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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第二章 軍学校と吸血鬼・前期
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お酒、そして尾行

 一部始終を向かいのカフェから見ていた一行は、ラヴからのハンドサインをしっかりと受け取っていた。


「休憩、部隊、撤退……?」

「介護するから先に帰ってろってことじゃない?」

「なーる」


 四人と二人もカフェで会計を済ませて店を出る。

 その時、ちょうどラヴたちも向かいのバーを出て、横の裏道に入っていくのが見えた。


「あら、あそこは行き止まりじゃ……」

「どうしたの、マリー?」

「い、いえ……」


 その後六人は学校へ向かうも、マリーはどうしてもラヴが入った脇道が気になった。


「あの、申し訳ないのですが、先に帰っていてくださいませんか?」

「忘れ物?」

「えぇ、そんなところです」


 そう言って一行と別れるマリー。

 来た道を引き返し、先ほどラヴがいたバーへと向かう。


 バーの横には確かに裏道があるものの、そこは昔から何も無い道だった。

 滅多に行かない場所だから幼少期に探検してからその後何かしらの店が入った可能性はあるが、少なくともあそこは通り抜けできるような構造ではないはずだ。


「一体何があるのかしら」

「マーリーイー?」

「誰ですの!?」


 突然背後から声がして、咄嗟に飛び退いて構えを取った。


 しかしその人物を見るとすぐに警戒を解く。

 声の正体はケイトだったからだ。


 夜行性も多くいる魔王国の王都だが、それでも昼より夜の方が犯罪件数が高くなっているという統計結果がある。

 それなのに、こんな時間に少女が一人で歩いていては何が起こるか分かったものではない。


 ケイトの尾行は、そんな心配によるものだった。


「カティはローラの見送りで一緒に帰ったよ」

「ありがとう。ケイト。わたくし、どうしてもここが気になっていまして」


 街灯も設けられていないような小道。

 月明りも届かないその場所は、昼と夜でまったく印象が変わっている。


「光がないと中々怖いですわね……」

「何だかお化けが出てきそうだね……」


 滅多なこと言わないでくださいましとケイトを叱りつける。

 意識してしまうとさらに怖くなってしまうではないか。


 一度意識をしたせいか、壁に書かれた落書きがだんだんと悪霊の顔に見えてくる。

 マリーは無意識にケイトに身を寄せて気を紛れさせようとするも、怖いのはケイトも同じで共に肩を寄せ合ってゆっくりと前へ進む。


「そ、そんなに怖いんだったら昼行部に入れば良かったのに。マリーって両行性でしょ?」

「両行性だからですわ」


 軍上層部の暗黙の掟で、両行性はできるだけ夜行性の意見も汲み取れるように配慮しなければならないと言うものがある。


 昼行性は眠気に耐えれば夜も出歩けるが、一部の夜行性はラヴのようにどう足掻いても昼間には出かけられない種族が一定数いる。

 そのため魔王軍の両行性は原則夜行性に合わせて、昼行性との橋渡しを担っているのだ。


「それに――」


 咄嗟に出掛かった言葉を飲み込むマリー。

 軍上層部から一族に対して今年の優秀な人物を夜行部に集めよという指示が出ていた。


 竜の一族だけではない。

 悪魔も、天使も、それ以外の種族にも、上層部には極秘事項として伝達が言っていたのだ。

 しかしそれは極秘事項。マリーですらその真意は知らされていないし、ケイトを巻き込みたくないとも思っている。


「それに?」

「それに、わたくしは立派な軍人になって、必ず王国を平和にするという夢が――あら……」


 話ながら道を歩いていると、前方に魔法灯の光が見えてくる。

 道はそこで途切れていて、きっとラヴはその店に入ったのだろう。


 店の前まで来ると、魔法灯がなければ店とすら分からないような建物だ。普通の集合住宅と言われても信じてしまうだろう。


「って、ここ……」

「ご存じですの?」


 ケイトが呆れたように呟いた。


「ラブホじゃん」


 ◆


 翌日。

 ラヴが教室に入るとケイトがそわそわしながら聞いてきた。


「や、やーあー、ラヴー。昨日の人とは上手くいった?」

「え、うん。ちゃんとさっき見送ったけど」

「そ、そー……良かったねー……」


 何だか良く分からなかったがケイトが納得したなら問題無いだろう。


 ――ケイトは吸血のこと気付いてるのかな?


 確かに昨日、泥酔したアンナの身体から血を頂いた。

 酔っているからなのか、その血はとても温かく、少し唾液を飲ませてやるとさながらホットミルクのような味わいになり、いつまでも飲んでいられた。


 しかしそれをケイトが知っているかと言えば、きっとそうではない。

 ならば別の理由なのだろうが、今のところラヴには何の心当たりもなかった。


「あの、ラヴ?」

「ん、マリー。どうしたの?」

「つかぬ事を伺いますが、らぶほって何ですの?」

「は?」


 マリー曰く、昨日バーを出てから一度は皆で帰ろうとしたものの、マリーとケイトはラヴが心配で様子を見に来てくれたのだとか。

 そして横道に入ってしばらくしたところで、魔法灯が付いたお店を見つけて安心したら、ケイトがぼそっと「ラブホじゃん」と呟いたのだとか。


「ですが、ケイトに聞いてもはぐらかされてしまい、寮に帰って国語辞典で調べても出てこず……」

「あー、国語辞典には載ってないだろうね」


 おそらく百科事典になら載っているだろうが。

 しかしケイトめ。先ほどの勘違いと言いマリーと言い、よくもまあ厄介事を押し付けてくれたものだ。


「ちなみにマリー。それって私以外に聞いたりした?」

「え? いえ、ケイトとラヴだけですわね」

「それなら良かった。耳貸して。ラブホって言うのはね――」


 ラヴがラブホについて詳細に語る。

 時に休憩所としての側面があり、時にカップルの愛の巣になり、時に不特定多数が交わる場所となる。


 それを説明していると、みるみるうちに彼女の耳が赤くなる。

 終いにはなんて破廉恥なと憤慨するも、その行き場のない怒りは彼女の耳元に涙を浮かばせていた。


「ラヴは、ラヴはそんなことしていませんわよね!?」

「もちろん。少し介抱して見送ったよ」

「そっ、そうですわよね……」


 親友を疑ってしまったことに罪悪感があるのか、しょんぼりと項垂れるマリー。


 しかしちょうど良いと言うべきか。二人が沈黙を始めたところでノーマンが教室に入ってくる。


「……お前ら、また何かやったのか?」

「まさか。至って健全な学校生活を送ってますよ」

「……まあ良い。じきに期末考査があるからな。あまり羽目を外しすぎるなよ。特にラヴ」

「はぁ? なんで私だけ指名されてるんですか!」


 日頃の素行は良いはずなのに、何故か毎回目をつけられる。


 しかしそれももうすぐ終わりだ。

 後期からは座学は殆ど無くなり、行軍演習などの実地訓練が主なカリキュラムになる。


 訓練は厳しいかもしれないが、第一部隊の旅はとても楽しいものだった。

 この五人でもきっと楽しいことが起こるのだと、ラヴは期待に胸を馳せる。



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