授業、そして人道
「ふーん、ふーん、ふふーん」
「あら、ラヴ。ごきげんよう。今日はやけに上機嫌ですわね」
登校してきたラヴがクラスに入ると、先にいたマリーに声をかけられた。
「んふふーっ、さっきペットがついに芸を覚えてね」
「ペット? 貴女、寮にペットを連れ込んでいるんですの?」
「うん。ペットと一緒にいないと調子が出ないんだ」
可愛いものが好きなマリー。
どんなペットがいるのか非常に気になって仕方が無い。
しかし彼女が聞く前に、いつものメンバーが次々とクラスに入ってきた。
「あ、皆さん……おはよ……ございます」
「ローちんおっはーっ! 飴ちゃん舐める?」
「……欲しい」
カティがローラの口に飴を入れる。
ローラは見た目通り最年少。年相応に甘いものを美味しそうに食べる様子が可愛いと評判で、よくクラスメートから飴やチョコを貰っていた。
あんな事件があったというのに良く誰も怯えず話しかけられるものだ。
いつかラヴが第一部隊を叩きのめしたときにノーマンが大丈夫と言っていたが、どうやら魔人は総じてかなり楽観的な性格をしているようだった。
「そんじゃあ授業始めるぞー」
最初は補給学。
軍隊の要である補給線。
軍需品を調達し、前線へ届ける仕事。
食事が不味ければ、食が細くなり、心身の疲労が取れず、体調を崩す。
軍馬の餌がなくなれば、軍隊は足を失う。
薬の類いが減れば、負傷兵に満足のいく治療が施せない。
武器の調達が遅れたら戦うことすらできなくなる。
まさに生命線。
それを合理的に行なうことが勝利への足がかりとなる。
「では補給線において魔王軍と人間軍の差異を答えろ。そうだな……カティ」
「はーいっ!」
人間の産業全てに言えることだが、人間軍の強みは種族が単一であること。
内輪同士の違いと言えばせいぜい性別と大きさくらいだ。故に規格の統一が進み、産業の量産化が行える。
一方魔王軍の兵士は百以上の種族が集結した連合軍だ。
一つの種族に完全に適した武具を量産したところで、九十九の種族にとっては無用の長物。
「だからコーデはオーダーメイドがセオリーなわけ」
「よろしい。そのため魔王国では専門職の地位が高く、また次代の専門職を育てることは国家戦略において重要な役割を果たす」
こう見えてカティは秀才だ。
予科生時代はマリーと並ぶ好成績で、最終評価では次席。その派手な外見と良くも悪くもフレンドリーな話し方に目を瞑れば非常に優秀な候補生だった。
「武具に限らず敵軍の兵站を叩くと戦術を有利に進められる。そのため軍の特殊部隊が補給線を崩壊させることは第一目標に掲げられることが多い。一方で敵の補給隊の中でも攻撃してはいけない部隊がある。それは何か。マリー」
「それは酒保商人ですわ。正確には武装をしていない商人、ですけれど」
酒保商人。
従軍商人とも呼ばれるその部隊は、基本的に民間の商人たちで構成されている。
そのため酒保商人を攻撃してしまえば外交交渉上不利な立場になりかねない。
「ではラヴ。魔王国が行なう外交交渉とはなんだ?」
「……捕虜の交換でしょうか」
「そうだ。それ以外にも幾つかあるが、最も重視しなければならないのは、前線で捉えられた兵士の返還要求だ」
魔王国と人間界では国交を結んでいない。
そのため直接的な貿易は――少なくとも表面上は――行なっていないが、唯一二者間で頻繁に行なわれる交易がある。
それが捕虜交換だ。
戦争では多くの犠牲者が出て、多くの兵士が囚われる。
どちらから始めたわけでもない。生きている兵士がいるのなら、再び前線へと復帰させるために、返還要求を行なうことは道理であろう。
しかし魔人と人間では兵士の平均を取ったとしても価値は違う。
基本的に生命力に優れた魔人は一人返せば何人の人間が犠牲になるか分からない。また、捕縛中に暴れられては本陣が崩壊する可能性もあるため、人間側が小規模部隊の場合は捕虜とせず皆殺しにされることもある。
