘導のようだ。
「これからどこ行くの?」
「領主様への謁見だ。今回はうちの商会が大きく関わっているからな。親父は数日前から現地入りしているようだし、俺もできるだけ早めに挨拶しないと」
「ふーん。じゃ、私はここで降りるね」
領主というのは十中八九公人だろう。
であればたとえ最初は半日友だちで誤魔化せたとしても、次の日には厄介事になりかねない。
ここは潔く撤退するが吉。
ラヴの勘はそう告げていた。
「そうか。達者でな」
「貴方もね」
「…………そうだ、これをやろう」
ラヴが出るまでそわそわとしていたグレゴリーだったが、突然何かを思いついたようで一枚のポーチを投げつける。
「餞別だ。持っていけ」
「これは?」
「魔法が込められたポーチだ。入り口に入る大きさなら大抵のものなら入る」
「ま、まほう?」
揶揄われているのだろうか。
しかし魔族という変な種族がいるのだから、魔法というのもあってしかるべきなのかもしれない。
「ありがとう。貰ってくね」
そう言ってラヴは馬車を離れた。




