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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第二章 軍学校と吸血鬼・前期
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不調、そして人間

「ラヴさん。また明日」

「ラヴさーん、この前教えてくれたお店めっちゃ良かったよーっ!」

「ラヴさん! ノートありがとう! マジ危なかった……」

「ラヴさん! 俺、三組の子と付き合えたよ! ほんとありがとう!」

「わーんっ! ラヴさんっ! 彼ピがツケマのことゲジゲジって言ったーっ!」

「別れてしまいなさいそんな美容の理解もない男」


 クラスメートが口々に挨拶をして帰って行く。

 ラヴは今や学校中の相談窓口だ。それもこれも、全部隕石事件――通称ラヴ事件――のせいである。


 隕石事件の事情聴取が始まった日、クラスメート全員に箝口令が敷かれ、憲兵は情報の一切を統制した。

 本来であればそのまま内密に調査が行われ、ローラが何かしらの処罰を受けて終わるはずだった。


 しかし、憲兵には一つの大きな誤算があった。

 それはあの場にメルラがいたことだ。


 彼女は国家戦略室のエージェント。それは魔王直属の組織であり、どの命令系統にも属さない特殊な組織だ。

 たとえ入社してから数日と経っていない新米エージェントであったとしても、彼女に命令できる存在は同じ戦略室の上司か魔王のみ。故に箝口令も簡易的なものであれば意味を成さない。


 そして案の定、翌日には憲兵事務所に戦略室から提案という名の圧力が掛かった。

 それは、良く言えば未来ある若者を処罰するのではなく、教育することで国益に繋げるというもの。悪く言えば候補生と候補生上がりの軍人が強大な事件に立ち向かったという事実を、プロパガンダとして利用しろというもの。


「やーやー今日も大変だったねぇ、英雄さん」

「やめて、その呼び名」


 戦略室の策略によって大々的に宣伝されたラヴは瞬く間に官民軍貴関わらず王都中で話題となり、仲間を救った小さき英雄としてそれはもう天にも届く勢いで持ち上げられた。

 それこそ、その翌日には各部署から溢れんばかりの勧誘書が届いているほどに。


 そしてそれは候補生の中でも広まって、今まで絡んだことのなかった候補生までもがラヴに話しかけるようになる。

 今後のキャリアのため。純粋な興味。人脈作り。勧誘のお零れ。家や上司の命令などなど。

 ありとあらゆる理由で付き纏われて、ある日ついにラヴがキレた。


『そんな私の興味を引きたいなら、ファッションの一つでも覚えてから出直して来なさい!』


 その台詞は今まで軍の施設なのだから飾った服飾は厳禁と言う固定観念に一石を投じた。

 そして勇気ある少女が一人、ラヴに向かって「今度彼氏とデートに行くんだけど、どっちの服が良いかな」と相談しに行った。

 それ以来、恋愛相談、おしゃれ相談と言ったらラヴ、となり、今に至るというわけだ。


「そもそも貴女たちももっと注目されてしかるべきなのに、なんで私だけ……」

「そりゃあ、コーデの話となったら嬉々として引き受けるせいでしょ」


 それは仕方が無い。だって楽しいのだから。

 しかし恋愛相談とかこつけて他人の惚気話を延々と聞かされた挙げ句、分かりきった回答を求めてくる自称相談者が来たときには追い返しそうになったものだ。


 それに最近は相談に乗るメリットが薄くなってきている。

 以前まではまだ行ったことのない地区の店舗の話や地方都市で流行のコーデなどを聞いていたが、それも回を重ねるごとに重複する情報が増え、今では軍学校内の情報などを聞いていた。


