表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第六章 新米士官
251/251

サロン、そして情報

「なんて美しいのかしら」

「貴女、声かけてみなさいよ」

「そんな、畏れ多い……」


 サロンのホールはかなりの広さだが、ラヴの吸血鬼イヤーは遠く離れた貴婦人たちの囁きも聞き逃さない。

 ラヴが歩くと皆が道を開けて遠回しに見てくる。

 そしてその美しさから多くがラヴを礼讃し、自分を美しいと自覚している者からは妬み嫉妬の念を向けられる。


 ここは気持ちの良い空間だ。

 たとえそれがどんな感情だったとしても、その感情の全てはラヴに起因しているのだから。


「ごきげんよう、ご婦人方」

「ごきげんよう、ラヴ様」


 マリーたちとは一度別れてラヴはまだ話したことがなさそうな派閥に挨拶に行く。


 彼女たちの腰からはマリーと同じく竜の尾が生えている。

 しかしマリーの赤くて太い尻尾とは異なり、青かったり黒かったり、枝のように細かったり、先端にポンポンがついていたりなど、バリエーションが豊富だ。


「ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。マリーの親友のラヴと申します」

「まあ! 貴女があの! 姫様とお付き合い頂きありがとうございます」


 マリーはサロン内外の竜族派閥でも随分と心配されていたようだ。

 能力的にはまったく問題無いのだが、根が真面目すぎるために一族の期待を一身に背負い、気負いすぎないか気がかりだったのだとか。


「姫様は変わられました。きっと、ラヴ様のおかげさまなのでしょう」


 言われてみれば出会った当初はピリピリとして融通の利かない優等生といった印象だった。

 確か教室の前で口論していたのだったか。

 何を口論していたのかはまったく覚えていないが、その後お昼休みに一緒に食堂に行ったのも覚えている。

 ケイトとは確かそこで出会ったのだ。


 随分懐かしい記憶を掘り起こし、思い出に浸るラヴ。

 確かにあの頃はカティも他女子グループにいてあまり仲良くなかった――というよりクラスメイトの一員程度の距離感だった気がする。

 本格的に仲良くなったのは班行動をとるようになったあとだ。


 ローラも読書ばかりしていて今ほど喋る子ではなかった。


「貴重なお話、ありがとうございました」

「またいらして下さいな」


 昔を懐かしんでいる間に話題も良い感じに一区切りとなり、他にも挨拶しに行かなければならないとその場を離れる。


 とは言えどこに行くかはまだ決まっていない。


 適当にふらついていれば面白そうなグループを見つけられるかもしれない。

 そんな軽い気持ちでホールを探索していると、ラヴは壁に掘られた大きな石像を目の当たりにする。


「そういえば入り口にもあったっけ」

「それはサロン設立当初――約七〇〇年前の四神のお姿だ」


 巨像を見上げるラヴに話しかけてきたのはサロンの理事を務めている男――クラウスだった。


「悪魔の神ディーテ様。天使の神ヨハネス様。幻獣の神ライザ様。そして――」

「生命の神イザベラ様?」

「左様」


 今は亡き――とされている神祖イザベラ。

 全ての吸血鬼の始祖であり、人間と魔人を分断させる決定的な要因となった神。


 ラヴと瓜二つの容姿を持ち、ラヴと同じ声、同じ口調、似たような性格をしている神。

 しかし本人曰く、イザベラは死んだわけでもなく、ただ姿を隠しているだけだという。

 つまりラヴはイザベラの生まれ変わりではなく、ただのそっくりさんと言うことだ。


 しかしどうやら世間はそう思っていない人が多いらしい。

 パレード以来ちょくちょく変な宗教から勧誘が来るし、一部の老人はラヴの姿を見るだけで泣き崩れる始末。


 正直、ラヴとしては勘違いで迷惑をかけられて堪ったものではないのでその考えを改めてほしいと切に願っている。


 この人も私のことをイザベラ様だと思っているんだろうか。

 そんな疑念を見透かしたのか、クラウスはラヴより先に口を開いた。


