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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第二章 軍学校と吸血鬼・前期
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勉強会、そして披露

 中間テスト。

 それは一般的な学校に通う全ての者に平等に訪れる試練。


「今週末、皆さんで集まりませんこと?」

「パ?」

「違いますわ。勉強会ですの」

「パパぢゃん」

「勉強会ですの!」


 後で聞いたがパはパーティー。パパはパジャマパーティーの略とのことだ。

 マリーも以前はまったく分からなかったが、持ち前の粘り強さと分析力で徐々に理解していったらしい。


「でもどこでやるの?」


 この中では相部屋になっているメンバーはいない。

 綺麗に全員別々で、当然そこには別の候補生が生活しているため、一人が勝手に夜更かしをすることもできない。

 相部屋というのは、江戸時代で言う五人組のような機能も込められていた。


「わたくしに良い考えがありますわ!」


 胸を張って高らかに宣言するマリー。

 何やら何かに期待を馳せているようだ。


「この中に、相部屋でないどころか建物一棟独占している方がいるでしょう?」

「あ」


 皆が一斉にラヴを見る。

 要はラヴの部屋が見たいのだろう。その反応から察するに、きっと既に示し合わせていたのかもしれない。


 仕方が無いので、ノーマンに許可が降りるか伺うため、ラヴは職員室へと足を運んだ。


「別に良いぞ」

「あっさりですね」

「勉学に励む機会を不意にするつもりはない。ただ、校長に言われたことを忘れるなよ」

「はーい」


 ファーストを購入したあの日、ヨハネスとは幾つか約束事を交わした。


 その一つが、候補生への吸血行為の禁止。

 吸血鬼の能力には一種の精神汚染や依存症が見られる。大人でさえ抗うことが難しい魅力に、若い世代もいる候補生ではどんな間違いが起こってしまうか分からない。

 ならば、せめて候補生であるうちは、彼女の脅威から仲間を守ってやる必要があった。


 校長がラヴに奴隷を買い与えたのは、いわば生け贄だった。


「良いって」

「マ?」


 ラヴが結果を持って帰ると、逆にカティたちが驚いた。

 できたら良いなとは思っていたが、本気で可能だとは思っていなかったらしい。


 突っ込みたい気持ちを努めて抑え、ラヴはテキパキと予定を立てる。

 飲み物はラヴが用意して、それ以外は各自お菓子や筆記用具など必要なものを持参する。


 筆記用具の前にお菓子が出る当たり、やはりカティはパジャマパーティーにしたいのだろう。


 そして当日――


「ラヴっちー! あーそーぼー!」

「勉強会ですってば!」


 旧舎の前で四人は待つ。

 するとガッチャンと鍵が解かれる音が鳴り、金具が軋む音と共に扉が開く。

 中から現れたのは当然、部屋着姿のラヴだった。


「いらっしゃい。上がって上がって」

「おじゃましまーす」


 旧舎は外から見ると恐ろしい外見をしている。

 全ての窓には一寸の光も通さないように木材で塞がれ、壁には歴代の先輩方が書いたであろう落書きが。

 正面玄関には関係者以外立ち入り禁止と書かれた看板が置いてあり、本当にもう使われていないのだと物語る。


「……って、中は意外と綺麗なんだね」

「私が廃墟に住むとでも? ちゃんと毎日掃除させてるよ」

「させてる?」


 日に日に従順になっていくファースト。

 とは言え彼女とラヴが直接会うのは寝起きと食事の時だけで、それ以外は基本授業があったり外出していたりと旧舎にいないことが多い。

 しかしその間手持ち無沙汰にしておくのは忍びないと思ったラヴは、彼女に部屋だけでなく館全体を掃除するように命じた。


 すると彼女は考えを放棄するように仕事に没頭する。

 現実から逃れるために仕事や学業にのめり込む人間を、ラヴは生前に幾人か見てきたが、ファーストもその類いの人間なのだろう。フロイトの防衛機制に昇華とあるが、それは正しくこれのことだ。


