試合、そして反省
「どこからでも掛かって――」
「あはっ!」
ノーマンが挑発する前に、既にラヴは動いていた。
ノーマンの首筋を鋭利な爪が掠める。
咄嗟の動きで回避した彼は、伸ばしきったラヴの腕を掴み、肘関節に力を加える。
無理に抵抗すれば腕は使い物にならなくなるだろう。
ラヴはすかさず地面を蹴って、ノーマンが加える力に便乗する。
そして跳ねた勢いを利用し、彼の首元へ足を這わせる。
「フッ――!」
「あっはぁっ!」
迫り来る脚を拳で突き上げ軌道を逸らす。
虚空を切ったラヴの脚は、生身であるにも関わらず強大な衝撃波を生み出して周囲に土煙を巻き上げる。
そして生まれるノーマンの隙。
すぐさま腕の拘束を解いて、跳躍により土煙の中へと姿を隠す。
昼ならば陰で居場所が分かるものの、夜ならば肉眼ではまず捉えられない。
「ほう……気配を断つのが巧くなったな……」
『あはっ、あははははっ!』
四方八方から不気味な笑い声が聞こえてくる。
幻影魔法の一つだろう。
小さな魔法は必要とする魔力も少ないため、発動しても魔力による感知が行えないことがある。攻撃魔法ならまだしも、ただ幻聴を促す魔法と言うだけでは、プロであっても難しい。
それに彼女は接近戦を行なうと同時に魔法を発動していた。
故にその時点で魔力の消費は終わっており、今では発生源を掴むことは敵わない。
「ライ――ッ!」
魔法を唱えようとしたその瞬間。
彼の胴に激痛が走る。
メキメキと骨が軋み、ノーマンは力任せに吹っ飛ばされた。
間一髪で自分から跳躍をして直撃は避けられたものの、それでも吸血鬼の怪力は彼に深刻なダメージを与える。
――二本は逝ったか。ったくなんつー怪力だよ。
ズキズキと痛む脇腹を努めて無視して再び構える。
余計なことを考えながら戦って勝てる相手ではない。
魔力を含んだ霧がノーマンを再び包み込む。
この煙もラヴの魔法だ。敢えて魔力を乗せることで四方八方から魔力の気配を作り、本体を察知させずに惑わせる。
「チッ」
『あはっ、あははっ!』
この霧の厄介なところは二つある。
その内の一つは霧そのものに攻撃性があること。
ただの目眩ましかと思って放置しておくと、密集した魔力が攻撃魔法を作り出す。かといって魔法ができる前にその場所に攻撃したところで実体のない霧が霧散するだけ。魔法発動の時間稼ぎにはなるだろうが、根本的な解決には至らない。
ならばどうするか。
逃げるのみだ。
『あははははっ!』
不気味な笑いが周囲に響く。
――クソッ! もう魔法が完成したのか!
内心悪態を付いて虚空を睨む。
次の瞬間、全方位が煌めいて――
「ホーリーウォール! スフィア!」
光の矢が豪雨のごとき物量を以て襲いかかる。
ラヴの開発した凶悪魔法の一つだ。
彼女は以前披露した魔法にて、実践では役に立たないと暗に言われて考えた。
一カ所から全方位に向けて矢を展開できるなら、全方位に展開した矢を一カ所に集めることもできるのではないか。と。
それがこの魔法、アローレインリバースだ。
「殺す気か!」
『あはーっ!』
悪態をつくものの、実際はかなり劣勢だ。
全方位防御を展開することによって攻撃からは免れたが、その反面一つの場所に閉じ込められた。
このままではジリ貧だ。
もはや状況は絶望的。
ならば一か八か、賭に出るしかない。
――当たるなよ!