「私、疲れたからもう帰るね。また明日」

「じゃあねー」

「ラヴっち帰んの? ばいばーいっ!」


 一足先に寮に戻るラヴ。

 寮とはいえラヴが住んでいるのは旧寄宿舎。他の候補生たちは全員新寄宿舎に住んでいて、現在旧舎に住んでいるのはラヴただ一人だけだ。


 これは日光で致命的な打撃を受けるラヴのために校長が計らったもので、また彼女がこっそり候補生たちをつまみ食いしないための隔離でもあった。

 階は違えど新舎の中には昼行部の候補生も住んでいる。夜は疲れて寝ている彼ら彼女らをラヴと一緒に寝かせるというのは羊と一緒に狼を育てるようなものだ。


「ただいまー。……あれ、いない。ファースト、喉渇いたー、肩出してー」


 以前よりも少しは従順になったファースト。

 抵抗こそされないものの、今なお血を飲もうとするとギロっとラヴを睨んで快楽に溺れまいと唇を強く噛みしめる。

 そのせいで頻繁に唇が切れ、血がたらりと流れるものだがら、食後のデザート気分で口付けをするのが日課になっていた。


「ファースト、返事しなさーい」


 しかし今日は珍しく玄関で出迎えてくれなかった。


 何か取り込み中なのだろうか。

 面白いことが起きれば良いと思い、忍び足で部屋の中へと潜り込む。


「う、うぅ……」

「……なーんだ」


 こっそり近付くと、ベッドの近くで蹲るファーストが見えた。

 特段面白いものでもなく、見たところどうやらただの体調不良らしい。ラヴの呼びかけに応じないあたり随分衰弱しているようだ。


 ――思えばここ数日顔色が悪かったような。


 特に何も言ってこなかったため気にしていなかったが、その時から体調が悪かったのかもしれない。


「……ふむ。よいしょっと」


 ファーストを担ぎ上げて部屋を出る。

 とにかく医者に診せなければ。しかしラヴには人間の診察が行える医者に心当たりはない。


 ――とりあえず、保健室の先生でいっか。


 学校なのだから、まずは養護教諭に伺いを立てるという思考は至極まっとうなものだった。

 そして偶然にも、その考えは的を射ることになる。


 魔王国では人間の診察を行える者が比較的少ない。

 それは人間の診察は魔人の診察とライセンスが違うからだ。


 それには幾つか理由があるが、その一つは人間自体が滅多にいないから。

 その人間も大抵が奴隷で、国籍を持っていない故に健康保険もきかない。高い奴隷に高い医療費を払って治して貰うよりは、壊れないように扱う方が余程安上がりなのだ。

 加えて地方都市ならいざ知らず、単純労働力の需要が少ない王都では人間の奴隷もさらに少なく、人間医はあまり開業しようとはしないのが現状だった。


 そして人間医が最も多い組織。

 それは人間と接する機会が多い組織であり、人間界付近での勤務が多い医者。


 そう。軍医だ。


「せんせー、いますかー?」

「はーい」


 軍学校の保険棟。

 第一から第九保健室を抱擁している保険棟は、訓練や行軍演習で傷付き運ばれてくる候補生や、過酷な訓練で精神的に参ってしまった候補生たちのケアを行なっている。


「あら、ラヴちゃんじゃない。珍しいわね。何かお困りごとでも?」

「うちのペットが体調悪いみたいで……診て貰うことはできますか?」


 そう言って担いでいたファーストをベッドに降ろす。


「まあっ! 人間ね。大丈夫、私人間医のライセンス持ってるから、一応は見れるわ」


 軍医モニカ。

 サキュバスと呼ばれる悪魔の一種で、前線帰りの軍人だ。

 主に複数いる一組の担当医の一人で、保健体育の時間には担当教諭に付き添って候補生たちの体調管理も行なっている。

 美人故に男子からの支持が強く、人当たりの良さから女子ウケも良いと評判の良い先生だ。


「でも長いこと治療はしていないから、もし重症なら紹介状を書くわね」

「お願いします」


 そうして気を失っているファーストに触り、触診や視診、魔法での診断を行なっていく。

 数分後、診察を終えた彼女はラヴに毛布を掛けて安静にする。


「貧血、極度の低血圧、栄養失調、精神疲労、ストレス過多等の症状があるわね。普段何を食べさせているの?」

「お肉です」

「他には?」

「他?」


 ラヴがこてりと首をかしげる。

 するとモニカは溜め息をつき、ラヴに人間の脆弱性を訴えた。


「人間は脆い生き物なの。ちゃんとバランスの良い栄養を取り、適度な睡眠を取らせ、疲労を回復させないとすぐに死んでしまうわ」


 元人間が悪魔に人間の健康を説かれるという何とも間抜けな絵面がそこにあった。

 この世界に生まれてからというもの、一部の野菜の匂いに強い嫌悪感を抱き続けているラヴは、この一年間ほとんど野菜を食べることはなかった。


 そもそも吸血鬼の食事は物質的なものよりも生き物の生といった側面の方が強い。

 そのため肉すら食べずとも吸血だけで生きていくこともできるのだが、元より肉が好きだったラヴは両立できる生肉をよく食べた。


「とりあえず点滴打っておくから、三時間後……は難しいわね。明日の夜授業が始まる前に迎えに来てくれるかしら」

「分かりました」


 そう言ってラヴはモニカに任せ、保健室を後にする。


「あ、そうだ。せんせ」

「なにかしら?」

「それに手を出したら――どうなっても知りませんよ」


 ぞくりと、モニカの背筋に悪寒が走る。

 意識が飛びかける殺気を受けて、彼女はラヴの方へと目をやると、そこにはにっこり嗤った美女が一人。

 しかしその目は笑っておらず、まるで深淵を見据えるかのように、深く、紅い瞳でモニカを見つめる。


「……覚えておくわ」

「あはっ。それじゃ、お願いしますね。せんせ」


 ラヴの視線が途切れた瞬間、糸が切れるように崩れ落ちるモニカ。


「一体なんなの……」


 その呟きは、怖いほどに静まりかえった部屋に吸い込まれていった。



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