「ここがラヴの部屋?」

「あら、思ったより簡素ですのね」


 マリー曰く、部屋を埋め尽くさんばかりの小物やジュエリーが置いてあるのだと。

 ケイト曰く、自分の肖像画で壁一面埋まっているのだと。

 ローラ曰く、お菓子の家のようにお菓子がたくさんあるのだと。

 カティ曰く、壁も床も天井も全て鏡でできていて、四方八方から自分を眺められるのだとか。


 普段彼女たちがラヴをどういう風に見ているのか良く分かるコメントだった。


「そんなにナルシストに見える?」

「ラヴ、この世界で一番美しい人って誰?」

「もちろん私だけど……それが?」

「っべぇ、ラヴっちマヂナル入っててわら」


 失礼な。これは客観的に評価した事実だ


 皆の反応に釈然としないが、それより今はテスト勉強だ。

 勉学こそが彼女たちの本分。今日だけはファッション・美容は後回し。


「軍学校でのテストに関してはわたくしたちに一日の長がありましてよ」

「それな」


 あくまで予科での話だが。そう前置きをして二人は話す。


 軍学校のテストでは暗記問題はあまり出ない。

 それは普段の小テストで事足りているし、なにより柔軟な思考を必要とする士官は暗記だけという頭の固いテストをしても意味がないのだ。

 せいぜい得点の二から三割程度であることから見ても、あまり重要視されていないと伺える。


 ではどうやって評価を付けるのか。その答えは小論文だった。


「それは入試でも同じだったね」


 九〇分の間に四から六問の課題が出され、それに対しての小論文を書く。


「小論文のコツは第一に採点官の望む回答を書くこと。第二に書ける内容を書くこと。そして第三に自分の書きたいことを書くこと」

「あとわ、Tコンが鬼シビアじゃん? グダったらエンドるわけ。イープロからやると超AS」


 他にも基本的なセオリーを幾つか教えて貰って、いざ対策範囲を確認する。


 指定範囲は至って簡単。今までの授業範囲全てである。

 修身学、戦術学、戦史、魔法学、軍制学、兵器学、射撃学、築城学、交通学、測図学、馬学、衛生学、教育学。

 これらを六日間かけて二つずつ行なう。


 授業自体は他にも馬術、剣術、魔術などあるが、それらには中間テストがないのでスルーする。


「修身学は最初の正否問題を注意して解けば問題ないでしょう」

「マルバツマヂチョッセーから」


 かなり陰湿な問題になっているようだ。

 どうやらカティはそれに何度か引っかかっているようで、超MMなんだけどと思い出しては憤慨していた。


「倫理は、魔法の基礎。……倫理得意」


 そう言って胸を張るローラ。

 倫理が得意とはどう言うことだろう。


「戦術学は全て記述で場面場面を想定して問題が出されますのよ」

「セオリーわポッポをスカらないこと」


 魔王軍は歩兵だろうと一人一人が強大な力を持っている。

 そのため魔王軍は人材の消耗を酷く嫌う傾向があるため、油断することなく、常に団体行動で連携を取ることを軸に回答していくのが重要なのだとか。


 その後も二人の解説を聞き、各教科の要点を押さえる。

 さすが予科生時代のトップツー。ギャル語含む専門用語を理解できれば実に分かりやすい。


「ご主人様、お菓子が……」

「ん、そこ置いておいて」

「……畏まりました」


 ピタリと勉強会が止まり、ラヴ以外の全員がファーストを凝視する。

 そして彼女は何事もなかったかのように部屋を出て、ラヴも同じく勉強会を再開する。


「で、ここの解釈なんだけど」

「ちょちょちょ、まってまってまって。え? なにあれ? え? ご主人様?」


 ケイトが問い詰める。

 一体ご主人様とは何だ。二人はどう言う関係なんだ。ずっと一緒に住んでいるのか。


 どうやら他の四人も同じ気持ちなようで、真に迫るその表情は皆の気持ちを代弁していた。


「あれは私の奴隷よ。名前はファーストって言うの」

「で、ではあの子は人間なのですわね……?」


 戦時中とは言え、大半の魔人は人間を見たことがない。

 何せ大使でも無い限り魔王国にいるほぼ全ての人間は奴隷か不法滞在者のどちらかだ。

 経営者や食人種族でもない限り見ることは少ないし、食人種族も生きている人間なんて滅多に見ない。


「へぇ、あれが人間ねぇ」

「可愛いかよ」

「人間、初めて見た……」

「わ、わたくしもですわ……」


 皆の反応は概ね二つに分かれた。

 一つは友好的な反応。ケイトとカティがそれにあたり、もう一度見せてとラヴにねだる。

 一方ローラとマリーは怯えている様子。

 ローラはお菓子を持っていないクラスメートにも怯えているので分かるのだが、マリーが警戒するのは意外だった。


「じゃあちょっと休憩しようか。ファースト。おいでー」

「……はい、ご主人様。どうしました?」

「しばらくそこにいて」

「か、畏まりました……」


 休憩と称し、ラヴはファーストを呼び寄せる。

 彼女が登場する度におおっと感嘆の声が上がるというのは持ち主として何とも鼻が高い。


「ねぇ、ラヴっち! 触ってみてもいーい?」

「良いけれど、傷つけないようにね」


 お許しを得たことでペタペタと顔や手足を触るカティ。

 可愛い可愛いと撫でる彼女とは対照的に、ファーストは目を瞑ってガクガクと震えている。


 事前にファーストには魔王軍学校の友だちが来ると伝えている。

 彼女からしたら魔王軍の基準はラヴだ。

 ラヴのような悪意の塊が五人もいると思っているファーストにとっては、さながら地獄の中にいる気分だった。


「ラヴ、ラヴ。大丈夫ですの? ほんとのほんとに危なくないんですの?」

「ちゃんと躾けてあるから大丈夫」


 恐る恐るファーストに触れてはきゃっと驚き手を引いた。

 しかし怖いのはファーストも同じ。腰から極太の赤竜の尾を生やした人間モドキが自分の首元に手を這わせるのだ。それは恐怖以外の何者でもなく、必死に裾を握りしめ、逃げそうになるのを我慢していた。


 十数分が経過した頃だろうか。

 一通り楽しんだ少女たちは、小動物を解放する。

 するとファーストはそそくさと奥へ引っ込んでいき、珍獣がいなくなったと悲しむ少女たちは惜しむ気持ちとともにラヴへと向いた。


「いったいいつから飼ってたのさ」

「入学する少し前からね。ペット飼ってるって言ってなかったっけ」


 別に驚かすつもりはなかったが、これはこれで面白い。


「さ、もう十分休憩したでしょ。続きしよ」


 そうして勉強会が再開する。

 皆で好成績を取るために。


 そして、皆で第一部隊に選ばれるために。



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