「マキシマム・ホーリーキャノン!」
両腕を突き出し、魔法を唱える。
校舎側に候補生たちを集めて置いて正解だった。でなければ校舎を犠牲にしなければいけなかったのだから。
両手に大量の光が集中する。
あまりの光に拳が焼かれるような痛みを感じるが、肉を切らせて骨を断つ。そうでもしなければラヴを抑えることはできない。
「インジェクション!」
次の瞬間、極太のレーザービームが放たれる。
全てを破壊する光の柱は、自身の防壁諸共にラヴの包囲網も貫いた。
光が収束する中、消えきる前に包囲網を飛び出す。
周囲を見渡すと、突然の光で視界が潰れ、目を押さえながら蹲るラヴが見える。
「ハァッ!」
同情する余裕はない。
跳躍によって一瞬で肉薄したノーマンは、渾身の力を以て彼女の横腹を蹴り上げる。
「あはっ……捕まえた」
「ッ――!」
腹には確かに直撃した。
受け身も回避もできずに受けた脚撃は、吸血鬼である彼女とてただではすまない。
しかし、それでも彼女はその攻撃を受け止めて、ノーマンの足を捕縛する。
「あはっ! アローレイン」
二人を中心に無数の矢が展開する。
「私は貫かれても生きてますけど」
「おいおい。冗談だろ……」
「あはっ! 耐えてくださいね。隊長」
そして彼女は、呪文を唱える。
「リバース」
「こ、降さ――」
その言葉を言い切る前に、無数の光が二人の身体を貫いた。
◆
試合が終わり、一同は運動場の隅で反省会をする。
「えー、先ずは記憶に新しいラヴから」
「ふぁーい」
先ほどの恐怖感はすっかり消え、ノーマンから貰った試験管にストローを刺して、味わうようにチュウチュウ吸う。
美味しそうに飲んでいるその液体が気になるクラスメート一同だったが、さすが優等生たち。先生の前では私語はしない。
「戦闘力は申し分ない。が、加減をしろ。これは訓練だぞ」
「加減したじゃないですか」
「最後だけな。それ以外は殺しにかかってたぞ」
最後の魔法はもちろん心中するつもりなんてなかった。
威力もだいぶ弱く、全弾当たったところでせいぜい大量にぬるま湯を浴びせられる程度の威力だ。
しかしそれ以外の攻撃は確かに致死性の高いものばかりだったが、クラスメートも全力でやったのだ。ラヴだけ仲間はずれというのは公平性に欠けるだろう。
そんな抗議をするラヴだったが、お前は存在自体が公平性に欠けると一蹴されてしまった。
「お前は確実に、今後の戦術の要になるだろう。ありとあらゆる場面を想定し対処できるよう、可能な限り弱点を潰せ」
「はぁい」
今のところ致命的なものとなるのは銀武器と太陽光くらいだ。
太陽光は克服できる気がしないので、銀武器への対応を何とか考えよう。
そう思って、頭の片隅でメモを取る。
「ではそれ以降は挑戦順にやろうか。まずマリー」
「はい。ですわ……」
「先陣を切ることは重要な役目だが、猪突猛進とは訳が違う。時には味方が相手を消耗させてから致命の一撃を与える役目に転じることも重要だ。」
今回真っ先にノーマンに挑んでいったのはマリーだった。
ラヴに勝るとも劣らない強靱な肉体を持っている彼女は、ノーマンに太刀打ちできるという自信があった。
しかし結果は惨敗。
自由に選んで良いと言われて手に取った剣もあっけなく往なされて、カウンターを食らった彼女はたった一撃で膝をついた。
「次、カティ」
「うぃー……」
「お前はいちいち隙が多い。威力の高い攻撃を使えば良いというものではない」
大きな攻撃にはたいてい予備動作や反動があり、そこに生じる隙は致命的になり得る。
特にノーマンのようなスピード重視の敵には悪手も良いところだ。
カティはラヴの試合を見て思うところがあった。
まず身体強化によってノーマンに劣っている技術を力でカバーする。そして幻聴や視界妨害、透過などの小さな魔法を使って敵を欺く。
その後相手を自分の領域に引きずり込むと、次第に高威力の技を混ぜ、相手の集中力を削ぐ。
そしてここぞというタイミングで致命の一撃。
ノーマンの言ったことを忠実に体現した戦闘スタイルだった。
「次、ケイト」
「はーい……」
「お前は逆に技の威力が足りなさすぎる。今回は一度でも傷つけたら終わるというルールの下で行なっていたが、それにしても技の凄みを感じない」
戦意喪失の最も簡単な方法は、恐怖による支配である。
強大な技。圧倒する巨体。
力というのはそこにあるだけで相手を萎縮させ、身体の自由を奪っていく。
しかし小さすぎる技は逆に敵を調子付かせてしまうこともある。
子どもと大人のチャンバラだ。
子どもが大人に勝てないのは、ただ力の差だけではない。
大人には子どもに負けるわけがないという自尊心と、実際に打撃を受けたところで大した痛みは感じないという安心感がある。
その二つは強者の力をさらに強め、より大きな差が開いてしまう。
「ローラ。お前は総じて判断が遅い。それと思考が愚直だ」
「……はい」
運動はできずとも、多彩な魔法を扱うローラ。
ノーマンが最も警戒していた相手だが、蓋を開けてみればマリーに並ぶ呆気なさだった。
と言うのも、彼女はいちいちものを深く考えすぎる。
相手の動きを先読みしたり、フェイントを警戒したりするのは良いことだが、肝心の魔法が遅れてしまっては意味がない。
加えてフェイントだと気付いたとき、発動中の魔法をキャンセルして別の魔法を再構築する癖がある。
そのせいで何もしていない時間があまりにも多く、簡単に接近されてしまった。
「完全な後方支援職は前に出ることは少ないが、後ろから敵の奇襲を受けるときもある。仲間が到着するまで一人で身を守る術を身につけなさい」
候補生一人一人の欠点を的確に判断し、次への目標を与えていく。
そうして全員が助言を受けたところで、今日の訓練は幕を下ろした。




