結果、そして衝動
土日を挟んで月曜日、ノーマンから結果発表が告げられた。
全五二班中、全てのチェックポイントに時間通りに辿り着けたのは一二班。
最終的に時間通りに帰還できたのは八班。
時間を超過したものの、自力で辿り着けたのは二〇班。
脱落は一二班。
「一組は五班が時間通りに到達。一班が時間を超過した。大軍を以ての行軍となればこれより大幅に減速するだろうが、夜行部隊が大軍進行をすることはあまりない。このペースを難なくこなせるようになるのが当面の課題となる」
先日の行軍演習はクリアするのが目的というよりかは、今の自分の実力を分かって貰うためのものだったらしい。
今後行軍演習は毎週金曜日に行なわれ、それ以外の日はずっと体力作りと戦闘訓練で、その合間に行軍における知識を詰め込む。
「お前たちに必要な知識は二つ。一つは言わずもがな士官としての知識、そしてもう一つは兵卒としての知識だ」
下級兵の知識が無くては現場の指揮が滞る。
訓練ならまだしもそれが実戦で起こったのなら目も当てられない。だからこその行軍演習だ。
「兵卒は士官ほどお堅くない。演習を通して実戦で教えるが、そのためには最低限の体力を付けて貰う必要がある」
まずは体力が無くなるまでトラックを走って貰おう。
そう言って、地獄の特訓が始まった。
◆
もはや喋る余裕すらないまでに疲れ果てた一組一同。
前期でもトレーニングは行なってきたが、それがどれだけ生ぬるいものだったか良く分かった。
考えてみれば当然だ。基礎体力が必要だからと言っても前期のメインは座学なのだから。体力作りで気絶してしまっては元も子もない。
もう無理だと言っても最後の一滴まで搾り取られるように走らされる。
喋れる余裕があるのならもう二周は出来るだろうと。立てるのなら走れるはずだとひたすら走り、走り、走る。
しかしそんな中、ノーマンからも無視されて一周一分のペースで走り続けている二人組がいた。
言わずもがな、ラヴとマリーだ。
「でさー、この前一区のケーキ屋さんに行ったんだけど」
「まあ、よく予約が取れましたわね」
異常なまでの体力お化け。
息を切らす気配もなく楽しげにお喋りしながら一定のペースで走っている二人は、普段教室で話している雰囲気とまるで変わっていない。
ある意味手間が掛からず良いのだが、二人の上限を把握できないと言う意味では少しばかり不安が残る。
休ませては走らせ、走らせては休ませる。
そうして全員の体力を絞れるだけ絞り、トラックに残っているのは二人だけになったころ。
「二人とも、もう終わって良いぞ」
「はーい」
その後はその場で解散となり、ラヴとマリーは三人を迎えに行く。
「大丈夫?」
「ムリ……」
天を仰いでぐったりしている三人は何を言ってもムリ、ダメ、ツライとしか答えない。
仕方が無いので三人を魔法で浮かせて旧舎まで連れて帰った。
旧舎の温泉まで連れて行くと、備え付けられているベンチに仰向けで寝かせて、汗で重くなった服を取っ払う。
全裸になるまで何一つ抵抗しない辺り本当に疲れているのだろう。
「お風呂に入れない方が良いかな?」
「このまま入れると危険ですわね。代わりにタオルでしっかり拭いてあげましょう」
そうして湯で暖めたタオルを使って三人の四肢を拭いて回る。
風邪を引いたら大変だ。
身体が冷えないうちに何とか汗を拭き取って、替えの部屋着を着させなければ。
ファーストに何でも良いから部屋着を持ってくるように言いつけて、マリーと協力して丁寧に滴る汗を拭き取った。
しかし、なんと美味しそうな身体だろうか。
「んっ……」
ラヴが生唾を飲む。
今、目の前には三つの肉が並べられている。
一つは幼く柔らかい肉。
一つは引き締まった肉。
一つは甘い香りを放つ肉。
これに手を付けてはいけないというのは生殺しにもほどがある。
吸いたい。食べたい。殺したい。
でもヨハネスとノーマンとの約束だ。
候補生には手を出さない。
候補生は殺さない。
――食べたいなぁ。殺したいなぁ。
死体のようにぐったりしている三人。
本当に死体になったら、こんな風に横たわるんだろうか。
それとも普段寝ているように安らかに死ぬんだろうか。
――嗚呼、ダメ。抑えられない。
一度抱いた感情は、何かで解消しないと収まらない。
殺したい。切り裂きたい。潰したい。もぎ取りたい。砕きたい。嬲りたい。刺したい。抉りたい。縛りたい。張り付けたい。折りたい。壊したい。犯したい。甚振りたい。縫いたい。痛めつけたい。殴りたい。剥ぎたい。蹴りたい。打ちたい。溺れさせたい。痺れさせたい。千切りたい。捻りたい。絞りたい。炙りたい。燃やしたい。埋めたい。落としたい。煮詰めたい。斬首したい。両断したい。絞首したい。串刺しにしたい。薬漬けにしたい。毒を盛りたい。骨を抜きたい。脊髄を砕きたい。内臓を引き出したい。圧死させたい。引きずり回したい。爪を剥がしたい。指を詰めたい。鼻を削ぎたい。舌を抜きたい。鞭を打ちたい。血を抜きたい。首を絞めたい。熱湯を浴びせたい。焼き印を押したい。大電流を流したい。杭を打ちたい――
「あはっ……」
「ラヴ……?」
「なぁに?」
振り向きもせず言葉を返す。
今はこの想像を楽しみたいのだ。
カティの首に手を這わせ、その細さを堪能する。
この細い首はどれくらい力を入れたら折れるんだろう。
この絹のようなお腹はどれだけ殴ったら赤くなるんだろう。
殺したい。知りたい。殺したい。殺したい。コロシタイ。
「ご主人様、お着替えを――」
ギロリとファーストを睨む。
――ファーストは、候補生じゃないもんね。
「あ、あの、わ、わたっ、わたし、なにかっ、粗相を……」
ガクガクと足が震えて床にへたり込む。
そんな様子を見かねたマリーがラヴの身体を思い切り掴み、壁に押し付け瞳を覗き込む。
「ラヴ! 一体どうしたんですの!」
「……マリー?」
彼女に抑え付けられて、ふと冷静になるラヴ。
そうだ。約束したじゃないか。新しい奴隷が食料を提供している限り、ファーストは血を吸うだけにすると。
約束は守らないといけない。
約束。
――約束?
「ごめんね。怯えさせちゃって。ちょっと夜風に当たってくる」
「ラヴ……本当に、大丈夫ですの?」
「大丈夫。帰ってきたら一緒にお風呂入ろうね」
そう言って、スタスタと旧舎を出て行くラヴ。
その口は、三日月のように歪んでいた。




