魔王、そして謁見
石造りの巨大な城。
そこはまるで御伽噺のような世界で、壁や天井付近にふわふわと浮いている光源が幻想的な光景を作り出す。
様々な制服に身を包んだ男女が両脇に整列していて、ある者は剣を、ある者は杖を翳して待機していた。
――あ、メルラ。
その中には見知った顔もいるが、あちらは職務中。
ラヴが見えていようと真剣な眼差しできっさきを見据えている。これがこの国における最敬礼だ。
謁見の間の最奥には玉座が三つ。
その中央に座るは魔王ディート。
魔王国にいる全ての悪魔の氏族はディートが生み出し、その誰もが魔王の劣化コピーだ。
純然なる悪魔にして全ての悪魔の祖。それが魔王。
「あ……や、ば……」
「動け……ない……」
ただ一瞥をくれるだけで候補生を威圧する。
漆黒の翼に漆黒の頭髪。
眼は黒く、瞳孔は蛇のように黄金色に輝き、どこか憂鬱げに一組一同を眺めていた。
――……美味しそう。
「……あはっ」
一目見たときから思っていた。
他の誰とも違う、どこか懐かしさを感じる魔力。魔王とラヴは初対面だが、その力はまるで旧知の仲のように知っている気がする。
食べてみたい。飲んでみたい。そんな欲求が、ラヴの中からふつふつ湧き上がる。
しかし今は拙い。
さすがのラヴでも場は弁える。それに彼女と殺り合っても負ける未来しか見えない。ラヴは殺したいけど殺されたくはないのだ。
「ほう……さすがだな」
そんなことを考えていると、唐突に魔王から褒められる。
そこでようやく気付いた。
一組の全員がその場で跪くように蹲っているのだ。
魔王から放たれる美味しい香り――もとい魔力にあてられたのか皆一様に顔色を悪くしていた。
「陛下。畏れながら、これ以上は」
「うむ」
美女が姿勢を崩すと肩に掛かる重圧も霧散した。
苦しみから解放された一同は改めて魔王の力に恐怖する。少し睨んだだけでこの力だ。これが本当に殺気を放たれたときにはどうなってしまうのか、考えただけで身震いする。
しかしそれ以上に疑問が残る。
どうしてラヴはこの威圧に耐えられるのか。あれだけの魔力を浴びせられてもびくともしないなんて、それは彼女の潜在能力が魔王に匹敵しているということではないのか。
彼女は一体、何者なのだ。
そんな疑念が頭の中を駆け巡る。
「其方、名を何という」
「お初にお目にかかります、魔王陛下。わたくしめは魔王軍士官候補生学校一組三〇番、ラヴと申します」
恭しくお辞儀をして最大限の敬意を示す。
こういうものは多少作法がなっていなくとも、誠意が伝わればそれで良いのだ。そもそも一から十まで正しくあれと言うのなら、こんな急に呼び出したりはしないだろう。
「そうか、其方が」
ラヴの名前を聞いてぽつりと呟くディート。
一体何を納得したのか非常に気になるが、この場で許可なく質問でもした暁には不敬と言われて首をはねられかねない。封建制度の悪いところだ。
「知っているのは其方だけではないぞ。マリー、カティ、ケイト、ローラは其方の友らしいな?」
それからクラスメートを漏れなく読み上げる。
アイドルの認知という奴なのか、マリー含む一部の忠誠心の塊のような候補生が感涙を流す。
それにつられてラヴも偉い人に褒められたという事実が今になって照れくさく感じた。
「さて、本日来て貰ったのは他でもない。今回の件は候補生全体の質の向上を果たした紛れもない功績であり、其方らは国益に寄与した」
ならば褒賞を贈るのが道義だろう。
そう言って玉座を爪で弾くと、一同の前に小さな箱が現れた。
箱の正体は恩賜の銀筆。
国益に寄与した者たちが毎年贈られる割と一般的な褒賞だ。
勲章としては最下位の第八等に相当するが、候補生たちにとっては浮き立つ内容であることに変わりはない。彼らにとっては魔王陛下から褒められたという事実だけで嬉しいのだ。
「また、今回の褒賞として士官候補生の給与に加えて特別手当を支給することとなった」
候補生は学校に通っているものの、書類上は魔王軍の兵卒だ。
そこには当然給与が発生し、ラヴの買い物予算もそこから捻出されている。
今回はそれに加えてボーナスが出るらしい。
勉強するだけでお金が貰えるならラヴにとっては大歓迎だ。まさに棚から牡丹餅と言った気分で、報酬を受け取る。
ラヴは皆のように魔王国で育ったわけではない。
故に忠誠心はあまりなく、第一印象も美味しそうだけど強そうなお姉さんとしか思えなかった。
「少額ではあるが其方らに贈ろう。今後、更なる貢献の糧となることを願っている」
その後すぐにディートが退席し、国家戦略室や次官たちが魔王に続いて外に出る。
忙しい彼らが少ない自由時間を割いて特別に会ってくれたのだ。それだけ夜行部全体の成績を底上げしたというのは重要なことなのだろう。
謁見が終わった一同は再び校長が開いたゲートに入り、元の教室へと戻って来た。
緊張が解けたせいか、帰ってきたら次々と椅子に吸い寄せられるように座り付く。
その有様に本当に同じ物を見ていたのかと自分の視覚を疑うが、しかし魔法にかけられてでもいなければそんなことあるはずない。
――もしや、魔王も魅了の魔眼とか持ってるのかな。
「おら、お前ら浮かれている暇はないぞ」
ノーマンに叱咤されて皆一様に直立する。
「時期的には折り返しだが、お前らはようやくスタート地点に立てただけだ」
彼の言う通り、前期は基礎知識や技術を溜め込むだけの期間。本番は後期、そして二年生の研修期間だ。
「始業式が始まる。一同、整列」
「ハッ!」
こんなところはただの通過地点。
始まったばかりの学校生活に浮かれてはいられない。
みっともない姿は見せられない。
期待されたのなら、応えたい。
一同は国のため、魔王のため、そして大切な者のため、決意を胸に、大講堂へと進行していった。




