魔眼、そして訓練
「と言う事情がありまして」
「ふむ」
ヨハネス校長にアポを取り、ラヴとノーマンは校長室を訪れる。
本来校長というのは非常に忙しい役職だ。
主に外部の人物と交渉をしたり、方針を伝えたり、上の組織に報告をしたりしている。
その職務は出張が多いため、事前にアポを取らねば見かけることすら珍しい。
「ラヴくん。当時の詳細を教えていただけますか」
「はい。そのときは一組のマリー、ケイト、カティ、ローラ、そして先輩であるメルラと一緒に入浴していたのですが」
ラヴは当時の記憶を呼び起こし、覚えている限りのことを正確に伝える。
カティは最初からおかしかったわけではない。
思えば彼女の言動がおかしくなったのはラヴに抱きついてからだ。
急に後ろから抱きつかれ、肌に触れられ、吐息がかかり、熱を感じた。
そのとき思ったことと言えば。
「食べたいなぁって」
「まあ、十中八九それでしょう」
「しかし、本当に思っただけで、命令になるほど強い念じ方をしたわけではないですよ」
「きっと、ラヴくんの魔力が強くなったせいでしょう」
聖女、ファーストの血を吸い続けているせいか、ラヴの魔力は日に日に力を増していった。
ヨハネス曰く、急激な魔力の成長が魔眼を扱う技術に追いついておらず、暴走に近い状態になったのだとか。
魔眼持ちの候補生が入学すると稀に起こる事象らしく魔眼の力を鍛えれば問題なくなるそうだ。
「ラヴくんの魔眼の場合はおそらく経験がモノを言うでしょう」
ちょうど先日の奴隷商が反抗的過ぎて手がつけられない奴隷がいると報告があったらしく、放課後、課外授業と言うことでそちらに行ってみてはどうだろうかと提案された。
他にも家畜の世話や交通整備など、後期に向けての様々な依頼が来ているらしい。
特にやることもないので大丈夫なのだが、期末前は勉学に集中したいため休みが欲しい。そう言うと先方に伝えてみると言われ、その日の面会はお開きとなった。
そして当日。
四人にはしばらく任務があるから放課後は先に帰ると伝え、ラヴは一人でお店に向かう。
一人で深夜に奴隷商へ行くというのは危なくないのかと聞いたところ、予想外の結果が帰ってきた。
どうやら正規の奴隷商は国家資格が必要なようで、営業場所や営業形態をきちんと届け出して、毎年売上や売買した顧客リスト、商品リストを国に提出しないといけないらしい。
「ルイス様。短い間ですが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」
「よ、止して下さいよお嬢さん。お嬢さんは校長先生からの紹介なんですから、むしろ私らの方こそ頭を下げねぇと」
二人揃ってペコペコお辞儀をする図は何とも平和的であった。
結局二人はルイスさん、ラヴさんと呼ぶことになり、さっそく手が付けられない奴隷たちの元へと行く。
商店の地下には大きな部屋があり、普段はそこで調教師が日夜奴隷の躾を行なっているらしい。
「ここは静かですね」
「はい。ここは出荷準備の整った奴隷がいる場所なので」
酷い臭いだが、それは物質的な悪臭から来るものだけではない。
男も女も複数の魔力が混ざり合い、ラヴの嫌いな臭いが出ている。
それに香水も凄い。地下だから換気ができないせいか、まるで狭いコスメショップの最奥のような臭いがする。
ここまで来ると、もはや匂いではなく臭いだ。
不快感に眉を顰め、ハンカチを鼻に当てるとルイスが
「すみませんねぇ。なにぶん、その、色々と匂いが付いておりまして」
「大丈夫です。そう言う商品ですもの」
さすがの奴隷商も年頃の少女にそう言う話をして良いものか迷ったが、ラヴは仕方がないものだとして受け止める。
この世界で人権を説いたところで誰も聞く耳を持たないだろう。
人を無闇に殺してはいけない。ならば人を食べる人種は死ねと申すか。
