告白、そして親友
翌日。
一日経っても冷めることのなかった噂の熱意だが、ラヴはとっくに冷めた目で彼らを見る。
どうせ明日も明後日も、こんな調子なんだろうなと諦めを通り越して悟っており、そんなことよりもっと楽しいことを考えようと無理矢理思考を切り替える。
「ら、ラヴ……」
「どうしたの? マリー」
放課後。ラヴの部屋にマリーがやってきた。
昨日は珍しく一人で先に帰ると言ってそそくさと寮に戻っていった彼女だが、とある目撃情報――ケイト調べ――によると、今朝早くに街の雑貨屋で見かけたという情報が入っていた。
「あ、あの、その……わたくし、ラヴに、お手紙書いてきたんですの」
「え?」
顔を真っ赤にして俯くマリー。
そしてポーチからマリーらしい可愛い包みに入った便箋を取り出す。
白と赤を基調にし、カラフルなラメで彩られている。
手紙からは僅かにマリーの香り。
包みに香水を垂らしたのだろうか。何とも彼女らしい工夫に、ラヴは愛らしささえ感じてしまう。
「えっと、読んでも?」
こくりと頷くマリー。
封蝋がされている封を開け、中の手紙を取り出した。
見るとそこには綺麗な文字。
彼女の性格を体現するかのような正しい文字が、逆に手紙の雰囲気から浮いてしまい、ラヴはついクスリと笑ってしまう。
「ら、ラヴ……!」
「ごめんごめん。じゃあ、読むね」
拝啓、親愛なるラヴ様。彼女の手紙はそんな言葉から綴られていた。
初夏の日照りが続く中、貴女様におかれましては如何お過ごしでしょうか。
昨日、貴女様が殿方から交際の申し出を受けたと伺い、いても立ってもいられず、こうして筆を執らせて頂きました。
あれ以来、わたくしの心には悶々とした情が溢れ、貴女様のことが片時も忘れられませんでした。
貴女様は以前、わたくしのことをお友だちと仰ってくださいました。
それはわたくしにとって掛け替えのない言葉であると同時に、初めての言葉でもあったのです。
わたくしは生まれてこの方友人に恵まれず、家庭の教育もあって一人でも完璧な軍人になろうと心に決めていたのですから。
しかし、そんな折りに声をかけてくださったのが貴女様です。
恥ずかしながら、最初は強引で奇天烈な行いをする貴女様を正そうと躍起になっていました。
推薦で軍学校に入ったという名誉を、不意にするのは頂けないと思ったからです。
けれど、それは全くの見当違いだと、今のわたくしならば断言できます。
貴女様には貴女様の信念があり、それを他人の正義で曲げることは正しさの押しつけでしょう。
卑しくもその考えを持っていた過去のわたくしをどうかお許しください。
そして、それに気付いてからと言うもの、わたくしの中で貴女様は掛け替えのない友であり、乗り越えるべき目標へと変わってゆきました。
貴女様の友であり続けたい。
そんな考えからか、交際の申し出を伺った時は、胸の奥が苦しく、切なくなりました。
貴女様の交際に口を出す権利など、わたくしにはありません。
しかし、友として、以前のように楽しくテーブルを囲める時を願うことは罪なことでしょうか。
貴女様と共に過ごす時は何時の日も心躍り、帰寮してからも胸の奥に貴女様を感じておりました。
お付き合いが始まれば、きっとそのような時間も少なくなるのでしょう。
しかしどうか、貴女様の横に友がいたことを忘れないで頂けたら幸いです。
お体に気を付け、これからも健やかにお過ごしくださいませ。
かしこ。
「で、ですから、その……あの……」
「……マリー」
「は、はい! ですわ!」
手紙から目を離しマリーを見ると、頭から湯気を出さんと言わんばかりに全身が紅潮している。
片膝をつき彼女の瞳を覗くと、そこにある大きな瞳はうるうると揺らいでいた。
その顔が堪らなく愛しく、ラヴは力一杯抱きついた。
「ひゃぁっ!?」
「マリー。良く聞いて」
「ひゃ、ひゃいっ……」
唇が耳に当たるほどの至近距離でラヴはマリーに囁いた。
「もう、マリーとは友だちじゃないかもね」
「そ、そんなっ……いやっ……いやぁ……っ!」
マリーの感情が決壊する。
ラヴを想い、何度も何度も書き直し、恥ずかしい思いをしてでも何とか伝えようとした言葉。
しかしそれを渡した結果は最悪以上の返答だった。
もう、立ち直れない。
もう、どうなっても構わない。
友だちがいないのなら、ラヴがいないのなら、学校になんて意味はない。
「うぅ……いやぁ……ラヴ、ラヴ……私を置いていかないで……ラヴぅ……」
あの気高いマリーが縋り付く。
ダメだ。そんな光景を見せられたら、抑えが効かなくなってしまう。
嗚呼、愛したい。
嗚呼、虐めたい。
嗚呼、味見したい。
可愛い可愛い私のマリー。つらいよね。悲しいよね。苦しいよね。
でもその顔は、今までで一番素敵だよ。
「違うよ。マリー。私たちはもう友だちじゃない。私たちは、親友だよ」
「うぅっ……しっ、しん、ゆう……?」
「そう。親友。友だちよりも、もっともっと親密で、友だちよりも愛し合ってる存在」
「あ、い……」
ラヴの甘い言葉に、マリーの思考は蕩け落ちた。
マリーの身体から力が抜け、そのままベッドに倒れ込む。
ラヴは一緒になってベッドに入り、よしよしと抱きかかえたままマリーの頭を撫でていた。
「マリー。頭撫でられるの、好き?」
「すきぃ……」
「私に触れられるの、好き?」
「すきぃ……すきぃ……」
一撫でするごとに、身体をよじって頭をこすりつけてくる。
まるで猫のような仕草に、ラヴはより一層愛情を込めた。
「マリー。私のこと、好き?」
「そ、それは……」
「……はむっ」
「ひゃんっ」
今はまだ、気恥ずかしさが優っているのだろう。
マリーの緊張を崩すために、ラヴは彼女の耳をついばんだ。
れろれろ、ぴちゃぴちゃと淫猥な音が脳に響き、マリーの思考にますます霞が掛かる。
「ひょう? ほへ、ふひ?」
「す、すきぃ……ラヴ、すきぃ……!」
「ぷあっ……あはっ、私も好きだよ。マリー。愛してる」
「わ、わたくしも、愛してますわ……愛してますわ、ラヴ……ですからっ……!」
物欲しげな瞳でラヴを見る。
しかしラヴは、彼女の願望に応えることはできなかった。
「ごめんね。本当はマリーを食べてあげたいけど……マリー」
「ひゃい……んっ……あ……」
瞳を合わせ、命令を送る。
「マリー。今日のことは忘れて。でも、心配しないで。だって私たち、親友だもの」
「はい……ラヴ」
「もう遅いから、今日はもう寝ようね」
「はい。……おやすみなさい、ラヴ」
額に一つ口付けをすると、マリーは魔法に掛かったようにすやすや眠る。
さて、こちらもそろそろ処理をしなければ。
ラヴはマリーに毛布を掛けて、男子寮へと足を運んだ。




