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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第一章 転生と吸血鬼
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転生、そして食肉

「……?」


 ラヴが目覚めた場所は美しい湖の麓だった。

 紅い月が水面に映り、蛍のような小さな光源が無数に群がっている。


 周囲は森に覆われて、湖以外は何も分からない。


 現代日本にあったのなら確実に映えスポットとして有名になっただろう。

 そんな場所に群がる人間を痛めつける。嗚呼なんて心躍る観光地か。


「……喉渇いた」


 しばらくあたりを散策していると、何だか無性に喉が渇いてきた。

 どこかに自動販売機はないものか。とは言え今は小銭もスイカもない一文無しだ。

 確か死ぬ前にはスイカに多少は入っていたはずだが、どうやら持ち物は全て没収されてしまったらしい。


 今あるのは見窄らしい服一着のみ。靴も下着も履いていない。


「……喉渇いた」


 唾を呑んでも一向に収まる気配はない。

 仕方が無いので湖へ行くと、両手でお椀を作って水を汲む。


「匂いは……分かんないや。んく、んく、んく……」


 小さな口に精一杯水を入れる。

 美味しい。もしかしたらいろはすより美味しいかもしれない。これに白桃を入れて呑みたい。


 そんなことを考えて、再び水を掬う。掬う。掬う――


「……喉渇いた」


 水を汲んでは口に入れ、飲んでは汲んで、掬っては運び。

 いくら飲んでも喉の渇きが収まらないと気付いたのは何杯目だっただろうか。


「おかしい」


 確かに飲んでいる。お腹はもうたぷたぷだ。しかし喉の渇きは収まるどころか悪化している。

 運動をした後はスポーツドリンクじゃないといけない的なあれだろうか。しかしそうは言っても近くに自販機はなさそうだ。


 訳が分からずそんな現実逃避をしていると、少し離れた茂みがガサガサと揺れる。


「あ……」


 そこに現れたのは一匹のウサギ。

 周囲を警戒して、敵がいないことを確認すると湖まで出てきて水面に顔を近付ける。


 一瞬ウサギと目が合った気がした。

 逃げられると思ったが、しかしウサギは何も無かったかのように目をそらし、水面に口を付けて水を飲み出した。


 それに続いて数匹のウサギが現れ、同様に固まって水を飲んでいる。

 ファーストペンギンならぬファーストラビットだろうか。一人が先行して危険かどうかを確かめると言う習性があると言うことは、古くからここら辺一帯にはウサギを狩る肉食動物が生息していると言うことだ。


「あはっ、美味しそう」


 ――……美味しそう?


 可愛いと言おうとしたはずなのに、無意識のうちに美味しそうと言っていた。

 それを自覚するや否や、突如喉の渇きに加えて空腹感が襲ってくる。


 食べたい。食べたい。食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい。


 あまりの食欲に充血でもしたのか、まるで周囲が血に染まったかのように真っ赤に映る。

 それが更なる空腹を誘い、その衝動は無意識に身体を動かしてウサギの方へと歩いて行った。


「ぶぅっ!」


 当然足音に気付いたウサギは一目散に逃げ出した。野生動物には人間の足では到底追いつけるはずがなく、一匹、また一匹と姿をくらましていく。


「待って!」


 声を荒げてどうにかなるわけではないが、ついつい声を上げてしまうのは仕方が無いだろう。

 しかし今回はその願いが天に届いたのか、急にファーストラビットの足がピタリと止まった。


 その静止具合と言ったら異常の一言に尽き、走っている最中に停止したものだからそのまま慣性に身を委ねて地面を転がっていった。

 しかしウサギは痛がる素振りもなく硬直したままだ。


 これ好機と見て、ラヴはウサギ目掛けて駆けていった。


「んっ……」


 じゅわりと口内に唾液が溢れ出る。

 食べたい。食べたい。あの肉に食らいつきたい。あの血を飲みたい。そんな衝動が頭から離れず、震える手でウサギをそっと持ち上げて――


 ごぎっ。


 そんな効果音とともに、ウサギの首をへし折った。

 ウサギは抵抗するでもなく命を落とし、長い爪で裂かれた肉からはポタポタと血が流れ出る。


「はぁ……はぁ……んっ……もう、ダメっ……!」


 体毛が口に入るのもお構いなしに、ラヴはウサギにかじりつく。

 顎の力を精一杯使って肉をかみ千切り、むしゃむしゃと咀嚼していくうちにじんわりとウサギの旨みが口内に広がっていった。


「んーっ!」


 まるで炭酸を飲んだかのように、その鮮血が口内を刺激する。

 今まで口にしてきた飲み物の中で一番美味しい。そう言いきれるほどに、このウサギの肉は甘美であった。


「んっ……んあー……」


 はしたなく舌を出し、垂れ落ちる血液を舌で受け止める。

 血液一滴一滴がラヴの身体を熱く火照らせ、喉に伝わる度に身体が反応してしまう。


「んっく、んっく……ぷぁ……あっ……」


 そんな行為をいつまで続けていただろうか。

 そのウサギの血液一滴すら残すまいと絞りに絞り、最後は皮を剥いで肉ごと食らった。


 内臓と骨、そして皮と頭だけ残して綺麗に平らげたラヴは、いつしか空腹感も喉の渇きも収まっていることに気付いた。


 きっとあのウサギはスイートラビットとかフルーティーラビットとか呼ばれている感じのアレだ。きっとそうに違いない。


 誰かが品種改良をしたのだろうか。それとも知らなかっただけでウサギは皆あんなに美味しい生き物なのか。

 何はともあれこれで飢えは凌げた。あとは数日後の食中毒や腹下しが怖いが、まあなるようになるだろう。


「また食べたいな」


 あれを考えるとお腹がうずく。

 もしかしたらこの世界は美味しいもので溢れているかもしれない。そんな期待を胸に、ラヴは身体を丸めて眠りについた。



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