試合、そして挑発
「考査の結果を返却する。呼ばれた者から取りに来るように。マリー」
「はい。ですわ!」
「カティ」
「いぇあ」
「ケイト」
「うぃーっす」
今までこの順番を不思議に思っていたが、どうやら入学時の成績順らしい。得点の公表はされていないものの、予科組も一般公募と同じ入試問題を解いたということだから、その点数でもマリーはカティ以上の点数だったのだろう。
「ローラ」
「……はい」
「最後に、ラヴ」
「はーい」
最近、教室内ではラヴたちは五人組と呼ばれることが多い。
そしてなぜだかローラは最後の良心と呼ばれ、いつの間にかクラスメートだけでなく全候補生たちから崇められていた。
「今回の中間考査は全体的に出来が良く、平均点は去年より一五点も高い八七点だった。特に一組は八〇点未満が誰もいないという快挙だ。よくやった」
手放しで誉めるノーマンとは珍しい。
そう思っていたが、その後に続く言葉は中々に不穏なものだった。
「一方、五〇点未満の者らが既に見込みなしと判断され退学処分を受けている。五〇以上六〇未満の候補生も追試があり、それで六〇未満なら同じく退学処分が下される。皆、今後も慢心せずに勉学に励みなさい」
「はい!」
「それでは今後のカリキュラムを説明する」
前期後半からは馬術や剣術といった授業も入ってくる。
前期前半でそれを行わなかったのは、偏に新しい生活に慣れてもらうためだ。
士官学校には様々な境遇の候補生たちが集う。
田舎の貧しい農村部から村を代表して上京して来る者もいるため、約二ヶ月の慣らし期間を設けているのだ。
そしてある程度都会の生活に慣れた頃から本格的にキツくなる。
「では午前の授業は武術からだ。夜食を取ったら授業開始前に運動場に集まるように」
そう言ってノーマンは教室を出る。
「あぁ、一つ忠告だ。武術では当然激しい運動がある。食べ過ぎには気をつけろ。それとラヴ。お前は今日夜食を食べるな」
「なんで!?」
一方的に命令して、今度こそ教室を出ていった。
五人組も先生がいなくなると食堂へ移動する。
ラヴはご飯を食べられないが、皆は食べるからだ。
仕方が無いのでいつものように先に席取りをする。
ラヴは毎回食堂に来ると席取り要員として先に行かされる。
別にパシられているわけではない。ラヴの頼む注文が他の注文を差し置いて一番に来るから必然的に一番早く席に着くのだ。
ラヴは以前まで焼肉定食の肉だけを頼んでいたのだが、あるとき知り合った調理師さんにお肉だけ出そうかと提案された。
そこでラヴは聞いてみた。
『生肉で貰えませんか?』
そして事情をざっくり説明し、食中毒の心配はないとノーマンに一筆認めて貰ったところでその日以来ラヴが食堂に来ると塩胡椒を降っただけの生肉が渡されるようになった。
「おまたー」
「……あぁ、カティ」
「ラヴっちマヂさげぽよぢゃん」
「私が、いったい、何をしたって……」
本格的に落ち込んでいるラヴを見るのは初めてだった。
ラヴが誰かを慰めることはあっても、慰められることはない。
「喉、乾いたなぁ……」
だからだろうか。
誰も、項垂れる彼女にかける言葉を見つけられなかった。
◆
「ふっ――」
「グアァッ――」
運動場に候補生が倒れ臥す。
それも一人二人ではない。
今倒れた者で二九人。
あのマリーやカティですら、壁に腰掛け項垂れていた。
「うぅ……」
「恐怖で腰が引けているぞ。戦場では仲間が殺される光景はそう珍しくない。常に平常心を持つよう心がけろ」
「は、はい……」
そうして場外へと撤退する。
候補生が対峙しているのは言わずもがな、ノーマンだ。
二九人を相手にして呼吸一つ乱さない彼は、まさしく当代最高の歩兵使いと呼ばれるに相応しい実力を持っている。
「お前で最後だ。ラヴ」
「…………」
ふらふらと覚束ない足取りで運動場へ入っていく。
明らかに体調不良と思わせる顔色に、五人組のメンバーは心配を寄せるが、しかし今の彼女には普段の彼女にはない不気味な気配が宿っている。
「せ、先生。やはりラヴは体調が悪いのでは……?」
「いや、これがこいつのベストコンディションだ」
そう言って、ノーマンが初めて構えを取る。
今まで誰であろうと片手間に制圧してきたノーマンが、ラヴには始まる前から殺気を放ち警戒している。
この二ヶ月でノーマンの性格は良く理解できた。
彼は必要最低限の力で最良の結果を生み出すが、そこに驕りも慢心もない。
事前に調べ、理解し、相手の全てを知ってから、その者にあった対応を取る。
今まで手加減して戦ってきたのは、別に侮られていたからではない。
それが今の候補生たちの実力に合っていたからだ。
「私が、何を、したんですか」
ドス、ドス、ドス。
ラヴが地面を踏みつける。その音は次第に強くなり、まるで自身を鼓舞しているかのように、鬱憤を力に昇華していった。
「許せラヴ。お前とは武器を使って戦いたかったんだがな、残念ながら許可が下りなかった」
「知らないですよ、そんなこと」
苛立ちを隠そうともせず、吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
普段であれば決してこんなことは言わないだろう。明らかにいつものラヴとは違う彼女に、皆は形容しがたい恐怖を覚える。
「お前たち、よく見ておけ」
「先生……何を……」
「これから現れるのは二代前の第一部隊を棒きれ一つで壊滅せしめた化物だ」
二代前の第一部隊。
メルラ率いる天才たちの逸話は、今の候補生なら誰もが知っている英雄譚だ。
ワイバーンに挑み、雪山を踏破し、野盗を壊滅まで追い込んだ。
そのどれもが情報源が公式発表にあるのだから、過程はどうあれ少なくとも彼らの生した結果は事実なのだ。
そんな最強の部隊を、たった一人で壊滅させた。
それが真実ならば、彼女は一体何者なのだ。
「お前なら、これが何か分かるよな?」
「……?」
キュポっと小気味好い音が鳴り、試験管の栓が開かれる。
「ッ――! まさか……!」
「お前の想像通りだろうよ」
この試合には予めルールが設けられていた。
一つ。どちらかが気絶したら終了。
一つ。どちらかが降参したら終了。
一つ。どちらかが武器を手放したら終了。
一つ。ノーマンは血を流したら負け。
一つ。勝てば法や規則に抵触しない範囲で望む物を一つ得る。
「こちらが決めて悪いが、お前が勝ったらこれの大元をやろう」
「……あは」
ゾクリ。
クラスメートの背筋が凍る。
彼女は、あんな表情をしていただろうか。
彼女は、あんな笑いを浮かべていただろうか。
彼女は、あんなに怖かっただろうか。
その問いは誰もが抱いていたが、誰もが口に出せなかった。