一方魔人は個々の強さが人間を凌駕しているため、小規模部隊でも人間を連れ歩くことに抵抗を覚えない。
そのため多くの人間を捕虜にでき、交渉を有利に進められるが、その反面捕虜が多すぎると作戦遂行の邪魔になることもある。
そのため相手側から送られてくる捕虜返還要求リストに記載のない捕虜は帰還の補給隊と共に一度本国に送られ、奴隷として労働に従事する。
また、魔人の中には吸血鬼や夢魔のように人間を好物とする種族も多数存在するため、労働力として見込めない物は食用として売り捌かれる。
ファーストはどうやら戦争の作法を教えられる前に従軍することになったようで、捕虜になっても名前を言わなかったようだ。
でなければ神聖属性という、一部の種族に致命の一撃を与えられる彼女を人間側が手放すはずがない。
「それでは次の授業は今までの授業を踏まえて討論をして貰う。休憩中、五人一組の班を作っておけ。以上」
ノーマンが部屋を出て、教室の空気が一変する。
やはりどの世界も先生という生き物の前では緊張するようで、ノーマンの前で普通に私語ができるのは中央最前列付近に座っている五人組くらいだった。
「しかし、ラヴはよく問いに答えられましたわね?」
「ね。ラヴっち予科出てないんしょ?」
「従軍中に教えられた知識と、予習かな?」
「え゛」
二人がうめき声のような声を上げる。
どうやら二人にとってラヴはたいそう不良少女に見えていたようで、授業なんてそっちのけでいつもコーデのことしか考えていないような人物だと思われていたようだ。
「私は予科組のように教育を受けたわけでも、公募組のように勉強したわけでも、ローラのように頭が良いわけでもないんだから、予習復習するのは当たり前でしょ」
「ラヴ……!」
マリーが口を押さえて感極まったと言わんばかりに泣いていた。
貴女は候補生の模範だ。他の候補生もラヴのようにあるべきだと、まるで信者のように褒め称え、ラヴに思い切り抱きついた。
「ラヴっ!」
「ぐっ……マリー。私じゃなかったら死んでるからね」
竜が人化した姿の彼女は吸血鬼に負けず劣らず怪力の持ち主だ。
これをローラにやってみろ。一瞬にして頭と胴以下が真っ二つだ。
「ま、ラヴの素行は置いておいて、ぶっちゃけ倫理観とか戦争にいらなくない? まずは勝つこと考えようよ」
そうだそうだ。
倫理観なんて明文化されていない曖昧なものなんて引き合いに出すな。
ラヴはそう同調しようとするが、その前に優等生らが即座に模範解答を用意する。
「それはいけませんわ。勝利を目指すのは当然ですが、戦争倫理を捨てたらそれはただの獣の縄張り争い。文明社会に生きるわたくしたちには相応の義務がありますの」
「そうだぞケイティー! 主も言っておられるぞ。なんぢ、マナーを守らんパリピは超マヂむかつくし殺す。って」
「いや絶対そんなこと言ってないでしょ」
それでもどうやらケイトは何かがつっかえるようで、それに昔の自分を重ねたラヴは、密かにケイトのことを応援する。
「あ、あの……お師匠、さまが、言ってたん、だけど……」
師曰く、技術は倫理を育て、倫理は技術を許容する。
二つの均衡は秩序を創り、秩序は人が暮らす社会を形成する。そして社会は技術と倫理を継承する基盤となる。
「良いお師匠様ですわね」
「ラヴは何か教わってないの?」
「んー」
あの時のことを考える。
初めてノーマンに挑み、そしてあっけなく敗れたあの夜を。
「加減をしろ。さもなければ断頭台へ連れて行く。と」
「の、ノー先って、超スパルタ……?」
「いえ、この場合、ラヴが規格外なだけな気も……?」
「お師匠様……とっても、やさしかった……?」
皆がひそひそと話している姿をラヴとケイトは外から眺めていた。
だからだろうか。
「皆、優しいんだね」
ケイトの呟きが聞こえたのは、ラヴだけだった。