そういった無駄な講義は愚民が無駄な知識を覚えてからだ。
そうなればなるようになるし、それまでわざわざ別の世界の常識を引き合いに出す必要はないだろう。
交流のない異世界の常識を持ってくるなんて常識がないなと一蹴されてしまう。
「着きました。この奥です」
案内されたのは一番奥の暗い部屋。
今は真っ暗の部屋で拘束し、ただひたすら放置し続け、大人しくなるのを待っているらしい。
集団で拘束しておいて意味があるのかと思ったが、どうやら魔法により発声を禁じられていおり、奴隷同士の会話はできないとのこと。
「では、お気を付けくださいね。もし暴れ出すようなことがあったらすぐに逃げて下さい」
「分かりました」
扉が開かれ、中へ入ると再び閉じる。
一切の光がないその部屋は、人間の眼球では何も捉えることはできないだろう。
しかしラヴは吸血鬼。光を受信する視野以外に魔力を受信する視野も持っており、光がなくとも中の様子はバッチリ見える。
――方法は一任されてるし、試しに一人猿ぐつわを外してみようか。
「ちょっと失礼――おっと」
「ガァッ!」
猿ぐつわを外した瞬間噛みつかれそうになる。
これは確かに凶暴だ。ラヴの声につられてか、他の奴隷も暴れだし、ガチャガチャと音を立てる状況は、さながらポルターガイストのような光景だった。
「ふふ、色々と言いたそうな顔だね。でも今はちょっと時間取れないから、手短に済ませるよ」
顔を力任せに持ち、無理矢理奴隷の目を覗き込んだ。
まずはできるだけ優しげにお願いする。
奴隷と何かが繋がった感触が伝わると、心の中で「首を三回振って欲しい……かな?」とお願いした。
すると奴隷は首を三回振って、その後は一切反抗らしい反抗もしなくなる。
これは失敗だ。
もっと効力を弱めなければ。
次にラヴは隣の奴隷に目をやり、猿ぐつわを外して発言禁止の魔法を解除する。
「お前! 殺し――」
再び目をやり繋げると、今度はもっと優しくお願いする。
――あーあ、誰か首を縦に五回くらい振ってくれる人はいないかな。
すると奴隷に面白い現象が起きた。
「おっ、お前、な、何をした!?」
口では反抗しながらコクコクと五回首を動かす。
なるほど、だいたいこの程度の魔力なのかと思いつつも、その判定はかなりシビアだと項垂れる。
いわば握力計測時に一発で百グラムぴったりの数値を出せと言われているようなものだ。
これを無意識レベルにまで落とし込むとなると、かなりの練度が必要となるだろう。
「でも、面白い」
「何を――」
再び発言禁止の魔法を設定し、奴隷を使って楽しく遊ぶ。
今度は皆に楽しんで貰うよう、部屋に明かりを付けて上げる。
嫌々ながらダンスをする者。
泣きながら自分を殴り続ける者。
目を瞑りながら隣の奴隷の腕を食べる者。
口から汚物を出しながら、ポーションを持ってそれらの治癒を行う者。
人の口に放尿する者。それを苦しみながら飲尿する者。
絶望した顔で殴り合いをする者。
それらの横で歌を歌う者。
「あはっ、楽しいね」
確かに魔力の制御は困難を極める。
しかし、ラヴは一度コツを覚えてしまえば、次は絶対に失敗しない。
それが、彼女が前世で天才を言われる所以だった。
できない場所は努力で補い、できるようになれば二度と間違えない。
理想の優等生。理想の生徒。できた子。偉い子。鼻が高い。自慢の子。自慢の友だち。尊敬する先輩。可愛い後輩。天才。秀才。鬼才。クラスの代表。学年の代表。学校の代表。生徒の鑑。
そんなくだらないコトを言われ続け、退屈な日々を送ってきたのも、全てこの楽しい場所に出会うための修行だったと思えば、途端に愛しく感じてくる。
「あはっ! ね。皆も、楽しいでしょ?」
玩具たちで遊び続けたラヴは、その日たった一日で魔眼の制御を会得したのであった。




