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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第三章 軍学校と吸血鬼・後期
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出発、そしてファン

 広い荒野。

 王都周辺約五キロあたりは草も木も無い不毛地帯。


 しかしその周囲には草原や森林が広がっているし、年中雨も一定量降るため砂漠ほどの気温変化はない。

 王都の夜は過ごしやすく、今の時期なら着込まずとも十分快適に過ごせる。


「嗚呼、この荒野はどこまで続くんだろう」


 行軍を開始して数分後、突然ケイトがそんなことを言い出した。


「約五キロ先」

「ラヴは夢がないなぁ。もっと楽しいこと考えようよ」


 実際に五キロ先から草原があるのと、この星の半径が地球と同じと仮定した場合自分たちの目の高さから見える地平線は五キロ先という二つの意味で言ったのだが、どうやらケイトには伝わらなかったようだ。


 しかし確かにケイトの言い分も一理ある。

 この数分間は会話も途切れ、誰も一言も喋らずに歩き続けているのだ。


 とは言え最初は努力もしていた。

 九組のメンバーとお喋りしながら歩いて行こうと思っていたのだが、その九組のメンバーの内、女子三人が異様なほど緊張していて片言でしか話せていないのだ。


「三人とも、歩く速度大丈夫?」

「ダイジョブデス」

「疲れてない? 辛くなったら言ってね」

「ハイ」


 終始こんなやりとりで、会話がまったく続かない。

 いつもの五人組同士なら特に問題無く会話も弾むのだが、せっかく他の班と一緒に行動しているのにいつものメンバーで固まるというのは何か違うだろう。


「ねぇ、マイケル。あの子たちいつもこんな感じなの?」


 聞こえないように小声で話しかける。

 ジョンとマイケルは三人とは違い、ラヴたちが話しかけてもきちんと話をしてくれるのだが、女子組は一体何をそんなに緊張しているのだか。そう言う意味を込めての質問だった。


「ははは……カルメンたちはラヴさんのファンなんだよ」

「……ファン?」


 どうやら三人はラヴたちが主催した大勉強会に参加していたようで、彼女たちの言う通りに勉強したら何と平均点が二〇点も上がったのだとか。

 学年順位全員を覚えているわけではないが、少なくとも上位三〇名の中には彼女たちの名前はなかったはずだ。

 つまり彼女たちはかなり下の成績だったと言うことになるのだが、そこはさすが九組と言うべきか、今までは本当に落第すれすれで生きてきたようだ。


「でもなんで私だけ?」

「マリーさんたちも尊敬していると思うよ。でも五人組ってラヴさんを中心に集まってる感じが強いから、どうしても四人以上に特別な存在だって思っちゃうんじゃないかな」

「ふむ」


 カースト最上位の五人とそこそこな五人。

 学力最上位の五人と最底辺の五人。

 比べるなと言っても無理があるわけで、その中でも特にリーダー的存在であるラヴの噂は聞けば聞くほど英雄のようだった。


「そもそも私の噂ってどう言うものなの?」

「え、えぇと……」


 軍学校に入る前から第一部隊に従軍。

 それも聞くところによると歴代最高峰の才女であるメルラを以てしても敵わないと言わしめるほどの実力。

 入学後には常に成績はトップファイブに入り続けていて、ラヴよりも高い成績の者は皆ラヴの元に集まっている。


 入学三日目に起きた隕石事件も解決したのはノーマンとラヴ、そして偶然居合わせたメルラだと戦略室から公式発表があった。

 その事件で一躍有名になったラヴだが、威張るわけでもなくクラスの分け隔て無く相談事に乗ってくれると噂になる。


 一度七組の男子がラヴに告白した騒動があったが、彼女はこれを拒否。

 その後も何件か告白されるも全て断り、彼女は誰のものにもならないと皆が悟り、ある意味アイドル的存在へと昇格した。


 そして例の大勉強会。

 参加者の多くは勉強もそうだが、五人組に会いたい一心で参加しており、実のところ成績云々は二の次だった。

 しかし蓋を開けてみれば彼女たちの会話は面白く、頭の中にすんなりと入っていく。


 特に暗記も多くて大変だと思っていた教科ほど、彼女たちの話はためになる。

 推しの会話を聞いているだけで成績が上がるのだ。こんな魔法のようなことが起こっては、もはや推し活を通り越して崇拝になる者も多かった。


「……意外と尾鰭が付いてない」

「あ、やっぱりそうなんですね」


 途中までとは言えそんなアイドルたちと一緒に旅が出来るのだ。

 それが緊張しないはずもなく、同行すると聞いたときから浮き足立っていたらしい。


「でも嫌われてるわけじゃなくて安心したよ。ありがとう。マイケル」

「どういたしまして。ラヴさんにはまだまだ恩があるからね。困ったところがあったらいつでも言って」

「貴方の義理堅いところ、好きだよ」

「……そういうところだよ」


 話しかける決心が付いたラヴはマイケルと別れて女子グループに混ざりに行く。


「ねーえ、そこの三人組」

「は、はい! 何でしょうかラヴさん!」

「私、もっと貴女たちのこと知りたいなー?」

「わ、私たちのこと……?」


 会話の第一歩は相手を知ること。

 相手の情報が何もなければ話題も見出せないし、話も続かない。


「三人はどういう関係なの?」

「え、と。予科生からの付き合いで、双子が移動教室で迷ってたところを案内してあげたんです」


 コクコクと双子も首を振り、同意の意を見せる。

 当時、予科入学に合わせて上京してきたニッキーとトーニャは故郷との違いにまだまだ慣れず、移動教室でさえクラスの皆とはぐれてしまうことがあった。

 そのとき友達の一人でもいれば良かったのだが、都会の人は怖いという先入観からなかなか遊びの誘いにも応じず、次第に声をかける人も減って行った。


 それを見かねたカルメラが二人の手を引き移動教室まで連れて行ったことがある。

 それがきっかけで三人はよくつるむようになり、五人班でも絶対一緒になろうと決めていた。


「カルメラ。素敵な人なんだね」

「素敵って、そんな……」

「本当のことだよ。その気配りのおかげでこうして一緒に訓練が出来るんだから、貴女はもっと誇って良いんだよ」


 ありがとう、偉いねと言って頭を撫でる。


 ニッキーとトーニャを助けたからこそ今がある。

 尊敬という感情が乗った血肉は一体どんな味がするんだろう。この食材たちに出会えたことはいくら感謝してもしたりない。


 彼女たちが穢れる前に一度くらいは味見をしよう。

 ちろりと唇を舐めるラヴは、獲物を前にした蛇のようだった。



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