「貴殿は神祖ではない」

「分かるのですか?」

「我は昔、神祖と共にレトーの防衛に当たっていたことがある」


 そうしてクラウスは昔を懐かしむかのように語り始めた。


 今は誰も覚えていない、レトー防衛線。

 愛と美の都の名前に違わず、美しい都市だ。


 しかし美を追究しすぎた都は防衛機能面で欠陥があった。


 景観にそぐわないからと水路の鉄格子を外し、大空を眺めたいからと防壁を削り、城は脆く、防衛には奴隷を多用していたため兵士の士気も低かった。


「あの頃は魔人の奴隷も公的に認められていたのでな」


 尤も、奴隷は戦闘員としてではなく主に監視の目としての起用だったのだが、その監視が大軍の影を見落としたのだ。

 それが事故なのか故意によるものだったのかは今となっては定かではない。

 しかしそれ以来、人道的観点からも人の奴隷化を規制する動きが広まっていった。


「あの戦いは負け戦だった」


 神祖イザベラは不老不死だ。

 太陽の光を浴びて灰になっても、心臓に杭を刺されても、時間が経てば再生し、復活する。

 故に彼女は逃げ遅れた市民を守るために自らを犠牲にして殿になった。


 決して死ぬことのない肉体を使った防衛戦。

 それに続こうと、魔人連合の兵士たちは迫り来る人間たちに刃を向けようと試みるが、魔人が傷つくのを畏れたイザベラがそれを阻止。

 人間軍を一手に引き受けて姿を消した。


「そして、その数時間後、神殺しは起った」


 突如として神祖血統の魔人たちが灰燼と化し、魔人の三割が文字通り消滅した。


 本来死という概念が無いはずの神が死んだ。

 何より魔人を恐怖させたのは、その術を人間が有したことだった。


 そして報復として出向いた悪魔の神ディーテの死。

 幸いイザベラのように眷属までもが消滅するほどの事態は免れたが、蘇生までに百年の時を有することとなる。


 二柱の欠如は魔人たちに想像を絶する不安を与えた。

 天使の神と幻獣の神はすぐさま協定を結び、全魔人を大陸東側まで避難させ、ほぼ全ての兵力を南北の主要拠点に集めて防御を固めた。


 そして今までの神が主体となって民を守る陣形から一変し過保護なまでに神を護る陣形へと変え、どれほど魔人の犠牲が出ようとも神を守る戦法が主流となった。


 人間の寿命は凡そ半世紀。

 魔人とは比べものにならないほど儚い命だ。

 それを堪えれば人間の追撃は緩くなると踏んだ二柱はとにかく防衛線へと持ち込んだ。


 そしてその目論見は正しかった。

 半世紀と言わず、一〇年そこらで人間たちの攻撃は鎮火していき、一世紀も経てば人間は人間同士の争いで魔人には軍をあてがわないようになっていった。


 しかし例え人間がその罪を忘れようと、魔人たちは決して忘れることはない。

 不老長寿が多くいる魔人にとって数十年という時間はさしたる時間ではないのだ。


 同胞を殺された怒り。そして神殺しの恐怖。

 その傷は一生消えることなく、現代においても人間排斥の行動源となっている。


「ラヴ殿。貴殿は魔人の希望だ」


 経緯はどうあれ新たな吸血鬼が誕生した。

 それはつまり神祖イザベラが種族を維持する力を取り戻したことを意味する。


「魔人は神無しでは生きて行けない。故に貴殿の存在そのものが吉報なのだ」


 イザベラの力は着実に戻っている。

 この先何十年、何百年かかるかは定かではないが、イザベラの完全復活の希望すら見えてきた。


「貴殿が何故そこまで神祖に酷似しているのかは分からぬが、偶然と考えるのは些か楽観的過ぎるだろう」


 ラヴの出現によって、神は不滅であると証明された。

 例え魔人が全て滅ぼされようとも、数百年、数千年後には再び魔人繁栄の時代がやってくる。


「来たまえ」


 そう言って、クラウスは返事を待たずに歩いて行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 続きが気になる〜
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