かくれんぼ、そして仕置き
闇夜に光るラヴの眼光。
その瞳を見た瞬間、ファーストはついに恐怖に耐えられなくなり、わめき散らして包丁を振るう。
「青い月夜の浜辺には」
ラヴが何かを口ずさむ。
それはまるで子守歌のようで、祝福のようで、呪いのようだった。
「いやぁあああ!! 来ないで! 来ないでぇ!!」
無意味なことだとは分かっていても、死の恐怖から逃れるために身体を動かす。
持ち出した包丁を投げつけた。
しかしラヴの身体能力は常人のそれではない。
指先一つで跳ね飛ばして、ラヴは再び口ずさむ。
「親を探して鳴く鳥が」
しかし、しかし、ほんの僅かに気は反らせた。今はそれだけで十分だ。
部屋を飛び出し玄関目掛けて全力で走る。
走って、走って、走って。
がむしゃらに走って、エントランスへと辿り着き――
「なんで!? なんで開かないの!? 開いてよ!!」
体当たりをし、蹴飛ばし、叩き、それでもドアは開かない。
近くにあった椅子を投げ当てる。花瓶を投げて、傘立てを投げて。
それでも、それでもドアは開かなかった。
「波の国から生まれ出る」
ラヴが口ずさむ。
「どうして!? どうじでわだじなの!? まもるっていっだじゃん!! いっじょう、いっじょにいるっていっだじゃん!! セージ! セージ! だずげでよ!! だずげでよ!! おがあざん! おどうざん! だずげでよ!!」
泣きながら、がむしゃらにナイフを振る。
何もかもが憎い。皆、皆苦しめ。私だけがこんな思いするなんて、不公平だ。
誰でも良い。欲しいものなら全部上げる。やれと言われたら何だってやる。だから、だからどうかこの地獄から救い出してください。
型も勢いも何もないナイフはすぐさまラヴに取り上げられた。
もう、希望なんてものは何もなかった。
「濡れた翼の銀の色」
ラヴがぎゅっと抱きしめる。
大切に、優しく、微笑みかけて。
「貴女はもう、私のもの。そうでしょ? ファースト」
「は、い。ご主人、様。忠誠を、誓います」
今までとは違う、心からの言葉。
もう十分だ。これ以上何を期待する。
もう、諦めたって良いだろう。
「あはっ。いただきます」
その日、いつまでも続く少女の悲鳴は、豪雨と落雷によってかき消された。
◆
翌夜。表の郵便受けには一通の手紙が入っていた。
「ファースト、おはよう」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「あはっ……今週はメルラも来られないみたいだし、今日はずっと一緒だね」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
昨夜、かくれんぼが終わった後に食べては直し、食べては直しを繰り返していたらファーストが壊れてしまった。
うわごとのように謝罪を繰り返すだけの人形と成り果てた彼女は、もうラヴを見るだけで蹲ってしまう。
「ファースト。言ったよね? おはようって言ったら、なんて返すんだっけ?」
「ひぃっ!? お、おはようございますご主人様! おはようございます、ご主人様!」
しかし躾はちゃんとしなくてはならない。
ここにはラヴの友人たちが来るのだ。躾けられていないペットがいると言われたら、恥ずかしくて泣いてしまう。
「ん、偉い偉い」
「あっ……うぅ……ぐずっ……んぁっ……」
左手で撫でると、顔面は涕涙に塗れているというのに、次第に恍惚とした表情へと変わっていく。
もはや彼女自身、どんな感情を持っているのか、どんな表情をしているのかすら分かっていないだろう。
今やファーストは恐怖と快楽が合わさってごちゃ混ぜになり、嗚咽を漏らしながら笑っていた。
「ファースト。一回だけ罪を償うチャンスを与えましょう」
手紙を読み終えたラヴは震える足で必死に立っているファーストに呼びかける。
「貴女にお買い物を頼みたいの」
「おっ、おお、おか、い、もの……?」
手紙の差出人はルイス。
待ちに待った新しい奴隷の入荷日だ。
遅れてしまったお詫びに入荷一番にラヴに伝え、その中からどれか一つを選ばせてくれるらしい。
本来なら校長のようなVIPにしかやらないサービスなのだが、ラヴは人柄もよく知っているし校長の紹介と言うことで特別だそうだ。
「そう。お外に出て、ちゃんとお買い物をして、私から離れず、お家に帰れるか。それができたら、もう貴女の身体は食べないわ」
「ほ、ん、とう?」
「もちろん、私の言いつけを守れば、だけどね」
「や、やり、ます」
もう、何でも良かった。
この地獄から逃れられるのなら、たとえその地獄を創りだしている張本人だろうと構わない。
あの痛みを味わわずにすむのであれば、何だってする。
「じゃあ、お出かけの用意をしましょうか」
そうしてファーストは唾液と涙と鼻水に塗れた顔を拭き取られ、可愛らしいメイクを施された。
出典:浜千鳥・歌詞




